夏の終わりの。
夏祭りの帰り道。
しのは何があったのかをぽつぽつと話してくれた。
ケンタローに告白されたこと。
断ってしまったこと。
それで泣いてしまったこと。
…こんなに泣いているしのを見るのは久しぶりだったけれど、泣き止めばすっきりした顔をしていて、私はほっとした。
ケンタローには勘違いして掴みかかってしまって、申し訳なかったと思ったけれど…
それよりも今は、しのがケンタローの告白を断ったこと、今自分と一緒にいてくれることが嬉しかった。
にやけそうで、締まりのない顔を悟られないよう、上を向いて歩いた。
「…みや、今度ちゃんと、言うからね」
そう言ったしのの表情は、さっきまで泣いていた子とは思えないほど、しっかりしていて。
にっこりと笑いかけられた私はどきっとする。こんなに大人っぽい顔を、するようになったんだと思って。
この表情が、もしかするとケンタローのおかげで作られたものなのかと思うと、軽い嫉妬を覚える。
…何を言ってくれるつもりなのかわからないけど、しのが待ってと言うならば、私はいつまでも待とう。
今は、しのの手を引いて歩いているのが、自分であることが嬉しくて、幸せで。
星空の下、静かな鼓動をずっと感じていたいと、そう願った。
***
『今日の放課後、あの空き教室に来て』
しのからメールがあったのは、新学期の始まった9月1日のこと。
朝も一緒に登校したのに、わざわざメールで連絡してくるって?
私は首を傾げた。
今日から新学期、授業はなくて、ホームルームのみ。
掃除当番を終わらせた後、しのの教室を覗いてみたけれど、顔を出したノニちゃんに、しのはもう帰った後だと言われた。
「なんか今日、用事があるって急いで帰ったよ?てっきり、みやさんと一緒なんだと思ってたけど」
「そっか…うん、たぶん、そうだけど」
「たぶん?」
不思議そうな顔をするノニちゃんに、私はとりあえず笑って誤魔化した。
「ああ、うん、大丈夫!…ごめんね、ノニちゃん、ありがと!またね!」
「あー、うん、またねー」
ノニちゃんに手を振って、私は足早に歩く。
あの空き教室…って、旧校舎のことだよね?
校庭も気がつけば秋の空気が漂うようになっていて、最後の蝉が力いっぱい鳴いている。
あの時、しのと一緒に歩いた道を、私はひとりで歩いた。
旧校舎…
あの時以来、行っていなかったけれど、そこは相変わらず、ひっそりとたたずんでいた。
誰からも忘れられたかのように。
時間から切り離されたように。
あの時のことを、思い出しながら、ひとり廊下を歩き、階段をのぼった。
どきどきしながら、ふたりで行ったあの教室。
秘密基地へ行くような、不思議な感覚。
教室へ入ると、しのが窓際の席に座って、外を眺めていた。
今日は髪の毛をおろしていて、横顔が少し大人っぽい。
髪が伸びたなあ、なんて思う。
私に気がつくと、しのはゆっくりこちらに体を向けた。
「…みや」
少し硬い表情で微笑んで、立ち上がる。
窓はあいていて、ふんわりと風が吹き込んできた。
あの日、一面の緑だった木々は、黄色や赤に色づき始めている。
私は、とても綺麗だと思って、目を細めた。
「…しの、どうしたの?呼び出したりなんかして」
近づくと、しのはちょっと俯いた。
「…しの?」
いつもと違う様子に声を掛けると、息をいっぱいに吸い込んで、しのは顔を上げた。
まっすぐな瞳と目があって、私は動けなくなる。
「…みやのことが、好きです」
小さな声に、私は、え?と目を見開く。
「みやが、大好きです」
もう一度、今度ははっきりした口調で言われた。
よく見ると、その小さな肩は震えている。
「私と、付き合ってください」
声も少し震えていて、でも、瞳はまっすぐに私を捉える。
私は…夢の中にでもいるようで。
クラクラとして。
自分の耳を疑って。
震える手で、しののことを抱きしめていた。
「…み、みや?」
しのが小さな声を出す。
しのの、匂いがする。
小さくて、柔らかくて、温かい、しのが自分の腕の中にいるのを、感じる。
…夢じゃ、ない。
女の子同士だとか。
変だとか。
しののためだとか。
めんどうなことは置いておいて、私は自分の感情に素直になることにした。
だって、体の真ん中が、熱くなって熱くなって、仕方ない。
ぎゅっと、力を込めて抱きしめて、耳元に口を寄せて囁いた。
「…私も、好きです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「…ほ、ほんとに?」
腕の中で、しのの体がぴくっとはねる。
私はそっと腕を緩めて、しのと向き合った。
潤んだ瞳を見開いて見上げてくる、しのが、どうしようもなく可愛い。
「…冗談なんて、言うわけないでしょ」
私は小さく笑ってみせる。
「しのが、好き。大好き。誰よりも、世界でいちばん、好き…」
今まで言えなかった言葉を、たくさん言う。
思えばいつだって、そう。
逃げていたのは私で、近づくための一歩を踏み出してくれるのは、しのの方。
手を引いて歩いているつもりで、手を引かれているのは、私の方だった。
「しの、ありがとう。大好き」
『好き』って言葉が、こんなに威力があるものとは思わなかった。
言葉にするだけで、ちょっと恥ずかしくて、温かくて、嬉しくなる。
「…みや、どうしよう。私…夢じゃないよね?」
しのは、頬を赤くして、涙を浮かべている。
頑張ってくれたんだもんね。たくさん。
だから、この気持ちを伝えられるように、次に頑張るのは、私の方。
「夢じゃ、ないよ」
顔を近づけると、しのは一度瞬きをして、それから目を閉じた。
私はその顔の可愛さに、思わず一度固まった後、またゆっくりと顔を近づける。
ふんわりと、唇が重なった。
時が止まったような気がして、一瞬が永遠のように感じられた。
次に目が合ったしのは、耳までまっ赤に染まっていて。
ぎゅっと私に抱きついて顔を隠した。
「…みや、どきどきしてるね」
「…しのこそ、顔が真っ赤」
「…それはしかたないよ。嬉しすぎるんだもん」
「その言葉、そのままお返しします」
私たちはそのまま、しばらく抱きあっていた。
心臓が壊れそうなくらいだけど、しのが腕の中にいることが、どうしようもないくらいに幸せで。
このまま壊れてしまったっていいと思う。
窓から吹き込む風は秋の香りで、火照った体に心地よい。
夏の終わりを感じさせる季節に。
私たちは言葉だけの「恋人同士」じゃなくて、本当の「恋人同士」に、なれた気がした。




