第一話
2080年
「この惨状はどういうことだ!!レオン・アルヴァレス作戦部長」
いつになく重い沈黙が続いていた会議室の空気を切り裂いたのは、オセアニア担当大臣、ファインツの怒号だった。その顔は、東洋のダルマのように赤く膨れ、白い口髭がわなわなと震えている。
「アルヴァレス。我々はこの結果について説明を受ける義務がある」
宇宙開発担当大臣のケネスも訳知り顔でホログラムを一瞥し、あざけるような視線をこちらに向けた。他の閣僚たちの反応も大体同じようなものだ。
世界統治機構の閣僚会議、本来そんなものに呼ばれる立場ではない。
閣僚たちが自分の存在をよく思っていないことは知っている。閣僚会議というこれ以上ない場所で、レオンの失態をさらし、あわよくば失脚させてやろうという、汚い魂胆が透けて見える。
中途半端な反論や弁論は、言い訳と取られ、却ってこちらが不利になるだろう。白が黒、黒が白になる。この会議はそういう場所なのだ。
「説明、ですか。できればこちらとしても、たかが一戦闘の勝敗の結果をそこまで気にするわけを説明していただきたいものです」
「論点をずらすな!!このニュースによれば、我々の設定した最終防衛線が突破された挙句、ジールが今にも反乱勢力、のべ二万五千に占拠されるとあるではないか。貴様はジールが占拠される重みをわかっておるのか!」
ケネスが勝ち誇ったように叫んだ。
「クロッカス大臣から何も聞いていないのですか?あれは・・・」
「こちらの質問に答えろ!!」
思わずため息をつきたくなる。これでは、クロッカスにしらを切られて終わりだろう。ならば・・・
「ええ、言われなくても重々承知しております。ジールは、数多くの反乱軍の拠点を直接攻撃することが可能な数少ない都市。おまけに四方を山で囲まれているため、航空戦力でないと攻め落とすのは困難。ここが占拠されれば、我々は反乱勢力に対して、大きな後れを取ることになるでしょう」
「ならば・・」
「しかしあの都市の地下には、お偉いさん方専用の極秘避難ルートが至るところに張り巡らされています。もっとも、説明しなくてもご存じかと思いますが」
「それがどうかしたのか。私が言いたいのは・・・」
その言葉を遮って、レオンは続けた。
「そのルートを使ってわが軍を侵入させ、内部から攻め落とすのです。まさか反乱勢力も、敵が内部からくるとは思わないでしょう。本来なら航空戦力を使いたいところですが、あそこに置いてあるこちらの兵器も破壊しかねませんからね」
再び沈黙が流れる。しかしその種類は、先ほどまでとは明らかに異なっていた。
「つい先ほど、わが軍が攻撃を開始したという報告を受けました。おそらく今日の夜のニュースには、わが軍大勝利の旨が一番に報道されるでしょう」
では、これで。
そう告げて、レオンは会議室を出ようとした。
「待て」
その声に、レオンは足を止め、ゆっくりと振り返った。まだ何かあるのか、そんな意味を込めたつもりだった。
「そもそもなぜ、反乱勢力にジールまでの侵入を許したのだ。こればかりは言い逃れはできんぞ」
やけに厳粛な雰囲気を漂わせながら口を開いたのは、総帥、ルーベルト・グラハム。
家柄と70を超える年が生み出す多少の威厳以外は、特に長所のない、ただの老人だ。実際、グラハムはお飾りに過ぎず、政治の実権は閣僚たちが握っていることを、レオンは知っていた。
「なぜも何も、元々そういう作戦を立てていたからです。あの時わが軍の軍勢は一万、正面衝突したところで勝ち目はありませんでした」
「しかし、わが軍が敵を前にして逃げたというのは、我々の威信にかかわる・・」
「威信?何を言うんです。戦場にそんなものを持ち込む余裕はない。見栄も高潔さも必要ありません。ただ、勝てばよいのです」
嘲りを隠そうともせずに、レオンは告げた。
「貴様!総帥に対してその口の利き方はなんだ!!」
「ケネス大臣、あなたこそ、総帥の威を借るのはおやめになったらいかがですか」
「なんだと・・・」
お互いがお互いをにらみ合い、まさに一触即発。
「まぁまぁ、どちらも矛を収めよ。それでアルヴァレス、勝てるのか?」
グラハムは平然を装っているが、顔には興奮の色が浮かんでいる。この男は、世界のトップたる人物を演じ、そんな自分に酔っているのだ。しかも、それを自分で自覚していない。
だから、生意気な作戦部長に小言を言うための道具に使われている。実に哀れな男だ。
「ええ、もちろん」
「ふむ・・ならばいい」
この阿呆め、そんな目線をグラハムに向ける閣僚たちを背に、今度こそ立ち去ろうとしたレオンだが、ふと足を止め、振り返った。
「今回、ジール周辺の反乱組織をまとめて叩いておこうと、勝手に軍隊を動かした閣僚の皆々様にお伝えしておきたい」
兵士は、盤上の駒ではない。
できる限りの脅しと侮蔑を込めた一言だ。
「そして、クロッカス軍部担当大臣。あなたには、今回の作戦の概要について記載した報告書を提出済みなはずです。自分が作成を命じた書類ぐらい、目を通されてはいかがですか」
今度こそ、レオンは生体認証でロックを解除し、会議室から立ち去った。




