魔王誕生...神月椎奈エピソード
そこは地下の大広間だ。
そこには「玉座」と呼ばれている一つの椅子以外、何も無かった。
そして今、玉座に座っている少女――ルーシーこそが、この地下の新しい「地下神」だ。
外では激しい戦闘が繰り返しているが、ルーシーは玉座から一歩も動かない。
ルーシーは知っている、自分の部下が外で倒されていくのを。
しかしそれでも、ルーシーは玉座から動かない。何せルーシーは「神」であって、「王」ではないからだ。
侵入者のことも、ルーシーは知っている。ルーシーがまだ地下神になる前から、こうなることを知っていた。
玉座に座っているルーシーは目を閉じて、過去の映像が脳内で再生される。
......
...
「わたくしは地下の住民達の『神』に成らねばなりません。」
ルーシーは目の前の男性にそう訴えた。
「わたくしにはその力もあって、その責任もある。権利であって義務です。」
男性は静かにルーシーの言葉を聴き、そして彼女に問うた。
「私にその手助けをしろっと?」
「そうです。わたくしの師匠になって、わたくしを強くして下さい。」
男性は沈黙。
そして、口を開いた彼がした言葉は...
「無理だ。」
「どうしてですの?」
「君は弱すぎるからだ。」
そう、ルーシーは弱い。資質があっても、彼女は弱い。
しかし、それでもルーシーは諦めなかった。
「今、『地下神』に成れるのはわたくしだけです。わたくしはなんとしても『地下神』に成らなければなりません。」
「それでも、弱い君を『神』になるほど教育するのは無理だ。」
「その『無理』をも捻じ伏せられるのは、あなた様でしょう?」
男性は再び沈黙した。
彼は頭のいい人間だ。
何か可能なのか、何か無理なのか、彼は良く分かる。
良く分かるこそ、彼は本当に無理なことを可能にしようとする。
だから、そんな彼は偶に人が「無理」と判断したことを可能にし、成し遂げる。人の出来ない事を出来るようにできる。
そして、そんな彼こそが、ルーシーの最後の希望である。もし、彼でも自分を断ったら、自分も諦めができる。
だが、彼女の望みはいつも叶えられない。今度の男性が彼女に出した答えはどうしてだが、「イェス」だ。
男性は自分の部下と共に、ルーシーを地下の神として、ルーシーを鍛えた。
......
...
突然、大きな爆発音がした。その音に、ルーシーは「思い出」を仕舞、目の前の侵入者に目を向けた。
「おうおう、本当に『神』になってるよ、ルーシーちゃん。」
入って来たのは男女二人だった。二人共銃を持っているが、違いと言えば、男は拳銃二丁、女はドデカいガトリングガン。
「ようこそ、我が祭壇へ。タテツキ、イバラ。童はお主らを観迎する。」
ルーシーは最初から知っている、彼女の最初の敵は誰なのかを。
かの男性が教えてくれた:「タテツキとイバラ。その二人が君の最初の敵。」
{タテツキは銃の達人。冷静冷酷な彼なら、君に会った瞬間、君を撃つでしょう。}
発砲音と共に、一発の銃弾がルーシーを襲う。それを目で捉え、難なく避けた。
{しかし、彼の弾はもう、君を傷つけることはないでしょう。}
二発目の発砲音、狙いは心臓。けど、ルーシーはそれを見つめて、避けようとしなかった。
......
弾はルーシーに当てることなく、ルーシーの前の空間にで、粉々に消えた。
{タテツキはもう君に勝てない。}
神となったルーシーは「加護」を持っている。如何なる攻撃も打ち消す、見えない壁。
「ダメだな、先輩。こいつに銃何かが効く訳ないっしょ。」
そう言って、イバラは手にしているガトリングガンを捨て、拳を鳴らした。
{イバラは直情。銃の扱いができても、拳で攻撃するでしょう。}
「やっぱ、最終的に頼れるのは、自分の拳っしょ。」
走り出すイバラ、ルーシーに向かって、拳を繰り出した。
{いくらイバラの肉体は鉄のように頑丈で、その拳は鋼のように堅くても、勝てない相手ではない。}
「防御、防御、防御。」
しかし、そのすべての攻撃はルーシーに届かず、ルーシーの前の「壁」にぶつけるだけだった。
「痛ぁぁ!もう魔法なんか使ってずるいっしょ。」
{拳なら防御で簡単に流せるが、イバラには必殺技がある。}
「『痛覚遮断』」
再び、イバラの拳はルーシーを襲う。
「二重防御、三重防御、四重...くふぉ!」
遂に、イバラの拳はルーシーの防御魔法を砕けた。
{『痛覚遮断』はイバラの特有魔法。それを使ったら、彼女は痛みを気にせず攻撃する。}
「あは、効いてる。ははははは!」
壁までぶっ飛ばされたルーシーは、自分をこんな状態にしたイバラに目を向ける。血まみれな拳を握りしめて大声で笑う彼女は、とても人間には見えない。
「死の鎌。」
ルーシーは自分の愛用の武器を呼び出した。
「何?まだあの玩具を持ってたの?好きよね、あんな使い難いもの、よく捨てずに持ってるね。」
「イバラからのプレゼントだ。大切にしてるよ。」
{弱い方から先に潰す、それは戦術の常。でも、イバラは見す見すタテツキに攻めさせないでしょう。}
ルーシーは拳銃を構えているタテツキに目を向けた。その次の瞬間、イバラがルーシーに向かって走り出した。
「自動回避。」
ルーシーはイバラの拳を受け止めることを止めた。そして、攻めてくるイバラに向かって、デスサイズを振り下ろした。
イバラは慌てて右手を上に上げて、腕でデスサイズの刃を受け止める。
キィーン
まるで金属がぶつかり合うような音と共に、鎌と腕がぶつかった。
「あっぶねぇ...あたしじゃなかったら腕無くす所だったぞ。」
「一つ。」
速やかにデスサイズを挙げて、ルーシーは体を一回転して、そのまま再びデスサイズの刃でイバラの右脇を攻める。
キィーン
右腕を戻したイバラもそのまま右腕でデスサイズを受け止めた。
「二つ。」
突然、ルーシーは背後に小さな気配を感じだ。
弾だ!タテツキの弾丸が自分を襲ってくる!
そう思った瞬間、ルーシーは大きく右に跳んで、その弾を避けたが、結果としてそれは失策だった。
「余所見すんじゃ、っねぇ!」
イバラの拳はルーシーの顔を襲った。
キィーン
ギリギリ、ルーシーはデスサイズでその拳を受け止めたが、何メードるほど吹き飛ばされた。
{タテツキは自分の銃が通じないことを知ってても、すぐにイバラの補佐に転じるでしょう。イバラの前に彼を撃退することは難しい、襲い来る弾を無視するのが一番だ。}
それをできなかったから、ルーシーは危うく脳をイバラに潰される所だった。
「ナイスアシスト、先輩!」
{結局、あの二人を倒すには、イバラ・タテツキの順番でないと駄目だ。}
「やあ!」
ルーシーはまたもデスサイズをイバラに向かって振り下ろした。
{イバラの体は鉄のようだから、何回攻撃を当たっても、無駄に見えるでしょう。}
キィーン
デスサイズの斬撃はやはりイバラの右腕一本で受け止められた。
「無駄だよ、ルーシー。玩具じゃあたしを切れないぜ。」
「三つ。」
ルーシーはデスサイズを高く上げて、再びイバラに向かって振り下ろしたが、イバラはやはり右腕でそれを受け止めた。
「無駄だと、言ってんだろう!」
イバラは右腕を大きく振って、ルーシーのデスサイズを振り払った。
「四つ。」
その時、ルーシーはまた小さな気配を感じだ。それを無視しようと決め込む彼女だったが、まさかその弾丸が自分の目を向かって来るのを予想しなかった。
「ッ!」
弾丸はやはりルーシーの目の前の空間にで消えたが、彼女は遂条件反射で目を閉じた。
「ウオラッ!」
遂に、イバラの拳がルーシーの腹に打ち込んだ。
「ウップォ...」
天井の隅までぶっ飛ばされたルーシーは、衝撃軽減の魔法も使わずに、床に墜ちた。お腹に穴を開けられて、息することすら辛く感じる。
「これで!地下の神様は、人間に倒されたのであった。めでたしめでたし!」
真っ赤な拳をぶつけ合い、イバラはタテツキの所に戻った。
「復原。」
回復魔法の苦手なルーシーは仕方なく自分の傷を治した。このままでは動くこともままならず、死を待つだけだから、魔力を惜しむ場合じゃない。
しかし、やはり不慣れな所為で、一回の回復に、ルーシーの五分の一の魔力も使った。
その結果、ルーシーの体に纏う「加護」が消え、タテツキの銃弾がルーシーを傷つけられるようになった。
「イバラ!まだ終わってない。」
「はぁ?」
タテツキの言葉を聞いて、イバラは振り向いた。
「おやおや。あのルーシーちゃんにしては、頑張るじゃねぇか。」
また、ルーシーに向かって走り出したイバラ、それをフォローするタテツキの弾丸。
迫って来る二つの気配、どっちも命を奪いに来る気配。
そして、その瞬間、ルーシーはまたも過去の記憶を思い出す。
......
...
「良いか、ルーシーちゃん。人は時には、痛いと分かってても、それを耐えるしかない時がある。」
......
...
「五つ。」
どっちの攻撃も自分を傷つけると知っているルーシーは、小さな気配に構わず、大きな気配に向けてデスサイズを振り下ろした。そのあまりにも必死な行動に驚いて、イバラはすぐに足を止めて、右腕をデスサイズの刃を受ける。
スパッ
イバラの右腕はデスサイズに切られ、地面に落ちた。
「あれ?」
{しかし、何度も同じ場所を切ったら、流石に鉄でも割ける。}
「腕を、切られた?」
「避けろイバラ!」
長年ペアを組んだイバラはタテツキの言葉を聞いて、まだ精神が呆けているにもかかわらず、反射的に横に跳んだ。
イバラが跳んだ直後、タテツキがイバラの捨てたガトリングガンを抱えて、ルーシーを撃つ。
「障壁。」
魔法を使って、銃弾を無効化したルーシーはタテツキを見向きもせず、イバラから目を逸らさなかった。
そして、次の瞬間、ルーシーはイバラに向かって、デスサイズを振り上げた。
「五連撃。」
時間が停止した。そして、何かが地面に落ちた音と共に、流れ出した時間。
その落ちたものは、根元から切られた、イバラの左腕だった。
「まずいぞ、イバラ。ここは一旦撤退して、旦那様に報告しよう。」
速やかに撤退を冷静に決断したタテツキ。しかし、今の彼は冷静じゃなかった。
「馬鹿だな、先輩は。あたしの両腕を切った奴が、あたし達を逃がす訳ないっしょ。」
至近距離まで詰められたイバラの方は、逆に冷静だった。
「良いから逃げろ!今すぐ逃げろ!」
恋人が今にも死ぬかもしれないと思い、タテツキは只管に彼女に「逃げろ」と懇願した。
いつも「アホ」とタテツキに呼ばれていたイバラは最後、彼に向かって微笑んだ。
「そういう往生際の悪い所があったから、あたしが好きになったんだよ、先輩。」
「死の鎌・首狩り。」
振り下ろされた鎌、振り落とされた首。
両腕と首を無くしたイバラの体は、無力に床に伏した。
「くそっ!」
イバラの命の炎が完全に消えた今、タテツキはいつもの冷静さを取り戻した。今自分が一番すべきことは、全ての顛末を旦那様に伝えること。
そう冷静に判断し、彼は心の痛みを耐えて、この場から逃げ出した。
しかし...
「花園の牢獄。」
ルーシーがそう言った瞬間、無数の蔓がタテツキを襲った。
最初は走っている足、次は蔓を解く手、最後は動いている口。
それに気づいたタテツキは、驚愕な眼差しで、ルーシーを見つめた。
「そうだよ、タテツキ。これは貴方の得意魔法の模倣、わたくしの『束縛魔法』。」
「静を以て動を制する」、それはタテツキの必殺技。動かなければ何もされることはないが、動くものを必ず撃ち抜く。彼はこの技を使って、大軍を撃退したことすらあった。
なのに、まさか自分の技が他人に模倣され、改造されるとは、彼は思いもしなかった。
「うぅぅ、ぅうううぅう!」
タテツキは何かを伝えようとしたが、残念ながら口が塞がれて、言葉が出せなかった。
「さようなら、タテツキ先生。」
ルーシーはそう言って、デスサイズを以てタテツキを両断した。
「玉座」しかいないこの大広間に、二つの死体。それを見つめるルーシーは最後に一度、記憶を脳内再生した。
......
...
何時しか、男性に恋をした少女は、男性と逢う最後の日...
「これが、『地下神』になった君の最初の敵。君のことも、同じく彼らに伝える。私も部下を見す見す失いたくないから、敵になった君を全力で殺す。」
「わかっておりますわ。わたくしも、あなた様の最悪な敵になりましょう。」
そう言って、ルーシーは悲しそうにかの男性に微笑んで、彼の屋敷から去った。
......
...
「倒した...遂に倒した...彼の最強のカード...タテツキとイバラを倒した...あははははははは、わたくし、やりましたわ!彼の最強の戦士、わたくしの最高の先生...見ておられますか、タカヒロ様。わたくし、勝ちました。あなた様の最悪な敵になりました!褒めてください。愛でてください!抱きしめてください...」
いつの間にか、ルーシーの眼から二筋の雫が流れ出した。彼女はそれを拭くことせず、今も二度と逢えない愛しいあの人に語り続ける。
「わたくしは夢を叶えた、責務を果たした、同胞を救えた...その代償に愛を失った、彼の一番大切な部下を殺した...わたくしは、何をしているのでしょう。」
ルーシーは二つの死体を組み直して、自分の前に置いた。
片方はかつての武道の師、もう片方は自分を気遣い姉のような存在。人間の敵になった自分を、人間である彼らが襲い、返り討ちにするのはおかしなことじゃない。
なのに...
「タテツキ先生...イバラ姉...」
ルーシーは死体に跪いた。何の意味もない行動なのに...
{君が『地下神』になった日には、私は人間の味方として、君の敵になる。}
ルーシーはようやくわかった、自分の成すべきことを...
「そうだ...わたくしはあなた様の敵...敵として、あなた様を守る人間を撃退し、敵として、あなた様が守ろうとする人間を殺す。それが、わたくしがあなた様に愛を捧げる唯一の方法。あは、わかりましたわ。わたくしはあなた様の敵、あなた様の敵!あは、あははははは、あぁはははははははははははは!」
少女は笑った。只管に笑った。大声で笑った。
そして、彼女は全地下住民に自分の声を聞かせるように、魔法を行使した。
「聞け!童の臣民たちよ!今から我らは人間に敵対する!我が臣民は魔族と呼び、我が戦士は悪魔と呼ぶ。そして、童は魔王と自称する!我ら、人間の敵となり!人間を殺すことこそ我らの本懐、人間を苦しめることこそ我らの生き甲斐!神によって造られし我らは、同じく神によって造られた人間の、永遠の敵になる!あははははは、あぁははははははははははははは...」
命あるものがルーシーしかいないその部屋に、彼女が泣きながら笑っていることを、知る人はいなかった。
これは、最初の魔王が誕生した時の御話。