表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

魔王誕生...神月椎奈エピソード

 そこは地下の大広間だ。

 そこには「玉座」と呼ばれている一つの椅子以外、何も無かった。

 そして今、玉座に座っている少女――ルーシーこそが、この地下の新しい「地下神(ちかしん)」だ。


 外では激しい戦闘が繰り返しているが、ルーシーは玉座から一歩も動かない。

 ルーシーは知っている、自分の部下が外で倒されていくのを。

 しかしそれでも、ルーシーは玉座(ここ)から動かない。何せルーシーは「神」であって、「王」ではないからだ。

 侵入者のことも、ルーシーは知っている。ルーシーがまだ地下神(ちかしん)になる前から、こうなることを知っていた。

 玉座に座っているルーシーは目を閉じて、過去の映像が脳内で再生される。

 ......

 ...



「わたくしは地下の住民達の『神』に成らねばなりません。」

 ルーシーは目の前の男性にそう訴えた。

「わたくしにはその力もあって、その責任もある。権利であって義務です。」


 男性は静かにルーシーの言葉を聴き、そして彼女に問うた。

「私にその手助けをしろっと?」

「そうです。わたくしの師匠になって、わたくしを強くして下さい。」


 男性は沈黙。

 そして、口を開いた彼がした言葉は...

「無理だ。」

「どうしてですの?」

「君は弱すぎるからだ。」


 そう、ルーシーは弱い。資質があっても、彼女は弱い。

 しかし、それでもルーシーは諦めなかった。


「今、『地下神(ちかしん)』に成れるのはわたくしだけです。わたくしはなんとしても『地下神(ちかしん)』に成らなければなりません。」

「それでも、弱い君を『神』になるほど教育するのは無理だ。」

「その『無理』をも捻じ伏せられるのは、あなた様でしょう?」


 男性は再び沈黙した。

 彼は頭のいい人間だ。

 何か可能なのか、何か無理なのか、彼は良く分かる。

 良く分かるこそ、彼は本当に無理なことを可能にしようとする。

 だから、そんな彼は偶に人が「無理」と判断したことを可能にし、成し遂げる。人の出来ない事を出来るようにできる。

 そして、そんな彼こそが、ルーシーの最後の希望である。もし、彼でも自分を断ったら、自分も諦めができる。

 だが、彼女の望みはいつも叶えられない。今度の男性が彼女に出した答えはどうしてだが、「イェス」だ。

 男性は自分の部下と共に、ルーシーを地下の神として、ルーシーを鍛えた。

 ......

 ...



 突然、大きな爆発音がした。その音に、ルーシーは「思い出」を仕舞、目の前の侵入者に目を向けた。


「おうおう、本当に『神』になってるよ、ルーシーちゃん。」


 入って来たのは男女二人だった。二人共銃を持っているが、違いと言えば、男は拳銃二丁、女はドデカいガトリングガン。


「ようこそ、我が祭壇へ。タテツキ、イバラ。童はお主らを観迎する。」


 ルーシーは最初から知っている、彼女の最初の敵は誰なのかを。

 かの男性が教えてくれた:「タテツキとイバラ。その二人が君の最初の敵。」


 {タテツキは銃の達人。冷静冷酷な彼なら、君に会った瞬間、君を撃つでしょう。}


 発砲音と共に、一発の銃弾がルーシーを襲う。それを目で捉え、難なく避けた。


 {しかし、彼の弾はもう、君を傷つけることはないでしょう。}


 二発目の発砲音、狙いは心臓。けど、ルーシーはそれを見つめて、避けようとしなかった。

 ......

 弾はルーシーに当てることなく、ルーシーの前の空間にで、粉々に消えた。


 {タテツキはもう君に勝てない。}


 神となったルーシーは「加護」を持っている。如何なる攻撃も打ち消す、見えない壁。


「ダメだな、先輩。こいつに銃何かが効く訳ないっしょ。」

 そう言って、イバラは手にしているガトリングガンを捨て、拳を鳴らした。


 {イバラは直情。銃の扱いができても、拳で攻撃するでしょう。}


「やっぱ、最終的に頼れるのは、自分の拳っしょ。」

 走り出すイバラ、ルーシーに向かって、拳を繰り出した。


 {いくらイバラの肉体は鉄のように頑丈で、その拳は鋼のように堅くても、勝てない相手ではない。}


防御(ガード)防御(ガード)防御(ガード)。」

 しかし、そのすべての攻撃はルーシーに届かず、ルーシーの前の「壁」にぶつけるだけだった。


「痛ぁぁ!もう魔法なんか使ってずるいっしょ。」


 {拳なら防御(ガード)で簡単に流せるが、イバラには必殺技がある。}


「『痛覚遮断』」

 再び、イバラの拳はルーシーを襲う。


二重防御(ダブルガード)三重防御(トリプルガード)四重(クワドラプル)...くふぉ!」


 遂に、イバラの拳はルーシーの防御魔法を砕けた。


 {『痛覚遮断』はイバラの特有魔法。それを使ったら、彼女は痛みを気にせず攻撃する。}


「あは、効いてる。ははははは!」

 壁までぶっ飛ばされたルーシーは、自分をこんな状態にしたイバラに目を向ける。血まみれな拳を握りしめて大声で笑う彼女は、とても人間には見えない。


死の鎌(デスサイズ)。」

 ルーシーは自分の愛用の武器を呼び出した。


「何?まだあの玩具を持ってたの?好きよね、あんな使い難いもの、よく捨てずに持ってるね。」

「イバラからのプレゼントだ。大切にしてるよ。」


 {弱い方から先に潰す、それは戦術の常。でも、イバラは見す見すタテツキに攻めさせないでしょう。}


 ルーシーは拳銃を構えているタテツキに目を向けた。その次の瞬間、イバラがルーシーに向かって走り出した。


自動回避(オートアヴォイド)。」

 ルーシーはイバラの拳を受け止めることを止めた。そして、攻めてくるイバラに向かって、デスサイズを振り下ろした。

 イバラは慌てて右手を上に上げて、腕でデスサイズの刃を受け止める。


 キィーン

 まるで金属がぶつかり合うような音と共に、鎌と腕がぶつかった。


「あっぶねぇ...あたしじゃなかったら腕無くす所だったぞ。」

一つ(ファースト)。」


 速やかにデスサイズを挙げて、ルーシーは体を一回転して、そのまま再びデスサイズの刃でイバラの右脇を攻める。


 キィーン

 右腕を戻したイバラもそのまま右腕でデスサイズを受け止めた。

二つ(セカンド)。」


 突然、ルーシーは背後に小さな気配を感じだ。

 弾だ!タテツキの弾丸が自分を襲ってくる!

 そう思った瞬間、ルーシーは大きく右に跳んで、その弾を避けたが、結果としてそれは失策だった。


「余所見すんじゃ、っねぇ!」

 イバラの拳はルーシーの顔を襲った。


 キィーン

 ギリギリ、ルーシーはデスサイズでその拳を受け止めたが、何メードるほど吹き飛ばされた。


 {タテツキは自分の銃が通じないことを知ってても、すぐにイバラの補佐に転じるでしょう。イバラの前に彼を撃退することは難しい、襲い来る弾を無視するのが一番だ。}


 それをできなかったから、ルーシーは危うく脳をイバラに潰される所だった。

「ナイスアシスト、先輩!」


 {結局、あの二人を倒すには、イバラ・タテツキの順番でないと駄目だ。}


「やあ!」

 ルーシーはまたもデスサイズをイバラに向かって振り下ろした。


 {イバラの体は鉄のようだから、何回攻撃を当たっても、無駄に見えるでしょう。}


 キィーン

 デスサイズの斬撃はやはりイバラの右腕一本で受け止められた。

「無駄だよ、ルーシー。玩具じゃあたしを切れないぜ。」

三つ(サード)。」


 ルーシーはデスサイズを高く上げて、再びイバラに向かって振り下ろしたが、イバラはやはり右腕でそれを受け止めた。


「無駄だと、言ってんだろう!」

 イバラは右腕を大きく振って、ルーシーのデスサイズを振り払った。

四つ(フォース)。」


 その時、ルーシーはまた小さな気配を感じだ。それを無視しようと決め込む彼女だったが、まさかその弾丸が自分の目を向かって来るのを予想しなかった。


「ッ!」

 弾丸はやはりルーシーの目の前の空間にで消えたが、彼女は遂条件反射で目を閉じた。


「ウオラッ!」

 遂に、イバラの拳がルーシーの腹に打ち込んだ。


「ウップォ...」

 天井の隅までぶっ飛ばされたルーシーは、衝撃軽減の魔法も使わずに、床に墜ちた。お腹に穴を開けられて、息することすら辛く感じる。


「これで!地下の神様は、人間に倒されたのであった。めでたしめでたし!」

 真っ赤な拳をぶつけ合い、イバラはタテツキの所に戻った。


復原(リカバリ)。」

 回復魔法の苦手なルーシーは仕方なく自分の傷を治した。このままでは動くこともままならず、死を待つだけだから、魔力を惜しむ場合じゃない。

 しかし、やはり不慣れな所為で、一回の回復に、ルーシーの五分の一の魔力も使った。

 その結果、ルーシーの体に纏う「加護」が消え、タテツキの銃弾がルーシーを傷つけられるようになった。


「イバラ!まだ終わってない。」

「はぁ?」

 タテツキの言葉を聞いて、イバラは振り向いた。


「おやおや。あのルーシーちゃんにしては、頑張るじゃねぇか。」

 また、ルーシーに向かって走り出したイバラ、それをフォローするタテツキの弾丸。

 迫って来る二つの気配、どっちも命を奪いに来る気配。

 そして、その瞬間、ルーシーはまたも過去の記憶を思い出す。

 ......

 ...



「良いか、ルーシーちゃん。人は時には、痛いと分かってても、それを耐えるしかない時がある。」

 ......

 ...



五つ(フィフス)。」

 どっちの攻撃も自分を傷つけると知っているルーシーは、小さな気配に構わず、大きな気配に向けてデスサイズを振り下ろした。そのあまりにも必死な行動に驚いて、イバラはすぐに足を止めて、右腕をデスサイズの刃を受ける。


 スパッ

 イバラの右腕はデスサイズに切られ、地面に落ちた。

「あれ?」


 {しかし、何度も同じ場所を切ったら、流石に鉄でも割ける。}


「腕を、切られた?」

「避けろイバラ!」

 長年ペアを組んだイバラはタテツキの言葉を聞いて、まだ精神が呆けているにもかかわらず、反射的に横に跳んだ。

 イバラが跳んだ直後、タテツキがイバラの捨てたガトリングガンを抱えて、ルーシーを撃つ。


障壁(バリア)。」

 魔法を使って、銃弾を無効化したルーシーはタテツキを見向きもせず、イバラから目を逸らさなかった。

 そして、次の瞬間、ルーシーはイバラに向かって、デスサイズを振り上げた。


五連撃(ファイブヒット)。」

 時間が停止した。そして、何かが地面に落ちた音と共に、流れ出した時間。

 その落ちたものは、根元から切られた、イバラの左腕だった。


「まずいぞ、イバラ。ここは一旦撤退して、旦那様に報告しよう。」

 速やかに撤退を冷静に決断したタテツキ。しかし、今の彼は冷静じゃなかった。


「馬鹿だな、先輩は。あたしの両腕を切った奴が、あたし達を逃がす訳ないっしょ。」

 至近距離まで詰められたイバラの方は、逆に冷静だった。


「良いから逃げろ!今すぐ逃げろ!」

 恋人が今にも死ぬかもしれないと思い、タテツキは只管に彼女に「逃げろ」と懇願した。


 いつも「アホ」とタテツキに呼ばれていたイバラは最後、彼に向かって微笑んだ。

「そういう往生際の悪い所があったから、あたしが好きになったんだよ、先輩。」


死の鎌(デスサイズ)首狩り(ヘッドハント)。」

 振り下ろされた鎌、振り落とされた首。

 両腕と首を無くしたイバラの体は、無力に床に伏した。


「くそっ!」

 イバラの命の炎が完全に消えた今、タテツキはいつもの冷静さを取り戻した。今自分が一番すべきことは、全ての顛末を旦那様に伝えること。

 そう冷静に判断し、彼は心の痛みを耐えて、この場から逃げ出した。


 しかし...


花園の牢獄(プリズンガーデン)。」

 ルーシーがそう言った瞬間、無数の蔓がタテツキを襲った。

 最初は走っている足、次は蔓を解く手、最後は動いている口。

 それに気づいたタテツキは、驚愕な眼差しで、ルーシーを見つめた。


「そうだよ、タテツキ。これは貴方の得意魔法の模倣、わたくしの『束縛魔法』。」


「静を以て動を制する」、それはタテツキの必殺技。動かなければ何もされることはないが、動くものを必ず撃ち抜く。彼はこの技を使って、大軍を撃退したことすらあった。

 なのに、まさか自分の技が他人に模倣され、改造されるとは、彼は思いもしなかった。


「うぅぅ、ぅうううぅう!」

 タテツキは何かを伝えようとしたが、残念ながら口が塞がれて、言葉が出せなかった。


「さようなら、タテツキ先生。」

 ルーシーはそう言って、デスサイズを以てタテツキを両断した。


「玉座」しかいないこの大広間に、二つの死体。それを見つめるルーシーは最後に一度、記憶を脳内再生した。

 ......

 ...



 何時しか、男性に恋をした少女は、男性と逢う最後の日...

「これが、『地下神』になった君の最初の敵。君のことも、同じく彼らに伝える。私も部下を見す見す失いたくないから、敵になった君を全力で殺す。」

「わかっておりますわ。わたくしも、あなた様の最悪な敵になりましょう。」

 そう言って、ルーシーは悲しそうにかの男性に微笑んで、彼の屋敷から去った。

 ......

 ...



「倒した...遂に倒した...彼の最強のカード...タテツキとイバラを倒した...あははははははは、わたくし、やりましたわ!彼の最強の戦士、わたくしの最高の先生...見ておられますか、タカヒロ様。わたくし、勝ちました。あなた様の最悪な敵になりました!褒めてください。愛でてください!抱きしめてください...」

 いつの間にか、ルーシーの眼から二筋の雫が流れ出した。彼女はそれを拭くことせず、今も二度と逢えない愛しいあの人に語り続ける。


「わたくしは夢を叶えた、責務を果たした、同胞を救えた...その代償に愛を失った、彼の一番大切な部下を殺した...わたくしは、何をしているのでしょう。」

 ルーシーは二つの死体を組み直して、自分の前に置いた。

 片方はかつての武道の師、もう片方は自分を気遣い姉のような存在。人間の敵になった自分を、人間である彼らが襲い、返り討ちにするのはおかしなことじゃない。

 なのに...


「タテツキ先生...イバラ姉...」

 ルーシーは死体に跪いた。何の意味もない行動なのに...


 {君が『地下神』になった日には、私は人間の味方として、君の敵になる。}


 ルーシーはようやくわかった、自分の成すべきことを...


「そうだ...わたくしはあなた様の敵...敵として、あなた様を守る人間を撃退し、敵として、あなた様が守ろうとする人間を殺す。それが、わたくしがあなた様に愛を捧げる唯一の方法。あは、わかりましたわ。わたくしはあなた様の敵、あなた様の敵!あは、あははははは、あぁはははははははははははは!」


 少女は笑った。只管に笑った。大声で笑った。

 そして、彼女は全地下住民に自分の声を聞かせるように、魔法を行使した。


「聞け!童の臣民たちよ!今から我らは人間に敵対する!我が臣民は魔族と呼び、我が戦士は悪魔と呼ぶ。そして、童は魔王と自称する!我ら、人間の敵となり!人間を殺すことこそ我らの本懐、人間を苦しめることこそ我らの生き甲斐!神によって造られし我らは、同じく神によって造られた人間の、永遠の敵になる!あははははは、あぁははははははははははははは...」


 命あるものがルーシーしかいないその部屋に、彼女が泣きながら笑っていることを、知る人はいなかった。





 これは、最初の魔王が誕生した時の御話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ