夏休みtroubles8
ただでさえ、1人でいるのは、心細い。
人混みの中の1人なら、なおさらだ。
泣きたい気持ちで、これ以上流されないようにと踏ん張りながら、きょろきょろとみんなの姿を探していた。
「しのっ!」
声がして、誰かに手を掴まれた。
私は、ハッとして、その人を確認する。
「…ケンタロー」
息を切らしながら、ケンタローが私の手を掴んでいた。
人混みをかき分けて、すぐに追いかけてくれたのだろう。
真っ赤な顔をしていた。
「…ケンタロー、追いかけてくれたの?」
「…そうだよっ!おまえっ、ぼーっとしてんなよな!」
「うう…だって、流されちゃったんだもん!仕方ないじゃんっ」
「これだからチビは…」
「チビって言うなっ」
ケンタローは、うっ、という顔をして、ため息をついた。
「…とりあえず、ここは人がすごいから、離れるぞ」
「ねえ、みんなは?」
「はぐれた」
「えー?!」
「…そりゃ、俺だって必死で追いかけてきたんだから、仕方ねーだろっ!」
「…う、うん」
確かに、急いで来てくれたのが、よくわかる。
赤い顔から、流れる汗から、乱れた呼吸から。
「…ありがと」
ぼそっと言ったら、
「…お、おう」
と、目を逸らされた。
照れてるな。
素直じゃないんだから。
「…じゃ、とりあえず行くぞ」
ケンタローにぐいぐいと手を引かれて、人混みをかき分けて行く。
ちょっと乱暴だけど、私が人とぶつからないように気をつけてくれる、背中が頼もしく思えた。
「…ここまで来れば、大丈夫だろ」
人がだいぶ少なくなったところで、立ち止まって振り返ったケンタローは、私を見て、ぷふっと笑った。
「おまえ、髪ぐっちゃぐちゃだな!」
「…う、うるさいっ!」
触ってみると、せっかく渚にセットしてもらった髪が、人混みに揉まれてぐちゃぐちゃになってしまっていた。
これはもう、ほどくしかないだろうけど、髪の毛ボサボサだろうな。
私はまた泣きたい気持ちになってしまう。
「…そんな顔すんなよ。仕方ねーなあ」
ケンタローはそんなことを言いながら、私に自分のかぶっていた帽子を無造作にかぶせた。
「…なにこれ」
「こんなんでも、ないよりマシだろ。それでごまかしといて、みやと合流したら直してもらえよ」
「…汗臭い」
「う、うるせー!文句言うなら返せよ!」
「…ふふ。うそうそ。ありがと」
不器用な優しさが素直に嬉しかったから、私も素直にお礼を言った。
ケンタローはくるっと背を向ける。
「…じゃ、じゃあ、いくぞ!」
「行くって、どこに…?」
私はきょとんとする。
「神社の境内!はぐれたら集合って、最初に決めただろ?」
「あ、そうだった」
そこに行けば、みやに会える。
「よし、じゃあ、行こう!」
ケンタローの帽子をかぶり直して、元気に歩き出す。
後ろでケンタローのため息が聞こえた。
「…さっきまではぐれてた奴が、勝手に動くなよ」
「もう大丈夫だもん!」
それより早く、みやに会いたい。
きっとはぐれて、心配してるから。
***
「しのーっ!」
人混みをかき分けて、しのの姿を探す。
私はとても焦っていた。
きっと、ひとりで心細い想いをしてる。
ああ、なんで、しのから目を逸らしたりしたんだろ。
なんで、私がしのの隣を歩いていなかったんだろ。
私だったら、絶対しのをはぐれさせたりしないのに。
「みやっ!」
翔ちゃんに腕を掴まれて、私は振り返る。
「これ以上進んでも、見つからないよ。俺らまではぐれちゃう」
「だって!しのが…」
「落ち着いて。すぐケンタローが追いかけたし、どっかで捕まえてると思うよ」
「でも…」
「とりあえず、人が少ないところに行こう?しのは、ケンタローが見つけてくれてるよ」
呼吸を落ち着けて、私はうなずく。
確かに、迷子がこれ以上増えたって仕方ない…
私は心の中で拳を握りしめた。
ケンタローにしのを任せた自分が悔しい。
しのを守るのは、私の役目なのに。
「こっち」
翔ちゃんについて、人混みを抜ける。
すっと呼吸が楽になって、ほっとしたように、翔ちゃんが微笑んだ。
「…ふう。まさか急にあんなに人が増えるなんてね。抜けられてよかった」
「うん。でも早く、しのを探そう?ケンタローと合流できてないかもしれないし…」
「…その必要は、ないみたいだよ?」
携帯を開いて、翔ちゃんが言う。
「ケンタローからメール。無事、捕まえたって。約束通り、境内に集合」
「…そっか。よかった」
私は気が抜けて、その場にしゃがみこんだ。
しのが1人じゃなくなって、本当によかった。
でも、安心したのと同時に、胸がずきんと痛む。
…しのを見つけたのが、自分じゃないのが悔しい。
今、ケンタローとしのが2人でいると思うと、心がちぎれそうになる。
「本当に、みやはしのの保護者みたいだよねえ。見つかってよかったね」
「…うん。じゃあ、早く、境内に行こう……って、翔ちゃん?何してんの?」
顔をあげたら、翔ちゃんが射的の前でお金を払っているのが目に入った。
翔ちゃんは、きょとんとした顔で振り返る。
「何って?射的?」
「いや、それはわかるんだけど…」
だって、もうしのの居場所がわかったというのに。
本当なら、今すぐにでも、駆け出したい気分なんだけど。
「だって、今、神輿に人とられてて、空いてるし。チャンス。」
「そりゃ、そうだけど…」
「みやもやらない?楽しいよ?」
翔ちゃんは弾を入れた銃をすっと構える。
そして、パンっと音を立てる。
弾は軌道を逸れて、ラムネの箱の横を通りすぎた。
「…ちょっと遊んでいくくらいがいいと思うよ。だって、ケンタローにとっても、チャンスでしょ?」
「チャンス…?」
翔ちゃんはにっこり笑う。
「みや、忘れたの?今日は、ケンタローを応援するために一緒にお祭りに来たんじゃん。今は2人っきりで、チャンスでしょ。もうちょっと、時間つくってあげよーよ」
「…」
私は、唇をかみしめる。
そう。翔ちゃんの言うとおり…それは、そうなんだけど。
胸の奥が音を立てて軋む。
今も、この瞬間も、2人が2人でいることが、すごく嫌なの。どうしても、嫌。
翔ちゃんは、もう一度銃を構えて射つ。
今度は上をすれすれで掠めていった。
「…惜しいっ。もう一回」
そう言って、また弾をこめる。
何も言えず、私はその動作を眺めていた。
自分で、しのと別れるって決めたのに。
ケンタローに協力することにしたのに。
…辛くて、痛くて、どうしようもない。
「…でも、みやがケンタローに協力するって言ったの、意外だったなあ」
「…え?」
銃を構えて狙いを定めながら、翔ちゃんが言う。
「だって、みやってずっと、しののナイトみたいだったでしょ?変な男は近づけさせない、みたいな」
「…別に、そんなことは」
そりゃ、しのが変な男にとられるのは絶対嫌だけど。
…ううん、変な男じゃなくても、嫌だけど。
それが、ケンタローだったとしても、本当は嫌で。
それが、たとえ、どんなにかっこよくて、男らしい奴だったとしても…やっぱり、嫌だ。
「そう?そう見えてたけど。…まあ、俺はさ。みやも、素直になればいいと思うよ。無理しないでさ」
翔ちゃんが射った弾が、良い音をたてて、ラムネの箱に当たった。
「よっしゃ!…って、みや?」
翔ちゃんが私の方を見た時、私はもう既に、走り出していた。
だめだな。
ごめんね、ケンタロー。
ごめんね、しの。
私は、早く、しのに、会いたい。




