小径に咲く華 【短編ハードボイルド】
わたしには、時間調整、そして気分転換のために
立ち寄る喫茶店が数ヶ所ある
どこも清潔で、静かにそこのカフェを啜る雰囲気には
脱帽である
山の中腹の住宅街にあるレモンイエローの店
学生街の少し奥まったところにある古風な店
大きな通りに面した、見事な欧風庭園の店
そして、古びた物件をそのままに、イタリアの小島の
カフェを思わせる店・・・
「いらっしゃい」
「降りそうだね」
傾きかけたドアを押しながら、いつものココアを注文した
「お仕事中よね」
「あぁ、今から出張さ」
「いいわね、天気が良ければ旅行気分ね」
絵描きが被るような帽子が似合う、30半ばのオンナ
スレンダーな肢体に良く似合う
雲間からの日差しを浴び、窓際の席で小説を読んでいた
木陰がゆっくりと影を刻んでいる
クラシックが、わたしの気分を緩ませてくれる
大切なオンナたちが、いつも幻のように消えていく小説
その最後のオンナが紅茶を入れる場面だった
「また同じような小説ね」
わたしの傍に来て微笑んだ
「悲しい小説が好きな暗いオトコさ」
「そうなの」
大きな瞳に、わたしは弱い
「グランキームンのフラワリーオレンジペコって知ってるか」
「それって紅茶よね」
「ここに出てるのさ」
わたしは、小説のページを見せた
「キームンは中国の高地、確か雲南だったかしら」
「入れてもらいたいな」
わたしは、そう言いかけた
しかし言えなかった
主人公は、フラワリーオレンジペコを数回飲んだだけで、その
大切なオンナを失ったからだ
わたしには悲し過ぎた
フラワリーオレンジペコ
その優しい語句を、ここの店主が言ったとき・・・・・・
過去の優しすぎるオンナに重なった
ここの店も、わたしには悲し過ぎる店になってしまった
3度目の冬
わたしは、行かなくなった店を通るたびにあのフレーズを口ずさむ
フラワリーオレンジペコ
ドアの隙間から、あの帽子が動いていた