夏休みtroubles1
「500円のおつりになります。ありがとうございましたー」
「ありがとね」
釣り銭をわたすと、お客もそう言って、カラカラと音を立てて帰って行った。
よく空調の効いた店内。
どこか懐かしい匂いをすっと吸い込んで、もうだいぶ見慣れた景色を見渡した。
夏休み限定で、このCDショップでバイトを始めて数日がたつ。
はじめは慣れないレジ打ちや在庫管理に戸惑ったけれど、単純な仕事だし、ほぼ毎日シフトに入っていることもあって、だいぶ仕事も覚えてきた。
「さてと…」
私はレジカウンターの下にしまっていた数学の問題集を取り出した。
お客がいないときには勉強していていいと店長に言われていて、私はありがたくそうさせてもらっていた。
店長が言うには、勉強は学生の仕事なんだから、ということである。
それに、しのだって頑張っているわけだし。
昨日、ふいにお店に顔を出したしののことを思い出して、口元が緩んでしまう。
文句を言いながらも、さぼることなく塾に通っているしの。
中学1年生のとき、しのが初めて塾に行かされそうになった時は、私と一緒じゃなきゃ嫌だって散々駄々をこねて大変だったっけ。
しののお母さんと、あの手この手でなだめすかして、塾に行かせたのを思いだす。
…それを思うと、しのも成長したなあ、なんて思ったり。
今回の夏期講習は、私を誘いはしたものの、断ると大人しく引き下がって、ちゃんとひとりで通っている。
それは喜ばしいことではあるけれど、ちょっとだけ、さみしかったりもして。
「ゆうちゃん、勉強がんばってるねー。えらいえらい」
店長がお店の奥から麦茶とお菓子ののった盆を持って出てきた。
「はい、これ、差し入れ」
「わ、ありがとうございます」
小さなチョコレートののったお皿と、麦茶をカウンターにのせてくれた。
涼し気なグラスに浮かんだ氷が、からんと音をたてる。
夏の日の麦茶が、こんなにも嬉しいのはなぜだろう。
店長はふさふさした顎髭を触りながら、窓の外を眺めている。
どことなくそわそわした様子で、こう言う。
「さて、ぼくはちょっと買い物に行ってくるから…いつも悪いけど、ひとりで店番任せてもいいかな?」
なんとなく予想のついていたセリフに、私は思わず笑ってしまった。
ブラウンのベストを着て、いつもよりちょっとおしゃれをした店長。
彼がこう言う時はいつもそう、駅前のケーキ屋の彼女に会いに行くのだ。
「はい。お店は私がみてますから、いってきてください」
そう言うと、店長は少年のようにはにかんだ。
本当は50歳をこえたおじさまなのだけど、こういうときの表情はとても若々しく見える。
「ありがとね。ゆうちゃんが早く仕事を覚えてくれたんで助かるよ。チョコレートは奥の棚にまだあるから、好きなだけ食べてね」
「ありがとうございます」
「お土産買ってくるから」
「…じゃあ、ブルーベリーのタルトがいいです」
「うぃ。良いチョイスだね。それは彼女の得意メニューだ」
「ふふ、楽しみにしてます」
「じゃ、いってきます」
そう言って、足取り軽く店を出て行く店長を、私は小さく手をふって見送った。
その後ろ姿は幸せオーラ全開で。
やっぱり、好きな人に会いに行くのは嬉しいよね。
私だって思う。
しのに、会いたいなあ、なんて。
手元の教科書に目を落とした。
今頃、しのも塾で勉強中かな。
カランカラン。
お店のドアがあく音がして、私は反射的に顔を上げた。
「いらっしゃいま…」
そう言いかけて、思わず固まってしまった。
「…なんか用?」
思わずそう言いながら、営業スマイルがぎこちなくひきつってしまう。
すると、そう言われた彼は少し傷ついたような顔をする。
「…ひでぇな、みや。客に、なんか用?はねーだろ」
「あ、ごめん」
確かにそうだと思って、私は素直に謝った。
会いたくないとは思ってたけど、露骨に嫌な態度をとっては、元同級生としてさすがに可哀想だ。
「…いや、客として来たわけじゃないからいいんだけど」
そう言う彼に、私は嫌な予感がして眉を潜めた。
「…なに?」
「いや、あのさ、」
相談したいことがあって。
言いづらそうにそう言った彼、ケンタローは、気まずそうに俯いた。
ちょっと前より日に焼けた肌が、彼を少したくましく見せている。
そんな彼が、子どもみたいに店の入り口のところで小さくなっているのが、なんとなく気の毒になって。
私は思わず声をかけてしまった。
「…なに?聞くだけなら聞くけど」
…聞かない方がよかった、なんて、思うことになるのに。




