初デートのしかた3
最近できたクレープ屋さんは、みんなの噂で聞いたとおり、若い女の子であふれていた。
空調がきいた店内は、ひんやりとして心地よい。
ピンクと白の壁紙、椅子もテーブルも、小物みんな可愛くて、クレープの甘い香りがいっぱいで、私はうっとりしてしまう。
「何にしよっかなー」
みやは真剣な顔をしてメニュー表を吟味していた。
今日、このクレープ屋さんに来たがったのはみやなのだ。
みやは、甘いものが好き。
メニュー表とにらめっこしているみやが可愛くて、私はつい頬が緩んでしまう。
「…しのは決めた?!」
みやがばっと顔を上げる。
メニュー表ではなくみやを眺めていた手前、私はちょっとどきっとする。
「う、うん、決めたよー」
私がそう答えるとみやは頭を抱え込んだ。
「うう…そっかあ。私、決まらない…やっと二つまで候補絞ったけど」
「何と何で悩んでるの?」
「苺ミルフィーユミルクアイスのせと、キャラメルバナナクリームスペシャル…」
「じゃあ、私、キャラメルバナナの方にするから、半分こしよっか?」
そう提案すると、いいの?!とみやは目を輝かせた。
そんな表情ひとつに私はきゅんとしてしまって、甘い気持ちで満たされる。
甘いクレープなんて、いらないくらいかも。
それぞれクレープを注文して、向かい合って白いテーブルに座った。
みやはクレープを一口食べて、とっても幸せそうな顔になる。
こう、みやの周りの空気までパッと明るくなるような。
このお店に来てよかったな、なんて思いながら、私も自分のクレープを一口かじる。
ん、美味しい。
「しののも、一口ちょーだい」
「ん」
みやがすっと顔を近づけて、私のクレープを一口かじった。
「んー、うまい!」
そう言いながら、口の周りのクリームをぺろっと舐める。
幸せそうな顔。
まったく、私がこんなにどきどきしているも知らないで。
「はい、しのにもあげる」
今度はみやがクレープを差し出す。
私は顔が赤くなるのを感じたけれど、思いきってそのまま一口かじった。
甘ずっぱい苺の味が口いっぱいにひろがる。
「美味しいー!」
思わず顔をあげてそう言うと、みやの笑顔と目があった。
「ほら、しの、口にクリームついてる」
「…みやだってついてるよ」
「え!うそ?!」
「うそです」
「こら」
なんて言い合って、2人で笑った。
ああ、幸せだなって思う。
クレープ屋さんを出たあとは、駅前のショッピングモールに入った。
お昼の時間は過ぎていたけど、クレープでお腹がいっぱいになってしまった私たちは、お腹がすくまでフラフラすることにしたのだ。
日曜日だからか、モール内は人が多かった。
みやは私の手をとる。
「しのは小さいから、はぐれないように」
なんて言って、いたずらっぽく笑って。
私が小さくないもんってむくれたら、頭を優しく撫でてくれた。
ああ、もう、きゅんきゅんするな。
みやの恋人になってよかったな。
そのとき、
「あれ、みやしのコンビじゃん!」
聞き覚えのある声。
「げ。ケンタロー」
自分でも驚くほど、うんざりした声が出た。
さっきまでの幸せな気分が、すっとひいていく。
「おー、ケンタロー、ひさしぶりじゃん」
みやが軽く手をあげて挨拶をする。
さりげなく、私とつないだ手を解いて。
「高校生になっても、みやしのコンビは相変わらず仲良いのなー」
そう言って、ケンタローはにっと笑った。
その顔を私は軽く睨みつける。
「その、お笑いコンビみたいな呼び方、やめてよね」
「いいじゃん、昔からそうなんだから。てかお笑いコンビじゃねーの?」
ケンタローはそう言っておちゃらける。
彼とは、小中学校とも一緒だったのだが、何かにつけからかってくるので、私は少し苦手だった。
高校が離れてホッとしていたのに、こんなところで会うなんて。
もう、気分ぶち壊しだ。
「てかさ、おまえら、さっき、手つないでなかった?」
「え」
ケンタローは少し真面目そうな顔をして言う。
「しかも、俺が声かけたら隠すように手、はなしてさ…なに、おまえらやっぱりそーゆー関係になったの?」
「ちっちがうよ!」
私は反射的にそう答えてしまった。
顔が熱くなるのを感じる。
私は口をパクパクさせた。
まさかそんなこと言われると思わなかったから…言い訳がでてこない。
ケンタローはそんな私の表情を読むように、訝しげな顔で私を見ている。
「…ふーん、ケンタロー、もしかして、羨ましかった?」
その時、みやが再び私の手を取ってそう言った。
余裕そうな笑みまでたたえて。
「みっみや?」
私は思わず間の抜けた声をあげた。
みやは一体何を言う気だろう?
そんな私に、みやは大丈夫、というように目配せしてみせた。
「べつに、女の子どうしだし、友達同士だって、普通に手くらいつなぐよ?中学の時だって繋いでたし…ケンタローこそ、そんな勘ぐるなんて、怪しいなあ」
みやが、わざと挑発的に、にやにやする。
見せつけるように、私の手を握って。
ケンタローが、少し赤くなって、しどろもどろに言う。
「いや、だって、高校生にもなって手つないで歩くって…なんか違う雰囲気に見えたし…」
「まあ、そりゃ、気になるか。ケンタローは、しののことが好きだもんね」
「「はあ?!」」
みやが爆弾を投下して、私もケンタローも、ほぼ同時に声を上げた。
「ちっちげーよ!なにいってんだよ!!」
ケンタローの顔がみるみる赤くなる。
私がまじまじと見ると、ぷいっと顔を逸らした。
あれ、これはもしかして図星かな…?
「お、俺も、忙しいから、もう行く!じゃあな!」
ケンタローは逃げるようにそう言って、踵を返すと去って行った。
みやのおかけで切り抜けられたようだけど…私はぽかんとしてしまう。
だって、ケンタローが、って、え?
わたわたしている私を、じっと、みやが見ていた。
「…しの、もしかして、今、どきどきしてる?」
「し、してないよ!」
「ふーん…?」
疑うような視線を向けられる。
「本当だよ」
「…ちょっと嬉しそうに見える」
「そんなのあるわけないじゃん!」
「本当に…?」
ああ、信じてもらえてない…ってか、これは、みや、妬いてる…?
としたら、嬉しいかも…って、そうじゃない!
私はみやの目を見て、精一杯気持ちを込めて言った。
「私が、どきどきするのは、みやだけだよっ!」
「ん…そう」
みやはちょっと目を逸らして頷いた。
ちょっと赤くなってるように見える…みやが可愛い。
「…でも」
みやは小さく言った。
「やっぱり人前で手をつなぐのは、やめた方がいいのかもね」
「え?」
「だって、さっきケンタローに言われたように、やっぱり高校生にもなって手をつないで歩くのって、変なのかもしれないし…逆を考えて、ケンタローが男と手をつないで歩いていたら、あれ、そーゆーこと?って思うもんね」
「それは…たしかに…」
私は想像して、しぶしぶ同意した。
みやと手をつないで歩くことが嬉しかっただけに、本当に残念なんだけど…
でも、みんなにばれて、みやと一緒にいづらくなるのはもっと嫌だし。
「しのが、私のものなんだって、言えないのは悔しいけど。本当なら、ケンタローなんて近づかせもしたくないのに」
みやがぼそっと言った。
きゅん。
って胸がなる。
私もだよ!って心で叫んだ。
女の子どうしじゃなければ、こんなこと、気にしなくてよかったんだろうけど。
堂々と、手をつないで歩いて、私の恋人ですって主張できたんだろうけど。
でもみやは女の子で、私だって女の子だから。
私たちはそれから、手は繋がずに歩いた。
さっきまでみやの手を感じていた私の手は、急に冷たくて、さみしくなったような気がした。