夏休みtroubles9
神社の境内は静かで、提灯がぼんやり並んでいる。
メインの通りからは離れているから、お祭りの音楽やざわめきも遠くに聞こえて、ここだけ違う世界のような、不思議な感じがした。
「…静かだなあ」
「そうだねえ」
ケンタローの言葉に、私も同意した。
…なんとなく、気まずい。
まさか、神社の境内に誰もいないとは思わなかったから、ふたりきりというのは、ちょっと。
ふたりきりになったら、少し思い出してしまう。
みやが前に、チラッと言っていたこと。
『ケンタローは、しののことが好きだもんね
』って。
…まさかね、とは、思うけど。
私は少し赤くなって、ケンタローとの間に距離をおいた。
「と、とりあえず、あそこに座るか」
「う、うん!」
ケンタローの指差すベンチに、並んで座った。
…そういえば、こうしてゆっくりケンタローと話すのなんて、久しぶり…というより、こんなこと、今までに会ったかな。
「…あ、これ、返すね。ありがと」
私は借りていた帽子をケンタローに返して、ささっと簡単に、髪の毛をまとめた。
鏡がないからわかんないけど、少しはマシになったはず。
「おう」
ケンタローは帽子を受け取ると、深くかぶった。
「…そういえばさ、小学生の時、ここでよく遊んだよな」
「あー、そうだね」
頷いて、私も思い出す。
石段でグリコをしたり、木々の間でドロケイしたり、かくれんぼしたり…
ここは私たちの遊び場だった。
「…私はよくここでケンタローに泣かされたな」
髪の毛を引っ張られたり、蜘蛛を投げつけられたり、蛇のおもちゃで驚かされたり……
思い出すと、幼い私、かわいそう。
そりゃ、ケンタローを嫌いにもなるよね。
「…わ、わるかったな」
ケンタローが口を尖らせて言うので、私は笑ってしまう。
「小さい頃も、よくそうやって謝られた」
「そ、そうだったか?」
「うん、みやに怒られてさあ…」
みやは、いじめられている私をいつも助けてくれた。
泣いていると、駆けつけてくれて。
体が大きかったみやは男の子より強くって、いつも私を守ってくれた。
みやは、いつだって、私にとって大きな存在で。ヒーローで。
今だって変わらない。
隣にいて欲しいのは、みやなんだ。
…思い出して、涙がにじみそうになる。
「…しの?」
「….あ、ごめん。なんかいろいろ思い出してぼーっとしちゃった」
ケンタローが怪訝そうな顔をしたので、私は慌てて笑顔をつくった。
「…なあ、俺さ」
「うん」
真面目な顔をしたケンタローと目があって、私はちょっと嫌な予感がした。
「俺、昔はよく…お前をいじめてたけど」
「….そうだよね。本当にひどかった」
「…でも、お前のこと嫌いだからいじめてたわけじゃなくて」
…今日は、ケンタローと初めてまともに話せた気がして。
なんだ、案外いいやつじゃん、とか、思ったりもして。
…友だちに、なれるかも、なんて思ったけど。
「…俺、お前のことさ」
何を言われるかは何となく想像がついて。
本当は聞きたくないな、なんて思ったけど。
「お前のことさ、ずっと、好きだったんだ」
まっすぐな目に、私は目を逸らすことができなかった。
まっすぐ伝えてくれたことに、ちゃんと向き合わなきゃいけないと思って。
「…だから、俺と付き合ってくれませんか?」
見つめあったまま。
私たちの間に沈黙が流れた。
顔を赤くしながらも、ケンタローは目を逸らさない。
強いなあって思う。
自分の気持ちを、こんなにまっすぐ伝えられて、強い人だなあって思う。
答えないと。
…口を開こうとしたけれど、私からは言葉じゃなくて、涙がこぼれ落ちていた。
「なっ…なんで泣くんだよっ?!」
ケンタローがうろたえる。
「ごっ、ごめん!そ、そんなに嫌だったか?!」
「…う、ひっく…ちが…っ」
ちがう。
そうじゃなくて。
と、言いたいけど、うまく声が出なかった。
まっすぐ伝えてくれた気持ちに、応えられないことが申し訳なくて。
本当はこのまま、ケンタローを受け入れられれば一番いいのに。
…でも、そんなのじゃ嫌だって、心が叫んでる。
私がずっと、隣にいて欲しい人は、もう決まっていて。
でも、その人はもう、隣にはいてくれなくて。
ごめんね、ケンタロー。
ケンタローじゃ、だめなの。
涙があふれて、止まらない。
気持ちがぐちゃぐちゃだ。
「ごめんな、しの?本当、ごめん」
ケンタローは、困った顔をしている。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
ケンタローは何も悪くない。
私、最低だ。
「ちがっ…う、ちがう…の…」
なんとか声を押し出す。
ちゃんと、私も、伝えないと。
「…好きな、ひとが、いるっ…の…ごめん…」
途切れ途切れの私の言葉に、ケンタローは一瞬固まって。
それから、くしゃっと笑って言った。
「…だよな!そうだと思ってた!」
私を気づかって、明るくしてくれている。
「…泣くなよ、しの。そんなに泣かれたら、俺が可哀想だろが」
「…ごめっ…」
「…謝んなって!」
「うう…」
涙が止まらない。
不安も、悲しさも、寂しさも、切なさも…今までためていた全部を吐き出すように、私は泣いていた。
みやと別れてから、初めて出る、涙だった。
その時。
「…しのっ!」
ずっと、聞きたかった、声がした。
「っ!おまえっ、しのに何した?!」
みやは、ケンタローと私の間に割ってはいるようにして、私を引っ張ると自分の背後に隠した。
ケンタローは、目を丸くする。
「な、俺は、何も…」
「何もしてないのに、しのが泣くわけねーだろ!」
みやがケンタローに掴みかかる。
私は慌てて、みやの袖を掴んだ。
「み、やっ!やめて、ちが、ちがうのっ…!」
一度引っ込みかけていた涙が、もう一度、溢れる。
「し、しの…?」
みやが戸惑ったように、私を見る。
「…っ、うっく…うぇ、ケン、タロー…は、なにも、悪くっ、ない…っうう…」
しがみついて泣く私を、みやは、困ったように私を撫でてくれる。
みやの匂いがする。
熱い体温から、みやが走ってきてくれたことがわかる。
みやの腕の中で…私は、安心してしまっていた。
「…本当に、何もされてないの?」
そう言うみやに私はなんとか頷く。
みやは、もう一度ケンタローを見て、ちょっと気まずそうに、謝った。
「…ケンタロー、ごめん」
「お、おう…」
ケンタローはさっきのみやの剣幕に押されたようで、呆気にとられたような顔で返事をする。
「…私たち、今日はもう帰るね」
みやは私の手をひいて、歩き出す。
「…しのっ!」
少し離れたところで、ケンタローに呼び止められて、私は振り返った。
「しのは、好きなやつと、うまくいくといいな!」
にっと笑ってくれた。
私も、胸がつまりそうになる。
でも、涙を拭いて笑ってみせた。
「…ありがとう、ケンタロー」
最後だけ、はっきり言えた。




