夏休みtroubles4
夏休みの図書館の学習室は、いつもとは違って、そわそわした感じがする。
宿題に取り組むたくさんの中高生で溢れかえっていて、いつもの閑散とした空気はない。
学習室では静かに…がルールなはずだけど、ひそひそとした話し声が逆に賑やかだ。
かく言う私も、実はいつもは学習室になんて寄り付かない人のひとりなわけで。
夏休みの宿題のために、今日は朝から学習室に箱詰めなのだった。
せっかく、ひさしぶりのデートなのにな…
なんて思いながら、向かいに座ったみやの顔を覗き見る。
前髪の隙間から見える真剣な表情に、どきっとする。
「…しの、また手が止まってる」
参考書に目を落としたまま、みやは小さくため息をついた。
「はっ!みや、なんでわかったの?」
「そりゃ、そんなにじっと見られてたら気づくよ」
顔をあげたみやと目が合うと、みやはいつものように困ったような笑みをうかべた。
「そんなんじゃいつまでたっても作文が終わんないでしょ」
「うー…だって、集中切れちゃった…」
だって、ひさしぶりに私の休講日とみやのバイトのお休みが重なって、一日一緒にいられるっていうのに、宿題に集中なんてできるわけがない。
「そんなんじゃ、宿題終わらなくてお祭りいけなくなるよ」
「それは、困る!」
「じゃあ頑張らないと」
「うー…でも…」
私がなおも渋ると、みやは小さくため息をついた。
「わかった、じゃあ、ちょっと休憩しよっか」
「…うんっ!みや大好き!」
即答すると、
「…声が大きい」
って、ちょっと叱られた。
近くのコンビニでアイスを買って、図書館前の公園のベンチに座った。
私はクッキークリームのカップアイス、みやはチョコもなか。
一口ちょうだい、って言ったら、口の中に突っ込まれた。
「づめたいっ!」
「ははは、でも美味しいでしょ?」
そう言って笑うみや。
綺麗な笑顔に胸が高鳴る。
最近、少し元気がないみたいだったから、こうして笑ってくれているのは、すごく嬉しい。
「みやにも一口あげる」
スプーンにのせて差し出したら、みやは少し困ったような顔をして、スプーンを受け取った。
「ありがと」
「うん」
夏休み。
一緒にどこか出かけたりはできていないけど、こうしていられることが単純に嬉しい。
「でも、毎日塾で、休みの日も宿題って、女子高生最初の夏休みがこれでいいのかなあ」
「まあね。しのが宿題さえ終わらせてくれればねえ」
「うう…そういうみやは終わったの?」
「あとは数学の問題集が数ページ。何日かノルマをこなせば終わるかな。宿題、たくさんでてるっていっても毎日コツコツやればちゃんと終わるもんだよ」
「…それは素晴らしいことで」
むくれる私に、みやが笑う。
いつものような、何気ない会話だった。
刺すような夏の陽射しも、午後になって少しやわらいで。
今みたいに木陰にいれば、たまに吹く風が心地良い。
遊びに行けなくたって、どこだって、みやの隣が私には一番居心地がいい。
そんなことを、思ったりして。
「…でもさー、ちょっと思ったんだけど」
「何?」
何気ない調子で、みやが口を開いた。
いつもみたいに。
あの時みたいに。
みやはよく、唐突にものを言うから。
「私たち、恋人やめよっか」
私には、あまりにも唐突なその言葉に、ついていくことができなかった。
「…え?」
思った以上に間の抜けた声が出てしまう。
私はぽかんとして、みやの横顔を見た。
みやの、ショートカットの襟足から伸びた綺麗な首筋に、すっと一筋の汗が見える。…そう、あの日、始まった時と同じように。
「うん?だから、恋人やめよっか…って」
繰り返された言葉に、聞き間違いではなかったと知る。
世間話でもするかのように、言わないで欲しい。
私の頭が、ついていけない。
「…なんで?」
辛うじて出た声が、少し掠れてしまっていた。
みやは前をまっすぐに向いたまま話す。
「うーん、なんかさ、恋人っていっても、やっぱり、女の子同士だし…」
「…女の子でもいいって言ったじゃん」
「…あの時は、深く考えていなかったから」
蝉の声が煩いくらい、頭いっぱいに響いて、くらくらする。
みやは、私のことを、好きじゃなかった、ということだろうか。
恋人どうしって、浮かれていたのは、私だけだった、ということだろうか。
「…私のこと、特別じゃなくなっちゃったの?」
震える声が出た。
みやは、私の目を見ない。
「違うよ。しのはこれからも特別だし、大切だよ。ずっと、一緒にいたいって思ってるよ。…でも、恋人じゃなくても、前と同じように、大切な友だちのままでいいんじゃないかなって。やっぱり…女の子同士じゃ、変だし…私たちは、友だち同士の方が、ずっと一緒にいられるんじゃないかと思ったの」
「ずっと、一緒に…?」
「うん。いつか、私たちも、誰か違う男の人を好きになって、結婚して、子どもを産んで、育てて、おばあちゃんになる。その時も、ずっと友だちでいよう?今みたいに、近くに住んでさ。そうすれば、ずっとそばにいて、支え合える」
そんな未来も、あることを。
恋人じゃなくて、友だちとして、ずっとみやと一緒にいることを。
私には、想像することはできたけど。
「…ねえ、しの。まだ、今なら私たち、戻れると思うの。前みたいな友だちにさ。恋人ごっこは、終わりにしよう?」
「…みやは、そうしたいの?」
「うん。その方が、ふたりとも幸せになれると思う」
初めてみやと目があった。
みやは困ったように微笑んで。
私は、ボーッとする頭で、ゆっくりと頷いた。
「…恋人じゃなくなっても、今まで通りでいられるんだよね?」
「もちろん」
みやがホッとしたように笑うので、私も、合わせて笑みをつくった。
「…じゃ、そろそろ宿題に戻ろっか。しのの作文、仕上げなきゃね」
「うん」
立ち上がったみやに、私もついて歩いた。
なんで、このタイミングで、こんなこと言うんだろう。
作文なんて、手につくはずがない。
大切な恋人だった人が、恋人じゃなくなった。
ぼんやりする頭で、わたしはそのことの意味を考えていた。




