みやのデートプラン
高校一年生の夏。
私、本宮裕に、初めての彼女ができました。
きっかけは、私がふと口にした一言で。
夏の暑さでぼんやりする頭で、本当に何気無く、恋人が欲しいなー、なんて、言ってみただけなんだけど。
それを聞いた幼馴染からは、思いがけない返事が返ってきた。
「…じゃあさ、私を彼女にしてみない?」
幼馴染のしのは、顔を真っ赤にして、声を震わせて。
蝉の声にかき消されてしまうような声だったけど、私の耳にはしっかりと届いた。
私より頭一つ小さくて、女の子らしくて、ずっと妹みたいに私についてきていた、しの。
大切な、大好きな私の親友。
その様子はとても可愛らしかったけれど。
小さな体が、いつもよりもっと小さく見えた。
ことわったりしたら、このまま彼女はいなくなってしまうんじゃないかって、不安になるくらい。
女の子どうしで…?という事は少しだけ考えたけど、でも、私は、しのの隣にずっといたい、という気持ちだけははっきりしていて。
それが、親友、だったとしても、恋人、だったとしても…しのが私にとって特別な存在であることは変わりなくて。
しのとこれからも一緒にいるために、私の出した答えは、OKだった。
***
「日曜日、2人で遊びにいこっか」
なんて。
恋人になってまもなく、私はそう誘ってみた。
しのは嬉しそうにはにかんでいた。
そんな可愛い顔が見られただけで、私はもう満足。
…って、それだけじゃだめだって。
恋人になって、初めての2人でのおでかけ…って、これって、初デートだよね?そうだよね?
しのと2人で遊びにいくなんてことは、よくあることだったし、特に意識せずに誘ってみたものの、よく考えてみたら今回のは今までとは意味が違う。
私は、しのが楽しんでくれるような、思い出に残るような、そんな1日を用意しなくちゃ。って、意気込んでいた。
「…とはいうものの、デートって何すんだ?」
私は机に向かって、うーんと頭を抱えた。
ノートに「デートプラン」なんて、見出しを書いてみたりして。
でもペンはすすまない。
白紙、白紙のノープランだ。
「うーん…こんな時は…」
一通り悩んだ私は、最終手段に出ることにした。
自分の部屋を出て、隣の部屋をノックする。『必ずノックすること』なんて書いてあるこの部屋は、ノック無しで入ったりしたら何が起こるかわからないから。
「はーい?どうぞー」
内側からドアが開いて、頼れる最終兵器…私のお姉様が顔を出した。
困った時は人生の先輩にきくこと。
これ、私の鉄則なり。
「どうしたの?」
なんて言って首を傾げる。
今年から大学生になった姉は、いつもはおしゃれなんだけど、今はゆるくパーマをかけた茶髪も一つに結び、メガネに、富士山のお土産Tシャツという、すっかりお家モードの格好だ。
「お姉ちゃん、相談させて!」
私が手を合わせると、ええ、とめんどくさそうな顔をしながらも、部屋に入れてくれた。
姉の部屋は白とブラウンの落ち着いた色合いで、壁にはおしゃれなポストカードや写真が飾ってある。
何か困ったことがあると、いつもここで話を聞いてもらう。の
やっぱり落ち着くなあと思いながら、私は勝手に姉のベットに腰掛けると、クッションを抱きしめた。
「それで、どうしたのかね?」
姉は私の方を向いて、勉強机の椅子に腰掛けた。
「ええっとね…」
私は口を開こうとして、固まった。
あれ、これって普通に聞いたら、いろいろとやばいんじゃないか?って思って。
だって、しのとのことは、内緒にするって約束なのだし…
…そうだ。
「…私の友だちの話なんだけど、今度の日曜日、初デートなんだって。それで、相談されたんだけど、私もよくわからなくて…初デートってどんなとこにいくのがいいと思う?」
私は友だちのこと、ということにして相談することにした。
我ながら、自然で良い聞き方。
…と思ったのに、姉はにやっと笑った。
「なに、あんた彼氏でもできたの?」
「なっ?!」
私は思わず焦ってしまう。
「ち、ちがうよ!彼氏じゃないよ!」
「…ふーん?じゃあ、彼女とかー?」
「?!」
姉は冗談のように言ったのだけど、私はぎくりとしてしまう。
しまった。
そんな私を見て、姉はちょっと眉をあげる。
「あれー、なに、図星なの?冗談のつもりだったのに」
「…そ、そんなわけないではないですか」
笑って否定しようとしたものの、口元はぎこちない形になってしまう。
姉は探るように私を見て、へえーという顔をする。
…やっぱり、姉には敵わない。
「まあ、別に彼氏でも彼女でもどっちでもいいけどね。姉は可愛い妹を応援してあげますよ」
「お姉様っ!」
「はいはい、妹よ」
私が目を輝かせると、姉は楽し気に口の端をあげた。
「…で、初デートの場所ね」
「うん!」
「別にどこでもいいんじゃない?」
「ええっ!そんな適当な」
私よりも大人な姉から、一体どんなアドバイスがもらえるかと期待していた私は、がっくりとした。
人気のテーマパークにいく、とか、夜景を見に行く、とか、いろいろあるんじゃないかと思ったんだけど。
姉はそんな私の様子を見て笑った。
「あんたねえ、初デートだからって、そんなに気を張ることないと思うけど。私が思うに、デートって、一緒にいるためにいくものだと思うんだな」
「…一緒にいるために?」
私が首をかしげると、姉は、そうそうと頷いた。
「ひとりでも、友だちとでもなく、大切な恋人と一緒に行くから、デートなわけよ。そりゃ、思い出に残るような何かをするのも素敵だけど、そうじゃなくっても、一緒に出かければなんでも思い出になる。変に力を入れて無理をするより、等身大で行きたいところに行くのがいいんじゃないの?一緒にいたいから、恋人になったわけでしょ?」
「そ、そっか…」
私はしののことを思い浮かべた。
しのと一緒に行きたいところ…
最近できたっていうクレープ屋さんも行きたいし、あの映画も一緒に見にいこうねって話してたかな。
いつもみたいに、お買い物するだけでも楽しいと思う。
…てか、しのと一緒なら、何してたって楽しいもんな。
…って、これって、
「友だちの時と、恋人なのと、どう違うんだろう…?」
私は思わず呟いていた。
今考えたことは、友だち同士の時にしてたことと、全く変わらなかった。
「どうって…」
姉はきょとんとして言う。
「好きだから付き合ったんでしょ?」
「まあ、好きだけど…」
私は考える。
好きは、好きだけど…
友だちの時だって、大好きだったし。
なんとなく、今までとは違う関係になったような気はしてるけど…
「友だちと恋人じゃ、全然ちがうでしょ。恋人どうしじゃ、手をつないだり、腕を組んだり…キスしたりとか」
「きっきす?!」
私は思わず聞き返した。
そ、そっか…確かに、言われてみれば、恋人どうしってそーゆーことするんだろうけど…
実際には、しのとそんなことするなんて、想像もしていなかっただけに、急に恥ずかしいような、困るような気持ちになって、私は顔に熱があがっていくのを感じた。
「あらー、言葉だけで赤くなっちゃって…やっぱり、高校生になったといっても、ゆうは子どもだなあ」
「そ、そんなことないよ!キスくらいで!」
にやにやとする姉に私は反論する。
ああ、でも、キス、って、なんだか生々しい感じがして、言うだけで恥ずかしい…
「まあ、まだゆうには早かったかな?…そうだな、もっとわかりやすいようには…恋人って、一緒にいてどきどきしない?」
「どきどき?」
私は思い出す。
恋人になった日の、紅潮したしのの顔。
朝の、私を待っている立ち姿。
2人きりの教室。
学校の帰り道、夕日に照らされた、嬉しそうな笑顔。
どの場面だって、私は、
「どきどき、する…」
とくん、と心臓がなる。
そうだ、ただの友だちの時にはなかった、このどきどき。
くすぐったいような、恥ずかしいような、そわそわする気持ち。
これがあるだけで、恋人どうしでいるのは、友だちどうしとは全然ちがうじゃん。
「うん、お姉ちゃん、わかった、気がする!ありがと!背伸びしすぎず、一緒に行きたいところを考えてみる!」
「そう、がんばってね」
私がそう言って立ち上がると、姉は満足気に微笑んだ。
そして、ちょっとにやにやしながら、身を乗り出す。
「…それでー、相手って誰なの?同じ学校の子?」
私は既に部屋を出ようとドアノブに手をかけていたけれど、姉の方を振り返って、にっと笑って言ってやった。
「ないしょ」
***
初デートを終えて。
私は自分のベットに寝転がりながら、小指にはめたピンキーリングを眺めていた。
グリーンの石が、キラキラとして、綺麗。
楽しかったな。
今日1日のことを思い出して、幸せな気分にひたる。
クレープ屋さんで、クリームを口につけていたしのも。
私にどきどきするって、一生懸命に伝えてきたしのも。
ピンキーリングを手にして嬉しそうにはにかんだしのも。
…全部可愛い。
口元がついにやけてきてしまう。
私はクッションに顔をうずめた。
…しのが、手をつなげなくてさみしく見えた、なんて、言ったけど、さみしかったのは、私の方かもしれない。
しのには強がって、ちょっとだけ、残念、とか言ったけど、そんなことない。
ちょっとだけなんて、ものじゃない。
小さくて温かくて柔らかい、子どもみたいなしのの手を。
今日1日離したくなかったのは、私の方だ。
ケンタローに会ったとき、余裕ぶって見せたけど、内心、余裕なんてものはなかった。
どうやって誤魔化すか…というより、いかにケンタローを牽制するか、に必死な自分がいた。
あれ…私、こんなに独占欲、強かったっけ?
しのに、嫌われなければいいけど…
そんなことを考えながら、もう一度ピンキーリングを眺めていると、頭上から声がした。
「ほー、それ、今日の戦利品?」
「ぎゃっ!」
驚きすぎて変な悲鳴をあげてしまう。
おそるおそる顔を上げると、姉がベットの脇に立って、私を見下ろしていた。
「お、お姉ちゃん…ここ、私の部屋…」
「だって部屋のドアがあいてて、どうしたのかなって覗いたら、ベットの上でばたばたしたり、にやにやしたりしてるんだもの。気になって入っちゃった」
「そんなこと言ったって、声くらいかけてよ!」
起き上がって抗議をしたら、
「やましいことをしているのなら、部屋の鍵くらい閉めてしなさい」
と、ぴしゃりと言われた。
「それより、ゆう…」
姉は、楽しそうに口元を歪めた。
あれ、なんか嫌な予感がする。
その予感通り、姉はとんでもないことをさらりと言った。
「あんたのデートの相手って、あーちゃんだったのね」
あーちゃん…は、篠原朝海、つまり、しのの我が家での愛称。
ごめん、しの、なんか、ばれちゃったみたい。
私はすっと背筋が冷たくなるのを感じながら、心の中で謝った。