夏休みtroubles6
みやと恋人じゃなくなってからの数日、私はずっと、ぼんやりして過ごした。
こころ、ここにあらず。というのは、きっと、こんな感じ。
今までどおりに、戻ったはずなのに。
この、ぽっかりと、何かが足りないような感じはなんだろう?
元に戻れるって、みやは、言ったよね?
でも、本当に元になんて、戻れるの?
みやと恋人同士になって。
なんだかこそばゆいけど、嬉しくて。
毎日が、今までよりずっと楽しくなって。幸せで。
初めてデートをした時のどきどきも。
みやに会いたくて教室に通ったあの時も。
なんだか距離が近づいた気がした、空き教室でのことも。
…あの時間が全部、幸せだったのは、特別だったのは、私だけだったの?
みやにとっては全部、友だちの延長のことだったの?
みやには…簡単に、なかったことにできるような、ことなの?
これまでのことを、思い出しては涙がにじんでくる。
もう、みやは、私の恋人じゃない。
もう、みやは、私だけのものじゃない。
特別だって言ったって、それはただの友だちの特別であって、きっといつか、みやにとってもっと特別な人が現れる。
それを、私は、受け入れられるの…?
「…おねーちゃーん!お姉ちゃん!ってば!」
「…んー?」
呼ばれて顔を向ければ、浴衣姿の渚が立っていた。
紺地に色とりどりの紫陽花が咲く浴衣は、前は私がお気に入りで着てたもの。
いつもは何もしていない髪の毛も、今日はきっちりお団子に結い上げている。
「…かわいいね」
「は?」
「浴衣が」
「うっさいわ!」
渚にぱちんとデコピンをされて、私は思う。
「…痛い」
渚は呆れたようにため息をついた。
「どうしたの?お姉ちゃん、やっぱり最近変だよ」
「別にー」
「もう…」
寝転んだままの私に視線を合わせるように、渚はかがみこんだ。
「何かあったの?私でよければ話、きくよ?」
まっすぐな目で見られて、私はつい、目を逸らす。
いつもは生意気な妹だけど、やっぱり心配してくれているんだ。
こんな自分が情けないけど、でも、気持ちはどうしても上を向かない。
「…もう、しかたないな」
渚はもう一度ため息をついて、立ち上がった。
「ほら、もうすぐゆうちゃんも来るんでしょ?それまでに浴衣着せちゃいたいから、お母さんが早く来てって言ってたよ?」
ぐいっと引っ張られて、私もようやく身を起こす。
「わかったよー」
「あ、その前に、私が化粧と髪の毛、やってあげるから。せっかくなんだから、可愛くしてあげる!」
渚はそう言って、ちゃっちゃといろんな道具を出すと、私に化粧をして、綺麗に髪をアップにしてくれた。
「じゃーん」
鏡を向けて、渚は自信ありげに笑う。
私は鏡に映った自分をみて、小さく呟いた。
「…可愛い」
「…自分で自分のことを可愛いっていうのはどうかと思うけどね」
「だって、可愛いんだもん」
「ま、美容師の腕がいいからね!うん、可愛い!だから、元気だしていってきなさい」
渚はにっこりと八重歯を見せて笑う。
どっちが姉だかわかんないなあ、なんて、私は苦笑いした。
「…渚、ありがと」
つぶやくように言うと、照れたように、別に!ってそっぽを向いた。
その様子に、また少し笑ってしまう。
私を元気付けようとしてくれてるのがわかるから、素直に嬉しい。
「…ありがとね」
もう一度言って、私はお母さんに浴衣を着付けてもらうために、一階へ降りて行った。
今日は、夏祭り。
待ちに待った、夏祭り。
みやと2人でいくこと、ずっと楽しみにしてた。
今年も、みやと一緒に行くことには変わりないけど…
白地に水色の菖蒲柄。
今日のために用意してもらった浴衣を着せてもらう。
本当なら、きっと、どきどきして、わくわくしていたはずなのに。
せっかく渚がしてくれた化粧が台無しにならないように、私はにじみそうになる涙を必死に堪えた。
「…朝海、大丈夫?」
お母さんも、私を心配そうに覗き込む。
みんなに、心配かけて、私、だめだなあ。
「…うん、大丈夫!着せてくれて、ありがとう、お母さん」
にっこりと笑ってみせる。
今日は、ずっと笑顔でいよう。
せっかくのお祭りだもん。
化粧もしてもらって、浴衣も着せてもらって、私が浮かない顔をしていちゃいけない。
…みやも望んでいるように。
今まで通りの、今までと変わらない、私でいよう。
玄関のチャイムが鳴る。
「…あ、みやだと思う!」
浴衣を着終えた私は、急いで迎えに出る。
戸を開けると、みやがいた。
私を見て、優しく微笑んだ。
「ちょっと遅くなっちゃった、ごめんね?」
別れることになった、あの日から、なんとなく気まずくて会わないでいたから、会うのは久しぶりだ。
数日のことなのに、懐かしい気がして、また泣きたくなる。
元どおりに…戻るはずなのに、顔を見た途端、愛しさが溢れてくるのは、どうしてだろう。
「しの、可愛いね!その浴衣、新しいの?」
「…うん」
とろけるような笑顔に、つられて口元が緩む。
可愛い、って言葉、聞きたかった言葉。
だけど、恋人の時に、聞きたかったよ。
「…みやも、早く、着せてもらって。お母さん、中で待ってるから」
「ありがと!お邪魔しまーす」
みやのお母さんはいつも仕事だから、浴衣を私のうちで着るのは、毎年のこと。
いつも、私の家から、2人で浴衣を着て、並んで歩くの。
なのに、どうして。
「早くしないとね」
みやは笑顔で言う。
ねえ、どうして。
「…ケンタローたちも待たせちゃうから」
どうして、今年は他の子も一緒なの?




