夏休みtroubles7
みやの浴衣は藍色に牡丹の花。
「私のは去年と同じだから…」
なんて自信なさげに言うけれど、この浴衣はみやによく似合っていて…とっても綺麗。
去年より、少し大人っぽくなった気がする。ショートカットからのびるうなじが色っぽい。
思わず見惚れた私と目があって、みやは少し照れたように笑った。
「でも、ゆうちゃん、また背が伸びたかしら?来年は新しい浴衣にしなくちゃかもね」
お母さんが、着付けの道具をしまいながらそう言う。
「…えっ、みや、まだ背が伸びてるの?」
「うんー。去年より3センチくらい伸びたかな」
「…うう、みやばっかりずるいー!」
口を尖らせる私を、みやは、ははっと笑う。
「しのはこれで可愛いからいいよ」
頭をぽんぽんとしてくれる、優しい表情。
私は胸がきゅうとなる。
「…ふふ、そうしてると、やっぱり姉妹みたいね。じゃあ、2人とも気をつけて出かけるのよ。ゆうちゃん、朝海をよろしく」
「はい」
「うん、お母さん、いってきまーす」
お母さんに見送られて、私たちは家を出た。
辺りは少し薄暗い。
昼間の暑さも柔らいだ、夕暮れの時。
お祭りの日の夜は、いつもと空気が違う気がする。
なんとなく、ざわめいている感じ。ちょっと落ち着かない、不思議な空気。
私とみやは並んで歩くけれど、手をつなぐことはない。
指に指輪はつけられない。
みやが望む、友だちとしての私を、演じていたいから。
「…お祭り、楽しみだね」
沈黙を割くように、みやがそう言うので、
「なに食べよっかな!私、りんご飴!」
私もちょっとおどけてそう言った。
「しのはいつもりんご飴だよね。でも大きいの買って、食べきれないのやめてよね。今年は私、食べてあげないよ」
「えー、だって、大きい方がわくわくするのに!」
「半分以上1人で食べさせられる私の気にもなってください」
「大丈夫だよ。今年は私が半分以上食べるもん」
「毎年そう言ってるでしょ」
みやは笑顔。
だけど、その顔が少しさみし気に見えるのは、私の気のせい?
私が、そうあって欲しいと思うから?
あの日からいつも、私は何かが足りないような、さみしくて、不安な気持ちでいっぱいだった。
何もやる気が起きないような、なげやりな気持ちでいた。
…もう、みやと笑顔で話すことなんて出来ないんじゃないかと思った。
私のものじゃないみやになんか…会いたくないって、思ってた。
でも、会ってしまえば、話してしまえば、やっぱりみやの隣が1番心地良い。
ただの友だち。
…そう思うと、胸はぎゅっと痛むけど、そんな痛みさえ感じていたいくらい、私はみやの隣にいたい。
屋台が並ぶ商店街が近づくにつれ、徐々に人が多くなり、音楽が聞こえ、賑やかになっていった。
暗がりに色とりどりの提灯が浮かび、どこか湿っぽい、お祭りの匂いがする。
「ケンタローたちとは島田商店の前で待ち合わせなんだけど…あ、いたいた」
みやがそう言って片手をあげる。
その先にはケンタローと、同じく小学校からの友人の、翔ちゃんがいた。
…そう、今日のお祭りは、2人も一緒。
私はちょっと気持ちが重くなる。
いつもは、ご近所ゆえにお祭りにきてから顔を合わせることはあっても、一緒にまわることなんかないのに。
みやからの提案で、今日は4人でまわることになっていた。
翔ちゃんはともかく、私はケンタローが苦手だ。…それはみやも知っているはずなのに、何でこういうことになったんだろう?
たぶん、いやきっと、みやが、私と2人でお祭りをまわりたくないから。
何度問いかけても、私が思う答えはこれだった。
みやが私との間に引いた線…そう思うから、私は今回の申し出を受け入れたのだ。
私だって、みやとのこの距離感に、慣れなくちゃいけないと思うもの。
「…翔ちゃん、ひさしぶりー!」
明るい声で、翔ちゃんに声をかける。
「あ、しのみやだ。ひさしぶりだねー。2人とも浴衣かわいいね」
翔ちゃんはにっこりと笑う。
背が高くてひょろりとした翔ちゃんは、昔から他の子よりも大人びていて、落ち着いていて、優しかった。
だから、男の子とはあまり仲良くない私でも、翔ちゃんとはあまり緊張せずに話せる。
ひさしぶりに会っても、優しい笑顔は相変わらずで、私はちょっとホッとした。
「おい、しの!なんで翔にしか挨拶しないんだよ!」
「…げ。ケンタロー…」
「げっ。てなんだよ!」
「だ、だって、ケンタローは乱暴なんだもん!翔ちゃんをちょっとは見習ったら?」
私はそう言いながら、みやの後ろにちょっと隠れる。
中学生の時からずっと、半分いじめられていたようなものだから、ケンタローと距離をおくに、越したことはない。
「こらこら、しの。大丈夫だよ、ケンタローは怖くないよ」
みやが苦笑する。
「でも…」
「でも、ケンタローもいきなり怒るのはよくないよねえ。ほら、ケンタロー」
翔ちゃんが、にこにこしながら、ケンタローの背中を押した。
私が隠れたから、ケンタローはきっと怒った顔をしてると思っていたけれど、こわごわと見たら、思っていたのとは違った顔をしていたので、ちょっと驚いた。
ケンタローはうつむき加減で、気まずそうに、ぼそっと言う。
「…いきなり怒って、ごめん」
「え」
「…ごめん」
こんなことを言われたことはなかったから、私は目を瞬く。
「ほら、ケンタローだってちょっとは大人になったでしょ?だからしの、怖がらなくていいんだよ」
「はい、ケンタロー、よくできましたー」
「うっ、うっせ!」
みやと翔ちゃんにからかわれて、ケンタローは顔を赤くする。
でも、もう一度私を見て、こう言った。
「でも…今まで…よく、しののこといじめてたと思うけど、悪かったって思うから…これから気をつけるから、一緒に祭りまわらね?」
ケンタローとは思えないセリフに、私はもう一度瞬きをする。
小中学生の頃とは違う。いじめっ子とは思えないケンタローの様子に、私は拍子抜けしていた。
こうもしおらしく言われると、調子が狂ってしまう。
「う、うん…」
私がうなずくと、今度はパアッと明るい笑顔になった。
その顔は、子どもの頃から変わらないもの。
なんだか、不思議な気分だった。
屋台をひやかしながら、4人で歩く。
なぜか自然に、ケンタローと私が隣で、みやと翔ちゃんが隣のペアに分かれていた。
ケンタローの隣を歩くなんて、ありえないことと思っていたけど、おかしなくらいに今日はケンタローが優しいから。
私が言うのも偉そうだけど、なんだかんだで、高校生になって、大人になったのかな、なんて思ったり。
…でも、やっぱり私は上の空になってしまう。
前を歩くみやと翔ちゃんを眺めていると、モヤモヤしたものを感じるから。
だって、背が高い2人は、並んでいるとお似合いのカップルみたいなんだもの。
…翔ちゃんは、良い子だけど、でも、やっぱりみやはあげたくない。
みやの隣の場所は、とられたくないんだってば。
「…しの?どうした?」
ケンタローの声がして、ぼんやりしていた私はハッとした。
「…え、ごめん!なんか言った?」
「いや、りんご飴食べるかって、聞いたんだけど」
聞いてねーのかよ、と口を尖らせる。
その顔は昔と変わらなくて、私は苦笑した。
「ごめんごめん。…でも、りんご飴、いらない」
「え、りんご飴好きなんじゃねーの?いつも祭りの時は持ってんじゃん」
「…うん、でも、今日はいらない。ごめんね」
「そっか」
ケンタローには悪いけど、本当に食べたいと思えなかった。
今、初めて気づいちゃったから。
私は別に、りんご飴は好きじゃない。
だって、すごく、甘いし、食べても食べても、減らないし。
みやと食べるから、好きだったの。
お祭りの日だけの、特別なことで。
全部食べきれない私に、困ったように笑って、仕方ないなあって食べるのを手伝ってくれる、みやが好きだった。
2人で一生懸命、笑いながら食べるのが好きだったんだ。
1人で食べたって…そんなの全然美味しくない。
私たちの会話を聞いていたのか、えって顔をしてちょっと振り返ったみやと目があった気がした。
すぐに前を向いてしまったから、わからないけど。
困ったなあ…せっかくのお祭りなのに、あんまり楽しくないや。
「…なんか、人、増えてきたな」
「そうだね」
ケンタローが言うとおり、だんだん人が増えてきた。
「もうすぐ神輿が始まるもんねー」
翔ちゃんが振り返って言う。
「私たちもそっち行ってみようか?」
みやがそう言うので、うん、とうなずこうとした。その時。
「…あ」
団体さんが私たちの間を通って。
というか、私が人の波におされて、流されてしまった。
「あれ、あれあれ…」
こんな風に流されるなんて、本当にあるんだなーなんて思いつつ、本当に人波には逆らうことができない。
そっか、背が低いくせに今まで流されたことがなかったのは、みやがいつも、つかまえてくれてたからかもしれない。
「しのっ!」
みやの声がしたけど、流されるとこまで流されて、やっと自分の意思で歩けるようになった時、私はすっかりはぐれて1人になっていた。
人混みの中の1人って、すごく心細い。
「…さて、どうしようかな」
1人、呟いて、ちょっと泣きたい気持ちになってしまった。




