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神成りの塔と歪な箱庭〜追放するなら違約金を貰うぜ〜

作者: 兼乃木
掲載日:2026/05/20

 この世界には神に成り上がれるシステムがある。


神成(かみな)りの塔』を制覇すれば神々の世界にたどり着き、そして人間から神に成る。


 そんな伝承を信じて多くの人間が神成りの塔に挑み続けていた。

 神成りの塔に挑む者、すなわち挑戦者と呼ぶ。


「アサイ・ボオル!貴様を追放する!」

「違約金を払いたくないからってクソみたいな事を言うなよ。神に成る男がケチ臭えな」


 アサイはパーティを組んでいた男の言い草に半眼で応じて、神成りの塔攻略をする者たちの集まる斡旋所の受付に申請した。


「聞こえてた?あいつが契約期間を無視してパーティから俺を追い出したいんだって。事務手続きヨロ」

「聞こえてたけどよ。なんですぐに追い出されてんだよ。何回目だよ、アサイ」

「違約金を巻き上げるためだよ、言わせんな──ってか紹介したの斡旋所だろ」


 受付のオッサンは呆れ顔だが、神成りの塔の攻略をするために上京して日の浅いルーキーはまだ自分の立場が理解できていないようだ。


 ここでは良くある事だし、古参たちはアサイの事をパーティに加えるのなら短期契約しかしない。

 パーティに加えたくなる能力持ちだから、アサイはここで暮らしていた。


 神成りの塔に出現する魔物たちと戦うのに便利な力だったから。


「良くいるんだよ。神成りの塔の攻略が順調に進んで女たちにチヤホヤされて、男のパーティメンバーが邪魔になって契約を一方的に破棄するルーキー」

「契約時に説明されたはずだが、神成りの塔に誓った契約は踏み倒せないからな。今さら「やっぱナシ!」と撤回しても効果はないぞ。追放だなんて大声で言ったんだ。責任は取ってもらう」

「はあ!?そんな話、聞いてない!」

「最初に言っただろ。ここでは契約は慎重にしろってな」


 ルーキー君は「聞いてない!」と喚くが、都合の良い話しか聞こえていない、輝かしい未来しか見えていない、現実ではなく夢だけ見ている新人は多いのだ。


 だからアサイにカモにされるのである。


 一目で分かったものだ。

 序盤がトントン拍子に進めば調子に乗って、女に入れ込むだろうと。


 なにしろ女連れのハーレムパーティを羨望を込めて、物欲しそうに見ていたから。


 とはいえそんなルーキーを紹介して斡旋したのは、ここの斡旋所だが。


「ま、分割払いで許してやるよ。1年くらいで終わるさ」

「お前もう、違約金だけで暮らしていけるだろ」

「やだな、オッサン。俺だって神を目指す挑戦者なんだぜ」


 一応、そういう事になっている。

 神成りの塔にもけっこう挑んでいるので、嘘ではなかった。


 ただアサイは、塔のクリアには興味がないだけだった。






「また恨み買ったんだって?」


 アサイが塔の近くにある、挑戦者向けの屋台で揚げ肉を挟んだパンを買って食べようとしていたら、ゴミを見る目でアサイを睨む女が声をかけて来た。


 アサイはパンにかじりつきながら、誤解だよと惚けた。

 女は同じ物を注文して、アサイの言い訳なんて聞かずに苦言を呈す。


「なんでそういう事するのかなあ!新人潰して楽しい!?あんただって本気出せばもっと上層を目指せるのに、下層で新人潰しばっかりして!」

「潰してないだろ。金づる君たちはみんな元気だぞ」

「お金足りなくて上に行けなくなってる子ばっかりでしょ!」

「一度あいつらの戦い方を見たほうが良い。俺にカモられる程度の知能だから、戦い方も頭の悪さが滲んでる」


 むしろ調子に乗って上層に向かったら、遠からず命を落としそうな連中ばかりだ。

 自分の実力を過信して、現実が見えていないから。


「だいたい俺より女たちのほうが質が悪いだろ。俺の目をつけたカモに群がって来てさー」

「それは、まあ、そうだけど…」


 アサイが何かした訳ではない。

 女たちがカモに群がって来てルーキーを調子付かせるのである。

 共犯に見えるかもしれないが、アサイは何もしていないのだ。


 そもそも契約満了まで付き合っても別にアサイに損はない。神成りの塔に通うだけなのだから。


「ルーキー君に擦り寄って装備買わせて、のらりくらりと短期契約で誤魔化して、金の切れ目が縁の切れ目と捨てて行く。マジ女コワい」

「女ってひと括りにされたくない…!」

「でも全員女だろ」


 ルーキー君も男には誑かされないから。

 たまにそっちもイケる奴もいるけど。


「塔の中でも「きゃー怖ーい」「きゃー素敵ー」とか、そんな事を言ってルーキー君に戦わせて、あいつらマトモに戦わないんだぞ。装備だけ手に入れて塔を登って行くらしいけど」


 アサイがたまに見るのは、次の男に媚びてハーレムパーティの一員になっている姿だ。

 ちゃんと実力のある男でも、女に弱い者は珍しくない。そういう男にくっついて、ロクに力もないのに塔を登って行く。


 そんな女が塔をクリアしたという話は全く聞かないが。


 神に成った人間の話が伝説にしかないので、真面目に挑んでいる者たちだってそんな話は聞かないけど。


「ねえアサイ。アタシたちのチームに入る話だけど」

「入らねえよ。断っただろ」


 アサイをゴミを見る目で睨んでおいて図々しく言って来る。

 女だけでチームを組んで、女神になって女性の地位の向上を目指しているのだとご高説をぶっている。


 なのにアサイの能力を利用しようと近づいて来るし、ハメようとして来た事もある。


 男を見下して利用しようとする連中なのだ。

 ルーキー君に群がる女たちと根は同じだった。


 こんな性根の腐った連中が神に成る気で欲望を滾らせている。

 ここはそういう場所だった。






 神成りの塔から離れてアサイが街外れの公園で休んでいると、今度はガタイの良い男連中が現れた。


 アサイに会いに来たのではなく、偶然通りかかっただけだろう。

 街の外で狩って来たらしい獲物を荷車で運んでいた。


「お、こんな所にいるって事は、とうとうルーキーがいつものアレをやったのか」

「そろそろだと思ってたけど、あと10日は保つと思ったのに!」

「次の階層に行くまで保つと思ったのに!」

「なんだよ、賭けてたのかよ」


 挑戦者たちの良く行く酒場で会えば「今どの辺りだ?」と探りを入れて来ていたから気付いていたが、ルーキー君の自滅は面白イベント扱いだった。


 ニヤニヤ笑いながら「まだかなまだかな」と見ている連中ばかりである。


 じゃなかったら、誰かがルーキー君に忠告していただろう。そんな親切な挑戦者がいなかっただけだ。


 もちろんさっきの女も口先だけなので、ルーキー君に教えてやったりはしない。

 知っていて放置していた質の悪い女である。


「ああいう奴は俺を次の階層に連れて行くのが惜しくなって、直前でやらかすんだって。まあ、階層が上がると自動で契約金が変わるせいもあるけど、すでに上の階層もクリアしてるのに気付いてないから」

「ああ、ボス戦があるからな」

「いや、アサイなしでボスに勝てるつもりなのかよ、あの坊や」


 アサイは20代半ばの中堅挑戦者だ。

 ルーキー君は10代後半のお子様である。


 新人と契約するアサイを「弱い」と決めつけて、調子に乗って先輩ヅラまで始めるルーキー君は多い。

 頭の悪さが良く分かるエピソードだろう。


 斡旋所は新人のお目付け役でフリーのアサイを紹介しているのに。

 違約金詐欺まがいの事をしているアサイを紹介するのは、それでもアサイが付き合うほうが新人の生存率が高いからだ。


 根拠のない自信を掲げて1人で挑んで、戻って来ない新人はそれなりにいる。


「魔物の能力を半減させる力とか、存在が違法なのに」

「階層上がると契約金が高くなりすぎて雇えないだけなのに…」

「うちのチームに入ってくれようアサイー」

「ヤダ」


 魔物の能力を半減させる力。

 それがアサイの能力だ。


 下層ではあまり恩恵を感じないが、相手が強くなるほどに効果が上がる。

 もちろん挑戦者たちは目の色を変えてアサイの獲得を狙った。アサイが黙って眺めているだけで潰し合っていた。


 だからアサイは今もフリーなのだ。


 そしてアサイ自身には他の能力はないため、サポートに撤するしかない。戦う力は一般人並みなのだ。


 だからアサイは上など目指さない。

 誰かのオマケでしか、上に行けないから。


 つまらない話である。


「俺も覚醒するなら、雷をバリバリ出せる力が良かったなー」

「そりゃ皆が思ってんだろ」

「神に一番近づいた男の能力だもんな」


 伝説以外では、最も塔を攻略した人物として有名なのだ。雷を使う挑戦者。


 失敗して帰らぬ人になったと言われる、数百年前の人物だが。


「まあボス戦なら付き合うよ。契約金を貯めて出直してくれ」

「誰が決めたんだよ、あの金額」

「斡旋所に決まってんだろ」


 神成りの塔と挑戦者たちの管理もしている組織だ。

 アサイの獲得競争で上層攻略者たちが潰し合うのを見て、慌ててルールを作っていたものだ。


 神成りの塔の上層の魔物素材は、この街の主要な収入源だった。挑戦者同士で潰し合うと、それを入手して来る者がいなくなってしまうのだ。


「いや、神成りの塔に誓う契約って、神が決めるんだっけ?」

「そんな話も聞いたなあ」

「仕方がないから稼ぐか…」

「パーっと使わないで貯金しろよ」


 収入が少ないというより、使いすぎる男連中は「それがツラいんだ」とボヤきながら街の中心部に帰って行った。

 もう少しで上層に行ける実力者たちなのだが、刹那主義な所がある。


 話していて気持ちが良いから嫌いじゃない。


 見送って、アサイは神成りの塔の威容を眺める。天を突き抜け、どこまで続いているのか分からないくらいに高く高く伸びた塔は、近くで見れば城より巨大な幅があるのに、高さに比すれば細く頼りない姿だ。


 上層と呼んでいるが、そんなに登ったかなと疑問しか感じないくらいに高い塔だ。

 果てなどないように見える。


「契約で俺に一方的に金が入るってことは、能力差があるって事だけどなあ…」


 強者ぶっている連中に見下されるのが嫌なのではない。不快だけどそういう話ではなく。


 魔物の能力を半減させた所で、アサイが攻撃してもロクなダメージが出ないのだ。

 下層で戦っているほうが楽しい。


 だからアサイは、上層に行くのはつまらないのだった。






 数日後、斡旋所からアサイに新人が紹介された。


 また斡旋所に来ている挑戦者たちがニヤニヤし始める新人君である。


「…オッサン、実は俺の『稼ぎ』の立役者だよな」

「この人選はオレが決めたんじゃねえよ!」


 今日も一目でカモだと分かるルーキーだった。


 先日アサイを『追放』した元ルーキー君が、警告するどころか暗い笑みを浮かべて次の被害者を見ている。

 借金が重くて性根がさらに捻れたもよう。


「えーと…一年契約?半年くらいにしておいたらどうだ?」

「契約延長だと余分に金がかかるんだろ。一年で良い」

「納得してるなら良いけど」


 受付のオッサンは重いため息をついている。

 新人には良くある事だ。そして契約期間の残りが長いほど、違約金が増えるのだ。


 アサイの老後の蓄えが増えるので、本人が決めた事に口は挟まない。


「最初に言っておくが、神成りの塔に誓うという事は、神が介入している契約という事だ。契約を反故にした時に相応のペナルティが課せられる」

「受付のジジィにも聞いた。さっさと行くぞ!」

「それと契約金を払う側は雇用主じゃない。実力差があるから『連れて行って下さい』って頼む側なんだよ、新人君」


 商人が雇う護衛とは意味が違う。

 弱いほうが足りない分を払って組んでいるだけだ。


「実力差が変われば契約金も変わる。一年後が楽しみだな?」


 現在のトップだってアサイに支払うほうなので、新人以外はニヤニヤしながら見世物を眺めていた。

 何も知らない新人だけが、アサイを追い抜けると根拠のない自信に満ちていたものだ。






 挑戦者は神成りの塔の攻略を進めると、覚醒して能力を授かる事になる。

 覚醒イベントは一層目のボス討伐後に起きるので、早い段階で適性が判明するとも言えた。


 元ルーキー君は、珍しくはないが人気のある攻撃技を覚えていた。

 どんな武器を使っていても効果のある、なかなか威力のある技だ。ボス戦で特に重宝されるし、パーティのエースアタッカーになれる能力だ。


 そして今度のルーキー君は攻撃魔法を覚えていた。威力の高い火の魔法だ。


 魔法系の能力は応用も出来るので、攻撃技より人気が高い。


 ただしルーキー君はアタッカー志望だったらしく、ハズレだ!と喚いて荒れていた。


 アサイもちょっと「いらないならヨコセ」と思うくらいに喚き散らしていたものだ。

 慰めてやるのは契約に含まれていないから放置したけど。


「ハズレだって?」

「俺が言いたいよ。今回の契約者、ハズレだ!って」

「お前の場合、毎回だろ」


 塔を出て、ルーキー君が一人で酒場あたりに繰り出すのを見送る。

 塔の入口周辺にいた挑戦者たちに話しかけられたが、良くある光景なので誰も慌てたりしていなかった。


 望んだ能力じゃない者のほうが多いものだから。


「どんなハズレ能力だって?」

「火魔法だよ。フツーに当たり」

「なんだ、マジでフツー」

「面白みがないな」


 本当にハズレだったらアサイも言いふらさないが、挑戦者の能力は隠すようなものではないとされている。

 仲間を集めるにしても、隠したり嘘をつく者は拒否されるものだ。


「それより、明日は女が一人増える予感」

「…ああ、アレ酒場あたりに行っただろうから」

「火魔法なら寄って来るだろうな」


 アサイは付き合わされてうんざりだが、ルーキーに擦り寄って楽に能力を得ようとする女が沸くのはいつもの事だった。

 今回はいつも以上に分かりやすく荒れてるし。


「あと何ヶ月でアレを言うかな」

「一層ボスまで何日かかった?」

「前回より時間かかったんじゃねえの?」

「前回は何日だったかな…今回は12日」


 一層と言ってもそれなりに広い。

 神成りの塔は城のような横幅があるので、一周するだけで数日かかる。そこで魔物との戦闘も起こるし、朝から晩まで篭もるほど体力のある新人は少ない。


 だが神の慈悲と呼ばれる仕組みがあるので、特定のポイントに到達して登録すれば転移魔法で簡単に行き来できるようになる。


 そのおかげで挑戦者たちは基本的に日帰りで攻略できるのだ。


「…12日はかかりすぎじゃね?」

「剣をマトモに習ってないんだろうな。構えもおかしいし、振り方めちゃくちゃ」

「ああ、駄目なほうの…」

「そりゃ魔法で良かったな」


 指導はアサイの仕事ではないので好きにやらせていたが、どうせアサイの言う事など聞かないだろうから放置していた。


 斡旋所がアサイと契約させたのは、きっと一層で死ぬと思ったからだろう。そのくらい駄目なルーキー君だった。


 元ルーキー君のほうがマシだったと思う日が来るなんて──良くいるから驚かなかったけど。


「斡旋所、すぐ俺にああいうの押し付けるからなー」

「違約金が報酬なんだろ」

「まあ、マトモな新人は他のパーティを紹介されてるから…」

「それな」


 まさに「それな」なのだ。

 全ての新人がアサイの所に回されて来る訳ではなく、他のパーティやチームを紹介される者も多い。


 むしろ期待の新人は大きいチームの所へ紹介されて行く。

 そのままチームの正式なメンバーになる者が大半である。


「俺を人間不審にしたいんだ…!」

「いや、どう考えても勉強させられてるの新人のほうだろ」

「痛い授業料だよな」


 それはアサイも否定しない。

 新人君たちには世間の世知辛さを思い知って、人間として大きく成長して欲しい。


 今のところ、大成したのはゼロ人だけど。






 翌日、アサイが斡旋所で「どんな女だと思う?」と知り合いの挑戦者たちと話しながら契約中のルーキーを待っていると、現在トップ争いをしているチーム『絶剣』の代表が現れた。


 中堅以下の挑戦者たちは憧れを込めて見るし、それより実力のある挑戦者たちだって一目置いている存在だ。


「アサイ、付き合ってくれないか?」

「今、新人と契約中。短期契約は斡旋所を通して、新人君の許可を取ってからな」

「…少し前に契約不履行になったと聞いたが」

「情報が遅いなー」


 ほんの数日で次が来たので、アサイも「え?もう次?」と思ったけど。


「お前を目当てのボス部屋まで連れて行く時間も必要だし、しばらくかかる予定なんだが…」

「ちゃんと斡旋所で確認しておけよ」

「うぐぐ」


 その契約にいくらかかるのか、アサイに話を通してから斡旋所に確認するつもりだったようだ。

 義理固い所は好感が持てる。ただ要領がいまいち悪いのだった。


 その新人は話が分かるほうか?と聞かれて「いやあ、どうだろう」とアサイが首をかしげていると、問題の新人君がやって来た。


 予想通り女連れなので失笑する者もいたが、本人は自分の事だと気付いていないだろう。

 ここには挑戦者たちがたくさん来ているので。


「おい、アサイ!お前はもう用なしだ!お前みたいな無能はいらない!」

「…おたくの仕込み?」

「待て、知らんぞ!」


 そしてアサイ史上、最短で違約金が転がり込んで来た。さすがに13日目は早すぎる。


 斡旋所の受付のオッサンを見れば、逆に絶望的な顔で新人君を見ていた。

 こいつに未来はないという顔である。


「それとも別のチームの仕込みか?どっちが先に進むか競ってんだろ」

「確かに競ってはいるが…オレたちがお前をボス部屋まで連れて行ってから利用するつもりだろうと思っていた」


 手間も時間も金もかかるから。

 一番乗りになるための必要経費と思って、こちらは交渉に来たようである。


「でも邪魔な事には変わらなかったんだろうな。数ヶ月は待たされるだろうし」

「憶測であまり言うなよ」


 証拠はないし、新人君は自覚もないだろう。


「11ヶ月半だから…けっこう違約金かかるぞ」

「そんなにか…」


 稼いでいる挑戦者なら一括払いも出来るだろうが、新人君では数年は返済にかかる金額だ。

 そそのかした奴が払ってやれ、とアサイでも思う。


「オレを無視するな!」

「いや、ずっとお前の話しかしてないぞ」

「そこの受付で契約不履行に関する話を聞け」

「偉そうに命令するな!」

「チーム『絶剣』のリーダーだから偉いぞ」


 新人君もトップチームの名前くらいは知っていたようだ。青くなってしどろもどろになっていたが、大人しく受付に向かった。

 そこで人生の終わりを宣告されて蒼白になり、嘘だ嘘だ嘘だ!と悲鳴のような叫びを上げていた。


 いつもニヤニヤしている連中も可哀想なものを見る目になっていたものだ。


 授業料にしては高すぎた。


 ついでに新人君について来ていた女はどさくさ紛れに逃げて行った。

 酷い女である。


「俺が今のはナシにしてやろうって言っても効果がないからなあ、ここの契約違反」

「お前もそのくらいの良心はあったんだな」

「え?俺は新人たちにいつでも優しいだろ?」


 アサイはいつも何もしていない。

 黙っているだけで、何もしていないのだ。


 忠告もしていないが、忠告する気にならない態度なので仕方がない話だった。






 アサイが『絶剣』のリーダーと短期契約の話を斡旋所の別の受付で始めたので、自分の事でいっぱいだった元相棒が再び喚き出した。


「アサイを何だと思っていたのか知らないが、こいつの能力は全挑戦者が欲しがる力だぞ」

「俺は雷の力が欲しかった」

「それはオレも欲しかった」


 雷の力は憧れる者が多いのだ。

 でもほとんど顕現しない能力だ。アサイの能力もかなり珍しいけど。


「そいつは何の力も使ってなかった!」

「…説明しないから誤解されるんだろう。アサイはその場にいるだけで魔物の力を全て半減させるんだ」

「一人で塔に入って気付く無謀な阿呆よりマシだぞ」


 気付いていないという事は危険な事をしていないという事だ。

 秘密の特訓とか言って一人で塔の魔物を倒そうとする新人はたまにいる。


 その時に気付くのだ。一層の魔物すら、それまで戦っていた時より強くなっていると。

 いつもの調子で戦おうとして怪我をする者ばかりだ。


「あ、そっか。お前、一層しかクリアしてないのに借金生活…でも一層も一人じゃまだキツいだろうに」

「誰かに組んでもらって力を上げるしかないな。それにも金がかかるという事か…」

「女にも逃げられたしな」


 女の一言に新人君も気付いて、慌ててキョロキョロしていた。とっくに消えている。


 何もかも失った新人君はそっとしておくとして、アサイたちは契約内容を決めて行く。


「俺を特定ポイントまで護衛する、って書いても護衛側が金払うの、いつ見ても理不尽〜」

「まだそこまで到達していない仲間もこの機会に連れて行くからな。安全性が上がるのはこちらにとっても利しかない」


 アサイと同じくサポート特化で戦闘力の低い仲間もいるのだ。だがサポート特化の挑戦者はアサイほどではなくても希少だし、ボス戦でこそ活躍する者が多い。


 神成りの塔は協力しながら進む場所であって、一人で攻略できる難易度にはなっていなかった。


 神に成ると言っても、どこか歪な場所だった。


「俺にこんなに払っても利益出る?」

「出るぞ。この辺りの素材はほとんど出回ってないらしいからな」


 神成りの塔はボス戦が最も難しい。

 アサイがいなければまだ越えられなかったボスもいる、と言われている。


 攻略情報は残っているのに、それでも難しいのだ。


「にしても多くない?」

「大丈夫だ、払える…!」


 キツくないとは言わないが、トップにも払うのがツラい値段になっているのだ。

 その前の階層のボスはもう少しマシだったのに。


「俺、屋敷構えて遊んで暮らせそう…だって他のチームも来るんだろ?」

「だろうな…」


 斡旋所の受付の人も「相場が酷い…」と呻いている。

 次の階層ボスはさらに上がるのだ。


 いつ次の階層ボスに挑むのか知らないけど。






 アサイが何もしないで付いて歩いているだけでも『絶剣』メンバーたちは文句を言わなかった。


 むしろ「柔らかい!」「痛くない!」「無双だ無双だー!」とはしゃいで魔物を倒して回っていた。

 階層が上がると半減の効果が劇的になるらしい。


 アサイは何もしていないのでつまらないが。


「これで契約金も払える!」

「良かったな〜」

「でも本当に不思議よね。数階は下の階層の魔物程度の強さに下がるんだもの」

「なのに経験値効率は下がらないんだよな?」

「ルーキーたちの成長速度が下がってたら大騒ぎだぞ」


 神成りの塔で戦えば戦うほどに強くなる。

 戦いの経験を積むことで『経験値』を得て強化されて行く。


 具体的な数値は分からないが、明らかに強くなっているのは分かる。

 一層の魔物しか倒せなかったルーキーたちが、数ヶ月で五層あたりに行けるようになるのだから。


 どの階層で何の魔物を何体倒したのか、念のために記録して比較した斡旋所が問題なしと判断していた。

 だから問題なしなのだ。きっと。


 そうして最前線の挑戦者たちが蹴散らして行くので、アサイやサポート特化のメンバーは散歩気分で歩いて進んだ。

 前の階層もこんな感じだったが、数年ぶりなのでちょっと忘れていた。


 それでも広いし、全てのポイントに登録して回ったので10日近くかかった。

 アサイは全ポイントに登録する必要はないが、同行しているメンバーたちのためである。


 ボス部屋の前にもポイントはあるので、そこで登録して一旦塔の外に出た。

 ボスに挑むのは万全の状態で、という『絶剣』の方針があるからだ。


「明日は頼む」

「うむ。邪魔にならない所で見守っていてやろう」


 アサイにはボスと戦う力がない。経験値も全然足らないのは、聞くまでもない。

 だからうっかりで死なないように隅にいるのがベストなのだ。


 試した事はないが、アサイが死んだらボスが本来の能力に戻ってしまうだろうから。

 アサイの能力ありきで挑んでいるので『絶剣』だって全滅し兼ねない。

 そんな難易度だ。


「そう判断してくれるだけ助かる。たまにいるからな…」

「お前らほどのチームにもいるのか…」


 上の階層のほうが強化効率が良い。だから実力より上の階層に連れて行って新人の強化をする話はたまに聞く。

 余計な事をするな、と言い聞かせても手を出す阿呆がたまにいるらしいのだ。


 強いチームは後輩の育成もしているので、上を目指すのならどこかに入るのが早い。

 独力で追いつくのは難しいだろう。


 アサイと組めば話は変わるが、それは例外である。


「自分たちも連れて行けと、今回もな…」

「阿呆どもの階層越えの時は護衛をつけろよ。俺が死ぬ」

「分かってるさ」


 まだ階層ボスと戦っていない仲間もいるだろう。そういう者たちの戦闘にもアサイの能力は役に立つ。

 だから依頼は受けるが、最低限の保障は欲しいものだった。






『絶剣』の階層ボス討伐で街は沸き立っていた。


 アサイは斡旋所で受付のオッサンにルーキーを紹介されて「ノー!」と断っている所だ。


「誰が現状を理解しないで斡旋させてんの?他のチームが新人潰しに出て来んぞ」

「…オレが決めてんじゃねえが、上の指示は断れないんだよ」


 斡旋所の受付の上に阿呆がいる事が判明してしまった。前から気付いてたけど。


「あと後続の階層越えも考えてるはずだぞ。全体的な強化をしたいって話だから」

「だろうなあ。引き上げたい才能の持ち主もチラホラいるからな」

「俺がフリーでも許されてんのは、全部のチームに協力してるからだ。嫌いだからって断ったら何が起きるか…」

「止めろ…また荒れるから止めてくれ…」


 かつてのトップチームたちの潰し合いで挑戦者たちが無駄に減ったのだ。

 稼ぎ頭の挑戦者たちが。


 アサイにはたいした被害はなかったが、斡旋所や街は被害甚大だったらしい。

 攻略階層が上がって盛り上がっているから誤魔化せているが、挑戦者たちもそんなにすぐに育たないのである。


 とにかく当分は受けないからな!と断ってアサイが出て行こうとしていると、アサイをゴミを見る目で見下して来る女たちが来てしまった。

 トップチームより二層落ちる連中だ。


 何がってクリアしているボスの話である。


「あら、アサイ。奇遇ね。一緒に塔に行かない?」

「短期契約なら斡旋所を通してくれ」


 そしてチームに入れれば契約金を払わずにこき使えると考えているのが透けて見える連中でもある。

 チームを組むのは神成りの塔を介した契約ではないから、そんな都合の良い話にはならないのに。


 この街にいると女嫌いになりそう。

 アサイが20代半ばで独り身なのは、確実にこういう女たちのせいだ。


 モテないからとか、そんな話はない。

 今なら成金だから女遊びだっていくらでも出来るのだ。


 …やるなら他の街に行こう、と思ってしまったが。




 〜END〜





□流行りのテンプレ設定を見ると「私も書きたい!」と思うのですが、違約金詐欺の話になっていました。解せぬ。

□主人公は転生者で、この世界はダンジョンRPGだ!という説明をしてくれるハズだったのですが、無駄に長くなるのでカットした設定。

チート持ち転生者主人公の追放もの!という贅沢テンプレセットのはずだった…

□そして主人公の能力、強いけどつまらないので「これは…流行らないな…」と思いました。

この世界では具体的なステータスが分からないので、たぶん半減されてるといういい加減な判定。

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