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girl friend  作者: 柚木 ココ
34/35

秋桜の追想8

「ここは…?」


「2年3組」


「それはわかりますけど…」


さらっと言う山川さんに、私は苦笑した。

まず連れて来られたのは2年生の教室で。

いつもは来るところのない場所だから、少し新鮮だ。


「あの、勝手に入っていいんですか…?」


自分以外の教室…しかも上級生のとなると、入るのは少し躊躇われる。

思わずそう言うと、山川さんは不思議そうに首を傾げた。


「なんで?誰もいないし、問題ないでしょ」


「いや…それは、そうでしょうけど…」


山川さんは気にせず教室に入っていくので、私も仕方なくついて入った。

開かれた教室、確かに入っても問題はないのだろうけど、勝手に他人の部屋に入ったような、変な気分になる。


「ここなの」


窓際の席、一番後ろの席の机に手をついて、山川さんは言った。


「ここ、私の席だったんだ。懐かしいな」


そう言って、椅子に座ると、机の上を撫でた。


「そうだったんですね、結構いい席で」


私もその席の近くに立つ。

一番後ろの、しかも窓際なんて、特等席中の特等席だ。

2年生の教室は2階にあるので、校庭の様子もよく見渡せた。


「うん、気に入ってたの。…でも、今は違う人の席なのね。机も椅子も、私のものとサイズが違うもの」


少しさみし気に、山川さんは微笑む。


私はこの席に座って、授業を受ける高校時代の山川さんを想像した。

今より髪が短くて、今より少し幼い、制服姿の山川さん。

きっと、真面目に授業を受けてる。

シャーペンを口にあてたりなんかして。

でも、たまに集中力がきれて、校庭の方をぼんやり眺めたりして。


「なんだか楽しそうね」


「え、そうですか?」


「あのね、私、あんまり友達がいなかったんだ」


「唐突な告白ですね」


「…ふふ、でも、そうだろうって思ったでしょ?」


「いや、そんなことは…」


私は言葉を濁したけれど、言われれば確かに、とも思えた。

だって、山川さんが、大勢の女子に紛れて騒いでいる様子は想像できない。

どちらかといえば、一人で、本でも読んでいそうな。

ひっそりと、綺麗に、佇んでいるような。

魅力的だけど、近づけない、そんな存在だったんじゃないだろうか。


「でもね、一人いたんだよ。仲の良かった子が」


柔らかく微笑む。

きっと思い出すのだろう、昔を。


「…へえ、よく教室で話したりしてたんですか?」


「してないよ」


「え」


山川さんは少女のように、ふふっと笑った。


「次のとこ、いこっか」


そう言うと、私の返事を聞くことなく、さっさと立ち上がると教室を出て行く。

私は慌てて追いかける。

本当に、勝手な、彼女のペース。

でもそれを楽しんでいる自分がいることに、気づいていた。


山川さんの高校ツアーはハイペースで進む。


2年生の廊下を駆け足で抜けて、桜の木の見える渡り廊下へ。


落書きだらけの手すりをなぞって。


職員室の前の掲示板に、日曜だからしまってしまっている購買、中庭の自動販売機。


図書室のおすすめ本コーナー。


絵の具の匂いのする美術室。


山川さんは思い出をなぞるように、思いつくままに校内を巡っているようだった。

多くを話すわけではないけれど、私は、高校生の山川さんと一緒に歩いているような、不思議な感覚を覚えていた。

いつもの学校のはずなのに、彼女と歩くだけで、そうではない新鮮な場所のような、そんな気がした。



次に連れて行かれたのは、音楽室だった。


「山川さん、音楽室にもよく来てたんですか?」


「ううん、全然」


さらっと即答しながら、グランドピアノの前に座る。


「だって、普段は吹奏楽部の子が使ってるでしょ?そんな中、入るのはちょっと勇気がいる」


「はあ」


「ちょっとここで休憩しようよ。結構歩き回ったし、疲れたでしょ?」


「…まあ」


曖昧に頷くと、山川さんはにっこりとした。


「一曲、披露してあげるよ」


「ピアノ、弾けるんですか?」


「…ちょっとだけね。昔、習ってたの。好きな曲はある?」


「私、ピアノはよくわからないから…」


「じゃあ、私の好きな曲を」


一呼吸おいて、山川さんの指は滑らかに鍵盤をはしり始めた。

紡ぎ出される音は美しく、丁寧で、流れるように連なっていく。

どこかで聴いたことのあるような、優し気で儚気なメロディ。

私はピアノに寄りかかって座り込んだ。

ピアノの音がこんなにも美しいなんて、知らなかった。

目を閉じれば、山川さんの奏でる音だけが体中に響いていく。

なんだかわからない感情が溢れてきて、私は胸がいっぱいになった。


最後の音が、余韻たっぷりに響いて。

私たちはお互いに黙ったままだった。

でも、それがとても心地よくて。

私は閉じた目を開けることができない。この時間がずっと続いたって構わないと思う。

今日の半日を、一緒に過ごしただけ、それなのに、今この瞬間の私たちはまるで長い間時間を共有してきた旧友のようだった。


「…不思議ですね」


ふと思ったことをつぶやいたら、


「そうだね」


と、思ったより近くで、声がした。

目を開けると、山川さんが目の前に座っていて。



「…あなたが、好きよ」


彼女の赤い唇は、唐突に言葉を紡いだ。

初めて会った時と同じ、儚さの中に強い光のある、印象的な瞳が私を覗き込んでいた。

本当に時間が、止まってしまったような気がする。


「あなたが、大好き」


私は泣きそうになってしまう。

だって、この言葉が向けられる相手は。


「…私じゃ、ないですよね?」


山川さんは目をそらさない。

私だって、目はそらせない。


「あなたが見てるのは、本当に好きなのは」


足の速い、ショートカットの女の子。

ちょっとお調子者だけど、しっかりものの、優しい人。

私のよく知っている人。


「…あなたの好きな人は、本宮、菫。山川さん…じゃなくて、高瀬美雪さん、そうでしょう?」


彼女の瞳の奥が大きく揺らめいて。

綺麗な涙が、一雫、こぼれ落ちた。


「…なんで、そう思うの?」


「なんとなく」


そう、本当に、なんとなくだけれど。

彼女がデートしたかったのは、今日、デートしていたのは、私じゃない。

それには確信を持っていた。


「…本当に似てるね、菫ちゃんに」


「よく言われます」


「…そう」


彼女が微笑むと、もうまた一粒の涙が頬をつたった。


「…私のこと、調べたの?」


「少しだけ」


答えを待つように、じっと見られて、私は口を開いた。


「高瀬さんは…私の姉と、付き合ってた人、なんでしょう?」


黙っているのは、肯定だと受け取って、慎重に言葉を選ぶ。


「…あなたに会った時、初めて会った気がしなかった。初対面のはずなのに。なんでだろうって思っていたのを、この間、思い出したんです。前に、姉の部屋に飾られていた写真、写っていた人…それが、あなたでした。…卒業アルバムを見たんです。あなたは、高瀬美雪さんだった。3年生のクラス写真には、もう写っていませんでした。…2年生の途中で、転校してしまったから。姉の恋人も、関係が知られてから、2年生の時に転校しています」


「…それだけで、私だと?」


「…旧校舎のこと、教えてくれたのが、姉なんです。恋人とよく一緒に行った、秘密の場所だって言ってました」


彼女は少し俯いて、前髪に隠れて表情がよく見えなくなる。


「…あなたを始めて見た時、足が震えたの」


震える声で、そう言う。


「…だって、菫ちゃんに、よく似ていて…思わず、話しかけてしまった…もう、忘れなくちゃと、思っていたのに」


顔をあげた彼女は、泣きながら、笑っていた。


「あなたと話していると、昔に戻ったみたいだった。勝手に重ねて、思わず、はしゃいでしまっていたの…ごめんね」


「…姉のこと、まだ好きなんですか?」


「自分から離れたはずなのにね」


濡れた睫毛をふせる、その顔はとても苦しそうで。

思わず抱きしめてあげたくなる。

震える肩が壊れてしまいそうで。


「…菫ちゃんのことが好き。菫ちゃん以上に好きになれる人は、きっとこの先にもいないの」


彼女が求めているのは私じゃないから、私がここで、触れてしまってはいけない。

差しのべかけた手を、握りしめた。


「…姉に、会いませんか?」


「え」


「体育祭の日、姉が来るんです。姉に、もう一度、会いませんか?」


姉の中では終わった恋かもしれない。

けど、この人の中では、まだ終わっていない。

終わらせなければいけないのだと、思う。


「…無理」


「でも…」


「無理だよ。私から離れたの。今更、もう、無理だよ…」


「高瀬さん…」


名前を呼ぶと、びくっとして、彼女は顔を上げた。

潤んだ瞳が私を見つめている。


「…高瀬、じゃないの」


「え」


「これは本当。嘘の名前を言ってたわけじゃないんだよ。私、山川。山川美雪」


「えっと…」


「…ふふ。よくわからないって顔してる。簡単なことだよ。私の両親、離婚したの。それで、転校後に、高瀬から、山川になった。だから菫ちゃんは、私の名前を聞いてもわからなかったんでしょうね」


小さく笑う。


「ゆうちゃん、ごめんね。私、菫ちゃんをゆうちゃんに重ねてたと思う。…でもね、ゆうちゃんのこと、好きな気持ちも、嘘じゃないよ」


「ごめんなさい、山川さん」


「いいよ、お互い様」


赤い目元で、にっこりと笑った。

その笑顔はいつも通り、とっても綺麗で。


「…体育祭が終わったら、ゆうちゃんはもう1人じゃなくて、ゆうちゃんの大切な人と一緒に、旧校舎へ行くんでしょう?2人で会えなくなる前に、こうして過ごしてみたかったの。今日は本当に、ありがとう」


「山川さん…」


「…美雪、って呼んでほしいな。友達としてでいいから」


美しい名前だと思う。

彼女にぴったりな。


「美雪さん」


声に出して呼んだら、その響きは溶けるように彼女の雰囲気に、すっと馴染んだ。そんな気がした。

彼女は優しく微笑む。


「…もう、私は旧校舎には行かないから。だから、安心して、ね。ゆうちゃんの、親友ちゃん」


「え?」


彼女の視線は、音楽室の入り口の方に向けられていた。

私もぎょっとして、そちらに目を向ける。

もしかして、まさか…と思ったら、やっぱりそうだった。


「しの…」


思ったより、気の抜けた声が出てしまう。

…気まずそうな顔をしたしのが、隠れていたところから、遠慮がちに姿を現した。


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