恋人のなり方3
「しのー、おーい…」
名前を呼ばれてる。
それはとても好きな声だから、なんだか心地よくて、もうちょっと、もうちょっとだけ、なんて思ってしまう。
「しのー」
「……」
「おーい、しのー。置いてっちゃうよー」
「…っ!」
体がびくっとなって、私は跳ね起きた。
どうやら寝てしまっていたみたいだ。
前の席に座ったみやが、頬杖をついて私を見ていた。
目が合うと、あ、起きた、なんて言って、笑って。
私はついその顔にみとれそうになって、はっとして言った。
「ごめん、みやっ!つい寝ちゃったみたい…」
「ううん、私こそ、待たせてごめん。委員会でちょっと遅くなっちゃてさ」
「そうだったんだ。みやは、美化委員だったよね」
「うん、今日、当番でさ」
もうすっかり夕暮れになっていて、教室内には誰も残っていなかった。
2人きりか…なんて、急にどきどきしだしてしまう。
「しの、おでこ、机のあとがついてるよ」
みやがそう言って笑って、私の額に手をのばす。
いつも通りの何気無い仕草。
なのに、いつも以上にどきどきして…
みやの手が額に触れそうになった時、私は思わず、
「わーーーーっ!!!」
と、叫んで立ち上がっていた。
「どっどうしたの…しの…」
みやは目を丸くして固まっている。
何やってんだ私…と、私は顔が赤くなると共に変な汗がでてきてしまう。
「…あ、わわわ、ごめん…みや、帰ろっか」
なんとかそう言うと、みやも、そうだねって鞄を持って立ち上がった。
恋人どうしになって、初めての帰り道。
昼間の暑さもやわらいで、夏の夕方特有の香りがある時間帯。
夕暮れの中を二人並んで歩くなんて、ちょっと憧れいたシチュエーション。
その、はずなんだけど…
なんだか気まずい。
と、いうのも、私はずっと挙動不審だし、みやはみやで、いつもより無口な気がするし…
いつもみたいには会話が弾まなくて。
無言の時間がなんとも気まずく感じられる。
あれ、恋人同士って、こんな感じなのかな?
もっと、甘くて柔らかくて幸せな感じじゃないのかな?
…てか、本当に、昨日は恋人同士になったんだっけ?
もし、私といても楽しくない…とかで、昨日のことはやっぱり無し!とか言われちゃったらどうしよう…?
無言の合間に、そんなことをぐちゃぐちゃ考えてしまう。
ちらりと盗み見たみやの横顔は、何か難しそうな顔をしていて。
私の今のどきどきは、ときめきじゃなくて不安からくるものじゃないかとも思う。
「…ねえ、しの」
沈黙を破るように、みやが口を開いた。
私はびくっとして思わず立ち止まる。
みやもそれに合わせて足を止めた。
「ねえ、私たちってさ、昨日、恋人同士になったんだよね?」
「う、うん…そうだったと思うけど…」
私はおそるおそる、そう答える。
どうしよう。
やっぱりやめよっか、とか言われちゃうのかな?
どきどきして、背筋に汗が伝うのを感じた。
みやはまた少し黙って、そして、勢い良く両手を合わせると、こう言った。
「なんかさ…ごめん!うまく話せなくて!」
「…へ?」
私は気の抜けた声がでてしまう。
みやは両手を合わせたポーズのままで、話を続ける。
「なんかさ…恋人かあって思うと、いつもみたいに話せなくて、なんか緊張しちゃって…変になっちゃっててさ。しのを楽しませなきゃ、喜ばせなきゃって思って、思うたびに焦っちゃって…うまくできてなくて、ごめん。恋人ってなんだろうって、今日はずっとひとりで考えてて…わかんなくて…」
私は黙ってみやの言葉を聞いていた。
なんだ…みやも私と同じこと考えてたんだ。
朝から、普通に見えたから、私ばっかり変なのかと思ってた。
なんだか安心したような、気の抜けたような、こそばゆいような気持ちになる。
「でも、今、思ったんだ。そんなの、しのと一緒に考えればいいんだって」
みやはそう言って、照れたようにへにゃっと笑った。そして、私に手を差し出す。
「恋愛初心者の私だけど…ちゃんとしのと恋人になれるように頑張るから、だから、よろしくお願いします」
「わっ私も…」
私もみやの手をとって言った。
「…今日、ずっと意識しちゃってて、変になってて、私ばっかり変なのかと思ってて…。付き合うとか、恋人とか、初めてだし、どうしていいかわからなくて…ごめん。私も、みやと一緒に、考えたいから…こちらこそ、よろしくお願いします!」
きゅっと手を握り合って、そんなこと言い合って…なんだ、恋人っぽいじゃんって、2人で笑った。
なんか、照れる。恥ずかしい。
けど…うれしい。
「今日は、このまま帰ろっか」
「う、うん!」
みやが、繋いだ手を軽く持ち上げていうので
私もすぐに同意した。
手を繋いで帰るなんて、小学生の時以来で。
でも昔とはまた違った感じがして、恥ずかしいけど、うれしい。
「ねえ、みや。そういえば…恋人が欲しいって言ったの、なんで急にそんなこと言い出したの?」
ふと、疑問に思ったことを聞いてみる。
みやはちょっと考えて、こう答えた。
「…うーん、なんか、憧れて、かな?」
「憧れて?」
「うん、恋人ってさ。すごく大切な、特別な存在って感じがして…そんな人がいるだけで、毎日が楽しくなるような、そんな気がした」
「…それって、私でよかったのかな?女の子どうしだけど…」
こわいけど、聞いてみた。
なんだか私、ちょっと勢いづいて、大胆になってるみたい。
みやは私に目を合わせて、にこっと笑った。
笑顔が眩しい。
「うん!だって…しのが彼女になってくれるって言った時、考えたんだけどさ。しのって、私にとって、今までもずっと、大切な特別な存在だったなって。しのといるととっても楽しいし、大好きって思うから」
「そっそっか…」
私は赤くなってうつむく。
どうしよ、うれしすぎて。
今日、心臓がまだ動いているのは、奇跡に近いかもしれない。
こんなに真っ直ぐに言ってくれる、みやが可愛すぎて、顔が見られない。
少し薄暗くなってきて、夜の湿った気配が漂ってきていて、良かったなって思う。
赤くなった顔が、みやに見られなくて済むから。
恋人には、大切な親友だけだった時には無かったどきどきがあって、まだ慣れないけど…悪くないかもしれない。
今までみやに対して思っていた「好き」と、今、みやに対して思う「好き」は、なんだか違うもののような気がするけど。
みやの私に対する「好き」や「大切」「特別」が、私の思うそれと同じなのかどうかはわからないけど。
みやが言うように、2人でこれから考えて、確かめていけたらなって思う。
もうすぐ家に着いちゃうけど、もう少しだけ、この帰り道が続けばいいのになって、そんなことを考えていた。
恋人どうしの、はじめての、帰り道はちゃんと甘くて柔らかくて、幸せだった。