秋桜の追想6
「…それで、デートするわけ?!」
夕食後の私の部屋。
一緒に宿題をするという名目であがりこんでいたしのは、悲鳴に近い声をあげた。
明らかに不満げな顔。
彼女が言いたいであろうことは手に取るように分かる。
私は逃げ場を探すように目を泳がせた。
「いや、デートっていうより、ただ行ってみようかなーと思っただけで…」
「だけ、じゃないよ!デートだよ!山川さんだってそう言ったんでしょ?!」
しのは頬を膨らませ、クッションを投げつけてくる。
反射的に私はそれを受け止めた。
「いや、だって、約束しちゃったわけだし…」
「約束なんかしてないじゃん!勝手に、一方的に、山川さんが言い逃げしただけだよ!」
「でも…」
山川さんの笑顔がよぎる。
余裕そうな彼女の、あまり余裕のなさそうな笑顔。
しのの言う通り、約束とは言えないような、勝手な約束…
でも、行かないことは、彼女を裏切るような、そんな気がして。
「…もう、勝手にすれば!みやのばか」
今度は消しゴムが飛んできて、私の持つクッションにぶつかって跳ねた。
次には何が飛んでくるか分かったもんじゃない。
私はクッションを構えた…が、次が飛んでくる気配はなかった。
盾のように構えたクッションの陰から様子をうかがうと、しのが拗ねたように私のベットに倒れこんでいた。
「…みやは優しいから、約束は守りたいんだろうけど…私の気持ちにもなってよ…」
呟くようにそう言って、ミノムシみたい布団にくるまる。
その姿に、私は思わず笑ってしまいそうになる…そういえば、小学生の頃はよく拗ねるとこうしてたなあなんて思って。
大きくなってからは、こんなことはあまりなかったんだけど。
私もしのの隣に座って、頭あたりを布団の上からぽんぽんと叩いた。
「ごめんね、しの」
「…謝るなら行かないって言えばいいのに」
ひょっこり顔だけ出したしのはふくれっ面で私を見上げた。
私は苦笑する。
「ごめんね」
彼女にこんな顔させといて、それでも行こうというのはどうかと、自分でも思うんだけど。
でも、行かなければいけない気がしていた。
そうしないと、もう山川さんには会えなくなってしまうんじゃないかと…そんな予感もして。
「…わかったよ」
しのは小さくため息をついて、私に背を向けるように転がった。
「行ってもいいよ…どうせ、みやは言うこときかないだろうし。山川さんはどうかわからないけど、みやに下心がないのはわかってるし。信じてるし。でも…あとで、山川さんのこと、私にも紹介してよね」
「…ありがと!しの」
私は布団の上からぎゅっとしのを抱きしめた。布団にくるまれて身動きのとれないしのはびくっと体を震わせるけど、私は構わず力を込める。
拗ねながらも…しのから伝わる信頼が、素直に嬉しい。
「しの…しのが一番好きだよ」
「…知ってるよ」
顔は見えないけど、きっと赤くなってる。
私は思わず、ふふっと笑った。
「…そ、そう簡単に、機嫌はよくならないんだからね!覚悟してよね…って、わわっ」
照れ隠しのようにそう言うしのを
ころんと転がすと、仰向けになった彼女とやっと目を合わせることが出来た。
逃がさないように、両手をついて囲い込んで、そっと見下ろす。
「そう簡単には…ってことは、ハーゲンダッツ1個分くらいかな?」
「…そんなもんじゃないもん!子供扱いして!」
「じゃあ、何が欲しいのさ?」
「…じゃ、キスして?」
そう言ったしのは急に大人びて見えて、私はどきりとした。
そういえば、私の部屋でこうして、キスする…なんて、初めてなわけで。
そういえば、私は今、しのの上に覆いかぶさってる状態なわけで。
私は急にドキドキし始める。
「…それじゃ、ご褒美じゃん」
照れ隠しでそうふざけると、
「ばかみや」
って叱られた。
しのがそっと目を閉じるので、私もゆっくりと顔を近づける。
ふんわり重なる唇は、相変わらず柔らかくて、私は胸が熱くなる。
「…ね、みや、今、私のこと考えた?」
「考えた」
「…そのまま、私のこと、考えててね?山川さんに会ってても、私のこと忘れないように…」
しのはそう言うと、私の首に手を回した。
しのの香りが近くなって、私はクラクラする。
「…しののこと、忘れたりしたら、私殺されそうだね」
ふざけてそう言ったら、しのはくすくすと笑って言う。
「そりゃ、末代まで呪ってやるわよ」
「それは怖い」
しのをぎゅっと抱きしめようとして…私はふと気がついて、手を離した。
「あ」
「え?」
パタンとベットの上に背を落としたしのがキョトンとした顔で私を見上げる。
「どしたの?みや?」
「そういえば…思い付いた」
「何を?」
山川さんは、お姉ちゃんと同級生だって言ってた。
なのに、お姉ちゃんは彼女のことを
知らないという…
それはなぜなのか。
私、山川さんに何処かで会ったことがあると思ってた。
どこかで。
どこで会ったのか…心当たりが、ある。
それを、確かめるために。
「しの、お姉ちゃんの部屋に行こう」
「す、すみれちゃんの…?」
「今日、お姉ちゃんは飲み会で帰りが遅いから…大丈夫」
「ちょ、ちょっとみや…」
戸惑うしのの手を引いて、私は自分の部屋を出た。
***
「…さっき言ったばかりなのに、やっぱり私以外のこと考えてた」
ふくれっ面のしのに苦笑しつつ、私は姉の本棚を探った。
「ごめんごめん…でも、しのだって、気になるでしょ?…あ、あった」
取り出したのは、姉の、卒業アルバム。
勝手に見てはいけないってことはわかってる。
…だけど、好奇心が抑えられないし。
山川さんが、少しずつ私にキーワードを出したこと…それが、「私のことを調べて」と言っていたような気がして。
赤い表紙を開くと、しのも横からひょっこり顔を出した。
「…勝手に見ていいの?」
少し不安気に、でも、気になって仕方ないというようにそわそわとしながら、しのが聞く。
私はそっと唇に指を当てた。
「…しのも共犯ね」
「仕方ないな」
ページをめくると、3年間の、高校生たちの思い出の写真が並んでいる。
前にも見せてもらったものではあるから、姉の写真がちらほらあるのが目に入る。
「やっぱり菫ちゃん、みやに似てるね」
「そうかな?」
「うん…でも、菫ちゃんたくさん載ってるね」
「ま、目立つ人だったからね…」
そう言いながら、目は写真を追っていく…
たくさんの笑顔の中に。
「…いた」
私は小さく息を飲む。
今より少し若いけれど、写真でだってわかる。
とても綺麗な女の子。
自分で書いたのであろう、書道の作品を持って微笑んでいた。
「名前…」
しのが小さく言う。
『高瀬 美雪』
彼女の持った作品には、綺麗な字で、確かにそう書かれていた。




