夏休みtroubles2
夕方だというのに、じりじりと暑く、太陽が肌を焼く。
私は額から流れる汗をひとり拭った。
白く四角い建物から、夏期講習を終えた制服姿の高校生たちがたくさん出てきて、賑やかだ。
その中に、私は、しのの姿を探す。
バイトが早く終わったので、ついつい、来てしまった。
しのに、すごく、会いたくなって。
電車で一駅乗って。
しのが中学生の頃にも通っていた塾。
私は通っていなかったけど、何度も来たことがあるので、馴染みの場所ではあった。
昔はよくこうやって、しのを迎えにきたりしていたものだから、今こうしていると、なんだか懐かしい気分になる。
たくさんの生徒たちの中から、私がしののことを見つけるより先に、いつもしのは私を見つけて、駆け寄ってきたっけ。
そんなことを思い出しながら、私は少しだけ、ここに来たことを後悔していた。
だって、暑いし。
待つの疲れるし。
…それに、しのに会って、私は何を話したいんだろう?
ケンタローに会ったことを?
ケンタローに聞いたことを?
しのに話して…どうするんだろう?
傾きかけの太陽を、八つ当たりのような気持ちで睨みつけた。
いまの気持ちを、なんでもいいから、どこかにぶつけたくて。
高校生の群れが途切れたとき、私はしのの姿を見つけた。
いつもの開襟シャツの制服を着て。
青いリボンで髪をひとつにまとめている女の子。
「…しの、」
声をかけようとして、私は口を閉じた。
しのは、私に気づいていなかった。
隣を歩く友だちと、楽し気に話している。
ただそれだけのことなのに、私は心に何かが刺さったような気がして、動けなくなっていた。
確か、あの友だちは、しのと同じクラスの子で…夏期講習が同じになったって、言っていた気がする…
別に、しのが誰と仲良くしてたっていいことなのに…
私は、しのが、私より先に私に気がつかなかったことが、ショックだったのだ。
私じゃない誰かしか、その視界に入れていないことが、ショックだった。
そりゃ、連絡したわけでもないし、しのは私が来ていることなんて、何も期待していなかったんだろうけど。
勝手な気持ちで、私はショックを受けていた。
「…え、みやっ?!」
弾むような声で、私はハッとした。
目を丸くしたしのが、パタパタと駆け寄ってきていた。
「みや!なんでっ!迎えにきてくれたの?!」
嬉しそうな、キラキラした笑顔が眩しい。
私は、勝手にショックを受けていたことがなんとなく申し訳なくなって、つい目をそらした。
「…いや、なんとなく」
「そうなの?!言ってくれれば良かったのに!嬉しい!一緒に帰れるの?」
しのは、とびかかってきそうな勢いではしゃいでいる。
私は苦笑した。
「うん。迎えに来たわけだから、一緒にかえるけど…友だちは?」
「ん、ああ!ノニちゃん!」
しのは、思い出したように、うしろを振り返った。
しのの友だち…ノニちゃん、というその子は、置いていかれたことなど何も気にしていないようにゆっくり歩いてきていた。
「…おー、しの。保護者が迎えに来たのね。よかったよかった」
なんて、ゆったりした調子で言う。
「保護者じゃないよー!」
しのが頬をふくらますので、
「や、保護者みたいなもんだよね」
と、私はうなずいた。
私たちのもとへたどり着いたノニちゃんは、にっこり笑った。
「やー、みやさん、ですね。はじめましてー。私、佐野仁子っていいます。いつも教室ではしののお世話してまーす」
「あ、どうも。いつもしのがお世話になってます。お噂はかねがね…」
私もついかしこまって挨拶をした。
ノニちゃんはその様子に、ふはっと吹き出した。
「みやさん、本当に保護者みたい!いつもしのから話聞いてて、一度話してみたかったんだよね。どうもよろしくですー」
さっきまで彼女に嫉妬していたことが申し訳なくなるくらい、しのの友だちは感じの良い子だった。
軽くおしゃべりをしていると、ノニちゃんは母親が車で迎えにきた。
「あ、迎えがきた。じゃ、また今度、私ともあそんでねー。ばいばーい」
そう言って、さっさと帰って行った。
「…なんか、勢いのいい子だね」
私がそう言うと、しのは、私もそう思う!と嬉しそうに言った。
しのは、ノニちゃんのことがすごく好きなんだろうって思う。
「ねえ、しの」
私はしののカバンを引っ張った。
「ちょっと寄り道して帰ろ?」
わあ、私も、そうしたいと思ってたよ。
私を見上げたしのは、夕日に照らされて。そう言ってはにかんだ。
***
日がすっかり暮れて、暗くなって。
私たちは近所の公園のブランコに並んで座った。
暑さはだいぶやわらいで、ブランコを揺するとあたる空気が心地よい。
しのは、「みやと寄り道するから遅くなる」って、お母さんにメールした、と言って、嬉しそうに笑った。
「みやと、この公園くるの、なんか久しぶりだねー」
ブランコを大きく漕いだ、しのの髪が揺れて、スカートがふんわりとする。
私もなんだか、懐かしさで胸がいっぱいになって、切ないように、胸がきゅっとなった。
「そうだね。久しぶりかも」
「うんうん!そう、久しぶりといえば、みやが塾まで迎えに来てくれたのもひさしぶりで、すっごく嬉しかった」
ちょっと恥ずかしそうに、そう言って笑う。
しのが可愛くて、私はぎゅっとしたくなる。
今のしのは、私だけのもの。
そんなこと思ったりして、ちょっと恥ずかしくなって、足をバタバタしたくなる。
…辛うじて、しなかったけど。
「あのね、しの」
私はなんでもない風に、口を開いた。
「今日、ケンタローがバイト先にきた」
「え、ケンタロー?なんで?」
そう言ってしのは嫌そうな顔をするので、私は苦笑した。
ケンタロー、やっぱりあんたに勝ち目はないかも。
「…なんか、うちのお姉ちゃんに偶然会って、私があそこでバイトしてるって聞いたんだって」
「ふーん、ケンタローの家も、近所だもんね…それにしても、菫ちゃんも、余計なことを…」
どことなく不満気に、しのは口を尖らせる。
「ケンタロー、みやに嫌なこと言わなかったよね?大丈夫だった?」
ケンタローはしのをいじめてばっかりだったから、しのの中ではかなり嫌なやつになっているらしい。
私は笑って言った。
「大丈夫大丈夫。普通だよ」
嬉しかった。
ケンタローに、しのを取られることはないだろうって、思ったから。
ケンタローがわざわざ私のお店に来たのは、しののこと、話すためだったんだよ。
ケンタローはしのが好きで…その相談だったんだよ。
….ってこと、しのには、言わないでおこうと思った。
別にケンタローのためじゃない。同情したなんてこともない。
しのに、ケンタローを意識させたくないから。
しののことが好きだから、協力して欲しいって、ケンタローの相談を、私ははっきり断った。
しのと私はつきあってますから…なんてことは、言えなかったけどさ。
自分の彼女のことを好きなやつの恋愛相談なんて、受けたくもないのに。
はっきりそう言うことができないのが辛かった。
でも今、こうしてしのの隣にいられて、私は安心している。
「みや、なんか嬉しそう」
「そう?」
「うん!今日、みやに会った時、元気なさそうだったから…ちょっと元気になったみたいで嬉しいよ」
しのがそう言うので、私は泣きたいような気持ちになる。
しのは私の手をきゅっと握った。
「…なにかあったら、私に言ってね。みやのためなら、なんでもするよ。だって、私、みやの彼女だもん」
…きっと赤くなってるであろう顔は、薄暗くて見えなかったけど。
それはちょっと残念だったけど。
私の瞳がうるんでいることにも気づかれないだろうから…おあいこだってことにする。
私も手を握り返して、昔よくやったように、手を繋ぎながらブランコをこいだ。
こうしていると、星空に2人で溶けていける気がする。
漠然と感じている不安は押し込んで、私はそんな気分に、今だけでいいから、今だけは、浸っていたいと思った。




