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明来暗往...藤林凛エピソード

ネタは昨日の夢とキャラ設定。

 ここは比良(ひら)高原区、日の国の中の「スラム街」に当て嵌まる区域である。

 ここに住む人の多くは他の区で小さな罪を犯したはぐれ者。罪を償っても、元にいる区で住めなくなった彼らはこの場所に集まり、何となく生きている。

 そんな彼らが一番嫌いな物、それは「灯り」。彼らが「元犯罪者」だから、光る物が嫌い訳ではなく、この区にある「灯り」という名の特殊照明器具群を彼らが嫌っているのだ。


 灯り...

 シンプルな名前を付けられたこの特殊照明器具群は昼も夜も光り続けて、日が月に変わっても、この比良高原区は明るい。

 その設置理由は「犯罪防止」。

 この区に警察組織を創った貴族・「ハーメルン」の当主は「人は生まれながらにして悪である」と主張し、誰かに監視されていなければ、人は必ず罪を犯すのだと、信じて疑わない。「記録魔法」によって、どこで何かが起こっても、その場所に行けば必ず確認できるにも拘らず、「賢い犯罪者は夜に行動する」と考え、いつの「記録」も明るい状態で確認できるようにと、区域の隅々までに魔力で燃え続ける松明を設置した。

 それが「灯り」。大量の魔力を持続に消費し、「夜のない区」を作り上げた特殊照明器具群である。


 住む人を「推定有罪」とし、「灯り」の維持魔力も税金に組み込まれた高額の住民税を徴収し、比良高原区は「犯罪率がゼロ」という事になった。

「絶対安全」を誇る「高税金区」...疚しい事がないなら、見られても平気...

 ...が、この日、初めての「死刑」が執行される事となった。

 ......

 ...


 始まりは弟の泣き声だった。

 夜になっても明るいこの区域、いつも眠れないと、赤ん坊の弟が泣く。

 まだ幼い女の子は両親にも文句を言ったが、返ってきたのはいつも慰めの言葉だけだった。

 仕方がないんだ...

 ここは「夜のない区」だからだ...

 そんな言葉ばかり聞き、泣き続ける弟に耐える女の子。

 そして、遂に我慢できなくなった女の子は、原因である近くの「灯り」を破壊した。


「リン。どうして『灯り』を壊した?」

 目の前の床にぶち撒かれた篝火を見つめて、ユウは優しく女の子に確認する。

「レンが、泣き止んでくれないから...」

 父のユウと目を合わせられずに、女の子は俯いて小声で呟く。


 比良高原区では、「灯り」の破壊は違法行為。それを行った人は何人(なんぴと)でも「公務妨害」と「器物損害」の罪を課せられ、更に「推定有罪」で「他の罪を犯すつもりかも」と重い刑罰を与えられる。

 それが「幼い女の子」でも関係がない。この区では「人は生まれながらにして悪である」からだ。


 ユウは周りを見た。

 偶々なのか、広い場所だが、周りに誰もいなかった。

 女の子のやった事、この区では「罪」となる。しかし、その原因はそもそもこの区の異常性由来のもの、女の子の行いは責められるものではない。


 ただ、「光らない夜」で寝たい。

 それは、この区に住むすべての人が一度は思った事。しかし、決して叶わない願いでもある。

 みんなは「灯り」を嫌いながらも、他の区に住めない為、諦めて耐える事にしていた。

 それを、この区に生まれた幼い子供達にも押し付けて、我慢して貰っているが、何れ誰かが女の子と同じような事するのだろう。

 しかし、それが自分の娘であったとは...


 寝れない事で泣き続ける弟の方も悪くない、泣き声に耐えられなかった姉の方も悪くない。

 悪いのは「灯り」を設置した比良高原区警察区長と、それに耐えるだけの自分達である。


 ユウは考えた。

 自分の娘が犯した「罪」を考えた。自分が住むこの区の異常性を考えた。

 悪戯好きな彼だが、この区に移住してから碌に頭を使わなかった彼が、それはもうこれ以上にない程に考えた。

 そして、彼は突然、大声で笑った。


「リン、父さんともっと楽しい事をしようか?」

「もっと楽しい事?」

「そう。

 父さんは今から、全ての『灯り』を壊してくる。リンも見に来ないか?」


「え?」

 女の子は呆気を取られた。

 自分は「罪」という良くないモノを犯したのに、父は自分を叱る所か、自分と同じ事をしようと躍起になっている事にびっくりした。

 しかし、同時に弟が二度と「眠れない」という理由で泣かなくなる。そう思った女の子は弾けた笑顔で「行く!」とユウに返事した。

 ......

 ...


 その後、二人はほぼ全区の「灯り」を破壊しに回った。

 ユウは得意の飛弾魔法で「灯り」を地面に落とし、火を消す。

 女の子がそれを隣で見て、楽しく大声で燥ぐ。


 時に人に迷惑を掛ける事もあった。


「こら!飛び火がこっちに飛んだじゃねぇか!ぶっ殺すぞ!」

 落とした「灯り」の火花が、偶々近くに居た人に飛んで、相手を酷く怒らせたり...


「きゃあああ!あたしが育った家庭菜園が!」

 うっかり人の家の中に落としたり...


「うお!ちょっと、『焼』酎を頼んでねぇぞ!コラッ!」

 酔っ払い達の酒樽の上に落として、小さな火事を作ってしまったりと、ユウは色んな「うっかり」をしてしまった。


 その度に、「すいません!耳が小さく聴こえません!」とユウがふざけて返事するが、意外と誰も笑って許してくれた。

 誰一人、警察に報告する事はしなかった。


 偶に異常に察した警察が現場の見分に来る事もあった。

 しかし、警察が周りの人に何を聞いても、「気づいたら落ちてた」と、皆が誤魔化していた。

 誰もが「灯り」が嫌ってる。初っ端から「容疑者」扱いされる象徴である「灯り」を、住人達はみんな、嫌ってる。

 そして、はぐれ者である彼らであるが、その殆どが普通の人と同じ、心優しい人達でもある。


 女の子はこの区で生まれた事を嫌っていた。

 貴族の母と駆け落ちした父を嫌っていた。

 弟が生まれてから、自分より弟を大事にした母を嫌っていた。

 泣くのを止まない弟を嫌っていた。

 だが、この日を境に、女の子の心の中に何かが変わった。


 嫌うべきものは父ではない。母でも弟でも、まして自分の「生まれ」自体でもない。

 人を初っ端から疑うこの区を嫌うべきだと、女の子は思った。

 ユウが一つの「灯り」を破壊すれば、女の子は笑い、二つを破壊すれば、女の子は踊る。

 初めて「楽しい」という思いが女の子の中に生まれた。「お父さんの娘で良かった」と女の子は思った。


 ...「自分は父さんのような人間になる」と、その時、女の子は思った。

 ......

 ...


 次の日、父は警察に捕まった。


「優等生のお前の手で捕まるのは運命かもな。」

 自分に手錠を掛ける警官に、ユウは思い出話をした。

 だけど、相手は何の返事もしなかった。ユウの言葉に何も感じていなかったかのように。

 楽しそうにしている訳でもなく、悲しそうにしている訳でもなく、ユウの同級生であるその警官は黙々と、ユウに手錠を掛けた。


「お父さん、どうしたの?」

 女の子は目の前の光景が理解できなかった。

 昨日はあんなに楽しい事をしてくれたのに、どうして父が捕まれるのが、分からなかった。


「リン、母さんとレンを支えててな。

 父さんはちょっと用事があって、出来なくなるかもしれないから。」

 そう言って、ユウは女の子の頭を撫でた。力加減が分からなく、ポンポンと叩くだけの撫で方だった。


 その後、ユウは女の子の母に向き合った。

「行ってくるな。

 すぐに戻れないかもしれない、もう戻れないかもしれない。」

 そう茶化すように言ったユウは、まるでこうなる事を予知したかのようだった。



 大きな広場に、残った一つの「灯り」の下に、多くの人の見られる前に、ユウが跪いていた。

 ユウの目の前に立つのはこの区を支配(かんり)している貴族・ハーメルンの当主、警察組織のトップである警察区長だった。


「フジバヤシ ユウ。貴様は自分が何故ここにいるのか、分かってるのか?」

 警察区長はユウに質問した。

「さぁ、顔がいいからかな?」

 ユウは不真面目に返事した。


 パンッ...警察区長がユウの顔を殴った。

 容赦なく殴った。その結果、体の丈夫さが自慢のユウだが、歯が一本折れて、口から血が出た。


「昨日、貴様の所為で我が美しい比良高原区の名物・『灯り』が多く壊された。誰もが誇る『犯罪率ゼロ』の我々の区域、『夜のない区』が初めて『夜』を迎えた。

 夜、犯罪者が活動的になる時、『記録』に顔を残さないようにできる間。それは我々にとって『ないモノ』だった。

 貴様の所為で、我々は再び『夜』を迎えてしまった。治安が乱れてしまった。

 貴様は我が区で、初めて()を犯した人である!この『犯罪率ゼロ』の比良高原区で、貴様は初めての犯罪者である!」

 大声で、警察区長はユウの「罪」について、住人達に話した。


 警察区長が言っている言葉、女の子は分からなかった。何故自分ではなく、父が「罪」を犯した事になっているのか、分からなかった。

 そもそも、女の子にとって「犯罪」とはどういう意味なのか、よく理解できてなかった。その為、父がこれからどうなるのか、女の子は何も考えられなかった。

 今の女の子に、父を助ける為に「名乗り出る」という考えが思いつけない程に、彼女は幼過ぎていたのだ。


「俺が『灯り』を壊している所、見た人がいるのか?」

 ユウが警察区長に質問する。

「誰も俺が『灯り』を壊したのを見ていないなら、俺は無罪の筈だ。

 俺を『灯り』を破壊した犯罪者というなら、『証拠』を見せて貰いたい。」


「推定有罪」が特徴のこの区でも、「証拠」というものは必要だ。

 それがない場合は例え警察区長でも、人を罰を下す事は出来ない。


「証人なんて必要ない。『記録』を見れた、一目瞭然だからだ。」

 警察区長がそう言った。


「『記録』で確認するなら、その『記録』を見せてくれ。確かに俺がやったという証明ができる『記録』でなければ、認めないぞ。」

 ユウも諦めないで、証拠の提出を要求した。


 ユウは絶対的な自信があった。

「灯り」を破壊した瞬間の「記録」に「自分がやった」と分からないように、ユウはいつも誰かと話をしていたり、丁度他の事で余裕のないように見せるとかと、必ず何らかのカモフラージュをしていたからだ。


「貴様がやったという確かな『記録』はない。ただ、貴様がやったに違いない。」

 だが、警察区長はそれでも強気でいられた。

「上手く己を偽っていたが、貴様の娘はそうじゃなかった。」

 そう言って、警察区長の顔に邪悪な笑みが浮かんだ。


「貴様の娘は『灯り』が破壊される現場にいつも居た。ただいるだけじゃなく、『灯り』が破壊される瞬間で、何らかの反応も見せていた。

 大声を出したり、走り回ったり...明らかに『灯り』が壊れた事に対して、反応を見せた。

 そして、いつも貴様もそこにいた。娘の傍にいた。

 貴様が犯人じゃないと思う方が難しい。」


 自分の事が話されて、女の子は困惑した。何故警官達が自分の事を知っているのに、父を捕らえたのか、更に分からなかった。

 そう思って、女の子は自分の近くで弟を抱えている母に尋ねた、「どうしてお父さんが『犯人』になった?」と。

 その女の子の言葉の真の意味を知らない母は女の子を憐れんで、何も言わず、強く女の子の手を握った。


「ま、待ってくれ!それなら、『原因』がある筈だ!

 全ての『記録』を確認したのか?最初に破壊された『灯り』を見つけたのか?

 俺がやってない証拠だ!それを見せてくれ!」

 驚く事に、今更命が欲しくなったのか、ユウは命乞いをした。

 共犯者がいると彷彿させるような事を口にした。


「必要ない。

 私はもう十分すぎるほどの『記録』を見て来た。どれも貴様の犯行だ。

 どれか貴様の最初の犯行なんて、興味はない。」

 だけど、警察区長はユウに情けをかけなかった。


 それを聞いたユウは情けない声を出して、項垂れた。

 しかし、その後のユウの顔に、誰にも見つけられないような小さな笑みが浮かんだ。


「貴様が犯した罪、他の区でなら何年の懲役を罰せられるだろう。

 しかし、犯罪のないこの比良高原区での初めての罪。他の住人達にも『罪を犯す』事の重みを思い出させる為、敢えて今回の犯罪者である貴様に、『死刑』を課す!」

 警察区長は高らかに宣言した。


 警察区長の決断を聞き、住人達の間に戦慄が走った。

 今まで誰も避けてやらなかった「『灯り』破壊」は、まさかこの区では「殺人罪」に等しい罪だと、誰も思わなかった。

 すぐに反対する人も現れた。大声で「横暴」と叫んで、警察区長に今の決断を取り消すように要求した。

 しかし、その人もすぐに警察に捕まれて、警察区長の前に連れて行かれた。


「貴様も『犯罪者』に成りたいのか?」

 警察区長のその一言で、反対する人は口を噤んだ。



「やはりか」と、ユウは思った。

 自分は余程の事をしたと思うが、きっとそうじゃなくても、自分は「死罪」となるのだろう。

 ...全てが彼の予想通りだった。


 女の子がこの区の初めての「罪」を犯した。

 その「罪」が、どれだけ軽いものでも、どれだけ理不尽なものでも、女の子はきっと重い刑を罰せられるだろう。

 見せしめに「死罪」となるのも、おかしくない事だろう。年齢、性別、初犯であるかどうか関係なく。

 ユウはそれをさせる訳にはいけなかった。正義感によるものではなく、その女の子が自分の娘だからだ。


「罪」が一つだけだったら、すぐにその「犯人」が見つけられて、罰せられる。

 しかし、同じ「罪」が複数あったら?そして殆どがある人の「犯行」であったら?

 そう。その場合は人が全ての「罪」に目を向ける事はなく、殆どの「罪」を犯した人に、全ての「罪」の「犯人」だと決めつける。

 だから、ユウは殆どの「灯り」を破壊した。女の子が破壊した最初の「灯り」に、誰も気にしなくなる程に、多くの「灯り」を破壊した。


 そうなると、自分はどうなるのだろう?そうなの、考えれば分かる事だ。

 ...ユウは最初から、自分が死刑にされる事を予想できていた。

 ...ユウは「罪」を犯す前から、死を覚悟していた。



「死刑なんて嘘よ!

 お願いします!死ぬのだけは嫌だ!

 お願い、何でもしますから、死刑だけは!」

 死を覚悟しているユウは何故か警察区長に「殺さないで」とお願いした。


 そんなユウを見た警察区長は大声で笑い出した。

「私の決めたルールに逆らった貴様を、私が許すと思う?

 今更遅い!無様に命乞いをしているがいい!あっははははは!」


「お願いします!許してください!お願いします!」

 ユウが更に命乞いをした。

 それを見た他の住人も、ユウの為に、延いては将来の自分達の為に、警察区長に頭を下げた。


「諄い!」

 しかし、警察区長はそれでもユウを許さなかった。

 他の警官に命令を出し、ユウを一度牢屋に入れようとした。

 その時、彼は偶々...「灯り」の真下に立っていた。


「『(だん)』。」

 ユウは魔法の言葉を唱えた。

 次の瞬間、灯明を吊るす糸が切れて、灯明が警察区長の頭に直撃した。


「がっ!」

 落下した灯明に頭をぶつけられて、警察区長は痛みに耐えて、頭を抱えた。

 そして、火が彼の髪の毛を燃やしている事にようやく気付いた時、彼は酷く慌てて、「助けて」と連呼した。


 周りの誰もが目の前に起こった出来事に呆気を取られた。誰も反応できずに、警察区長の「一人踊り」を見てるだけだった。

 そんな時に、突然笑い声が響いた。


「俺の最後の悪戯に協力してくれて、ありがとうございます、区長!

 実に面白くて、踊るサルのようだぞ、区長!はっはははは...」

 ユウだ。

 笑い声を発したのはユウだった。


 その声に釣られ、他の住人達も気がつくと笑い出して、警察区長を見つめていた。

 他の警官達も、何人かが手で口を塞いで、隠れて笑った。

 そして、警察区長の方は羞恥心で顔が真っ赤になって、ようやく自力で火を消した彼は全ての怒りをユウにぶつけた。


「貴様の死刑執行は今日に変える!今すぐ、貴様を殺してやる!」

 警察区長は右手にナイフを取って、ユウの前に立って、彼を睨んだ。


 それに対して、ユウはもう自分を偽る事をせず、警察区長を睨み返して、笑顔を見せた。


「おのれ~、貴様!」

 警察区長はユウの髪を掴み、彼を引っ張り上げて、地面に叩きつけるように彼を殴った。

 倒れたユウの背中に馬乗りして、また髪の毛だけを掴んで、頭を引っ張り上げた。


「貴様は何がしたい?まだ何がしたい!」


 ユウは少し考えてから、死を覚悟した彼だが、「生きたい」と口にした。


「なら、ゆっくり殺してやる。」

 そう言った警察区長はナイフをユウの首から差し込んで、皮を剥くようにゆっくりナイフを動かした。

 彼はユウをたっぷり苦しめてから、ユウを殺すつもりだ。


 あぁ、俺は死ぬのだな。

 痛みを耐えて、決して叫び声を出さないようにユウは耐える。

 だが、この時、彼の脳内に突然ある考えが湧いた。


 ...どうせ死ぬのなら、もう何も恐れる事はないじゃないか...


 そう思った彼は急に体に力が湧き、種族特性である「怪力」を発揮して、手錠を引きちぎった。

 自由になった両手を後ろに伸ばし、右手で警察区長の右手を掴み、左手で警察区長の首を掴んだ。


「あぁあああああ!」

 大声で叫んで、彼は痛みを顧みず、ナイフを自分の肉を切って、無理矢理に外に出した。

 そして、警察区長が反応する前に、彼の右手を掴んだまま、その右手の中にあるナイフを彼の首に差し込んだ。


「き、き、き...」

 喉にナイフを差し込まれた警察区長はありえないモノを見るように、ナイフを握る右手を見つめた。すぐに治癒魔法を使えば一命を取り留めるが、彼自身は呪文が唱えられない。


 そんな警察区長が他の警官達に助けを求める前に、ユウは更に右手に力を入れて、そのナイフで完全に彼の首を切り落とした。


 トン...警察区長の首が地面に転がる。

 ユウはそれを見つめてから、空を見上げた。

 ...そういえば、なぜ自分に掛けていた手錠が「普通の手錠」だったんだろう?

 彼の種族は「ライナサラス」、種族特性キャラクタリスティックは「怪力」と「迅速」。

 彼を捕らえようと思うなら、警官達は彼の種族に合わせた手錠を用意する筈だ。

 だけど、彼に掛けていたのは「普通の手錠」だった...そこまで考えた彼はふっと気づき、自分に手錠を掛けた警官に目を向けた。


 その警官は手で帽子を押さえて、しかし見える横顔に一筋の涙痕(るいこん)が見えた。

 そうか。優等生の彼が、か。

 そう思って、ユウは自分に向かう警官達を一度見て、目を閉じた。

 ......

 ...


 この事件は「一人の犯罪者が行った『最悪な殺人事件』」として、日の国の中で大ニュースとなった。

 犯罪者の名前が公表されて、人々は恐れをしながらも、その名を罵った。

 多くの新聞記者が事件を調べようとして、比良高原区に駆けつけたが、この区に住む他の住人達は一斉に口を閉じ、事件に関して語ろうともしない。

 全ての真相を知っているとある警察官は事件の後、消息不明となり、更に多くの憶測を呼んだ。

 世界に蔓延る巨大な悪の組織の存在とか、他国による暗殺とか、比良高原区で起こったこの事件がいつの間にか、他の区で「都市伝説」の一つになっていた。


 その後、犯罪者の家族は「無実」と比良高原区の次の警察区長が判断し、名前が公表されなかった。「灯り」の再設置も、「経費が掛かりすぎ」という理由で、その警察区長が断念した。

 事件が一見終わったかのように見えた。

 ...が、その約十年後、「灯り」のない夜に紛れた窃盗行為が連続に起こった。

 ......

 ...


 父親が死んで十年後、「女の子」は「少女」に成長した。

 父がしていた事は自分の為だと理解できるようになった。自分の「罪」に気づけるようになった。

 父の死後、一生懸命自分達の為に働く母を見て、少女は愛されている事に気づけた。

 少女は父への罪滅ぼしに、母への恩返しに、一生懸命頑張って勉強した。

 しかし、どうやら学校の勉強は少女に向かないようなので、少女の成績はいつも平均点を下回る。

「自分に勉強の才がない」と思った少女は高校を断念し、母と弟の為に、しかし母に隠れて、仕事を探す事にした。


 だけど、仕事を見つけられなかった。日の国では「未成年者の雇用」が認められないからだ。

 それをようやく知った少女だが、高校に申し込む時期が過ぎて、結局高校に入れなかった。

 本当の事を母に伝える訳にもいかず、「奨学金で高校に入れた」と母に嘘をついた。その嘘に気づかないほどに、少女の母は毎日疲れていた。

「せめてアルバイトだけでも」と思った少女は続けて仕事を探したが、運悪く、どこも「高校の在学証明」の提示を求めて来て、少女はソレを出せなくて、面接止まりだった。


 ...ふっとした出来心だった。


 とてもお金持っていそうな服装をした人が酔っ払って、道端で寝ていた。

 その人を見た少女は、徐にその人のポケットに手を入れて、その人の財布を取り出した。

「記録魔法」の事を思い出して、慌てて周囲を見渡す少女だが、その場所が丁度「灯り」のない場所に気づいた。


「親父と一緒にいた場所...」

 そう呟いた直後、少女は罪悪感に襲われて、無我夢中に走った。「バイコーン」である彼女はその特性によって、一瞬で区の境界線まで走った。


 各区を分ける境界線、地域魔力が変わる場所。

 その特殊性によるものなのか、他の場所と違って、「記録魔法」が発動されない。

 少女はそこで大声で泣いた。泣いて泣いて、そして自分の手にあるものに気がついた。


 財布だ。

「返さなきゃ!」と少女は思い、しかし同時に、その財布の中身を気にする少女。

「一見だけ、見るだけ。」と思った少女だが、気がつくとその財布の中身を手にしていた。


 金貨だ。

 見た事のないお金だ。

 このお金があれば、母も朝から晩まで働かなくて済む。弟を美味しいレストランに連れて行ける。

「借りるだけ。後で働いて、一生懸命働いて、その時に返せばいい。」

 そう何度も呟いて、少女は手にしてはいけないお金に、手を出した。

 ......

 ...


 その後、少女は窃盗を繰り返した。

 最初は酔っ払っている人達だけを狙っていたが、途中から普通に歩いている人も狙うようになった。

 バイコーンである彼女は足も速く、「灯り」のない場所なら、素早く通れば、「記録」に残る自分の顔もぼやけて、彼女の顔だと誰も分からない。

 それに気づいた彼女は更に大胆になり、「灯り」のない場所で窃盗を繰り返した。


 最初は「罪悪感」もあった。

 しかし、途中からそれも薄くなり、段々と感じられなくなった。

 終いには「誰も親父の味方になってくれなかった」と心の中で他人を責め、自分の行為を正当化しようとしていた。

 そして、絶対に自分の犯行が人に知られてはいけないと少女は思った。その理由は「犯罪者の娘は犯罪者だ」と言われたくないからだ。

 彼女にとって、父は「犯罪者」ではなく、「英雄」である。自分の所為で、父が犯罪者扱いされて欲しくない。


 本末転倒。

 思考が麻痺した少女は自分の愚行に気が付けない、それを教えてあげられる人にも出会えなかった。

 少女が十五歳になった日までに...

 ......

 ...


 それは偶然なのか、世界有名なお金持ち・守澄家、そのお家に仕えるメイドが比良高原区に来た。

 スキのない歩き、神々しいオーラを纏う彼女は恐らく、少女の今まで出会った事のない強敵であろう。

 手を出してはいけない...少女の本能が「危険だ」と彼女に警告する。

 しかし、「盗人のプライド」を持ってしまった彼女はそのメイドの腰に手を伸ばした。


「お前が『姿なきネズミ』か。」

 しかし、少女の手がメイドの腰にある小袋に触れる前に、メイドの手に捕まれた。


 バカな!足の速さを極めたオレを捕らえる人なんて!?

 そう考えた少女は素早く残った手をメイドの首に伸ばし、捕まえようとした。

 あろう事か、少女はメイドを殺そうとしている。冷静を失った彼女は、走りを止められた事によって、自分の顔が既に「記録魔法」によって記録されている事に、気づけないでいた。


 だけど、その手もメイドの手によって、簡単に止められた。

「殺人は『死刑』になるから、止めて置いた方がお互いの為になりましょう。」

 そう言い乍ら、メイドは少女の両手を捻って、無理矢理に少女の背中を自分の方に向かせた後、手慣れた動きで少女を後ろ手に縛った。


 死刑...

 その言葉を聞いた少女の体は硬直した。

 十年も聞いていないその言葉、一瞬にして、少女を記憶の海に沈めた。

 殺人を犯し、多くの人の目の前に命を落とした父の顔、満足げに目を閉じる父の顔。

 もし、自分が殺人によって「死刑」されても、父のように満足そうに目を閉じれるのだろうか?


「うぅあぁ、うああああああ...」

 少女は泣いた。叫ぶように泣いた。

 今まで自分がしてきた事が「犯罪」だと心から気づき、死んだ父に申し訳が出来ないで、泣いた。

 ......

 ...


 暫くして、少女は冷静さを取り戻した。

 メイドに連れられて歩く少女だが、「誰にも顔を見せないで」とメイドに頼んだ。


「どうして人のお金を盗むのですか?」

「...お金が欲しいから...」

「どうしてお金が欲しいのです?」

「...お金が好きだから...」


 まるで罰せられたいかのように、質問に返事する少女。その違和感に気づいたメイドは足を止めた。


「お金を手に入れて、何をするつもりです?」

「......」

「やりたい事はありませんか?」

「やりたい事...」


 死んだ父の顔が少女の目の前に浮かぶ。

 父がどうして死んだのか、その理由を少女は思い出す。


「あの子が泣いても、オレが我慢出来たら...」

 でも、レンは何も悪い所はない。


「オレが親父の悪ノリに乗らなかったら...」

 それでも、親父は一人で「灯り」を破壊しにいたのだろう。


 少女は考えた。

 長い間、只管足の速さと手の「瞬動(しゅんどう)」のみに頭を回した少女は久しぶりに、自分のやりたい事を考えた。

 起こった事は変えられない。失ったモノは取り戻せない。

 だったら、今の自分に出来る事は何なの?やりたい事は何なの?

 そして、少女は思い出した。


「オレはお袋の為に、レンの為に、お金を稼がなきゃいけねぇんだ!支えとかなきゃいけねぇんだ!

 こんなところで、捕まれる訳にはいけねぇんだ!」

 少女はすぐに逃げ出す方法を考えた。素早く走れば、走り続ければ、いつかはこのメイドを振り解けるじゃないかと思った。

 しかし、少女の脱走計画が実行される前に、彼女は目撃した、魔力を纏ったメイドの体を!


「折角捕まえたのに、逃げないで頂けませんか?」

 魔力を纏ったメイドが少女を睨む。

 そう睨まれただけで、まるで蛇に睨まれた蛙のように、少女の体が固まった。


「お、おめぇは何なんだ?何で普通のメイドが、これほどの魔力を身に纏えるんだ?」

(わたくし)より、お前自身の事を考えたら?

 家族の為に、『お金を稼がなきゃいけない』でしょう?」


 その言葉に少女は戸惑った。目の前のメイドが何を考えているのか、知りたいと思った。

 その時、メイドは徐に少女に一つの提案をした。


「二度と盗みをしないと誓えるのなら、守澄家の屋敷で雇えるのだが、興味はあります?」

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