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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第八話 階段マンション
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8-1 「このマンションはひと味違うよ」

 深山は雨の歩道を帰宅していた。


 その日は一日雨だった。


 夕刻になっても止むことはなくって、大きめの傘と愛用のジャングルブーツを濡らしながらマンションに到着。鉛色の空の下、入り口の前でバックパックの中から剣を取りだして中を窺えば、ソコはいつものエントランスだった。


 注意深く入り口を閉ざす一枚ガラスのドアをそっと開け、周囲を見回す。しんと静まりかえっていた。何かが潜んで居る気配は無い。

 けれども剣を抜いたまま油断なく周囲を観察し、耳を澄ませる。やはり物音はしなかった。


 うん、ここに何かが居る感じは無さそうだ。


 しかし油断は禁物。果たして本日の招かれざる客は何者で、何処に潜んで居るのか。何も出会さず部屋に戻れれば文句は無いが、生憎そんな経験は数える程しかない。

 でも皆無って訳でもないから、今日もそういう「たまたま何事もなかった」的なラッキーを願いたいモノのなのである。


 そもそも、たかが自分の部屋に戻るだけなのに、幸運を祈らなきゃならないっていうのは何なんだよ。


 もうこれで何度目かも分からないため息をついた。


 油断なく周囲を窺いながらエレベータの呼び出しボタンを押せば、ピカリと光って点滅を始める。よし、ココまではいつも通りだ。


 だが俺は出入り口の上に在る表示板を見て目を剥いた。数えるのもバカらしい数の階数が、文字通り天井知らずに標されていたからだ。


「なんじゃコリャ」


 表示されている最下層は確かに1とある。だが最上階を示す数字が見えない。余りにも高い場所にあって見通すコトが出来なかったからだ。

 かてて加えて補足するなら、エントランスの天井も余りに高くて見ることが叶わなかった。まるで井戸かエントツをどん底から見上げている気分だ。


「見えてる階数だけでもスゴイ数だな」


 目をすがめて見れば、200階辺りまで読めた。だがそれ以上はとても無理。どんなウルトラ高層マンションだよと思った。

 エンパイヤステートビルはどれ位だったろう。確か100階くらいだったかな。だとすれば単純にその二倍以上はあるってコトだ。こりゃあどんなタワマンでもかなわない。アホかと思った。


 確かにエレベータが降りて来ている気配はある。閉まったドアの向こう側から「ウォーン」と作動音は聞こえて居るのだ。


 だがエレベータの本体はいま、いったいどの辺に在るのだろう。最上階に止まっていたのだとしたら一階まで降りて来るのにどれ位かかる?200階を越える(確認出来ていないけど多分その倍は固い)階数だ。三〇分?一時間?ヘタしたらそれ以上かも。


 そして何より、そんなエレベータに乗っても良いものなのだろうか。乗ったはいいが途中でドアも開かずそのまま永遠に昇り続けるダケ、なんてコトにでもなったら……


 少し考えた後に、俺は階段を使って自分の部屋に戻ることにした。




 このマンションには屋内に造られた階段と、野外に吹きさらしの非常階段との2種類が在った。きっと条例か何かの対策だったのだろう。後付けの非常階段は割と新しめで見通しも良いのだが、生憎のこの天気である。迷わず屋内の方を選んだ。


 登ろうとしてふと気付いたのは、階段の一段目の隅にある小さな鳥居の落書だった。きっと子供が描いたのだろう、稚拙に歪んでいた。こんな所に何処の誰だ。「確か立ち小便禁止の意味があったな」と思い出して小さく苦笑した。


 屋内の階段は好きじゃなかった。見通せるのは前と後ろの数メートル、それだけだからだ。目隠しになる範囲が多すぎるのである。


 普通のマンションだったら、階段の死角を気にするなんて在り得ないんだろうな。


 どうして自分の住んでいる集合住宅マンションで、何処かに居るかも知れないナニかを警戒しなければならないんだろう。どう考えたって真っ当じゃない。自分はサスペンスドラマの登場人物とかではないのである。


 むしろ、ホラー映画の登場人物と言った方が正しい?あるいは、剣を持ってタワーダンジョンの踏破を挑む冒険者かも。


 勘弁してくれ。俺はそんな英雄ヒーローだの勇者だのとは一番縁遠い人種なんだ。事あるごとに下関さんや灘さんは妙に持ち上げてくれるけれど、居心地が悪くって性が無い。最近は天草さんまで一口加わるようになっちゃったし。


 まぁ子ペンギンたちの方は、サ・ギンさんから空気入れられて居るせいなんだろうけれど。


「過大評価も極まれりだね」


 俺が今までやってこれたのは、全てこの緑青剣のお陰だ。それ以上なんてナイナイ。


 やっぱり最初の、クマ殺しのインパクトがデカ過ぎたのかも知れない。アレでみんな妙なバイアス掛かっちゃってるんだ。アレだってただの偶然の産物。この剣の指示が的確で、幸運に幸運が重なったダケの結果なのである。たまたまコレを持って居たのが俺だったってダケの話、ソレだけだ。


 やれやれだなぁ、と思った。


 一階、二階、三階、ソコまで登ってきて「おや」と思った。何だか今まで見慣れた階段と違うのだ。いや、見慣れすぎていて気付くのが遅れたと言った方が正しいのかも。


 踊り場を経て次の階の廊下が見えると、そこの壁には各階数を示す表示板がある。自分の階を見落としてうっかり上がり過ぎたり、「まだ目的の階じゃないのか」とウンザリすることは良くあるけれど、番号を見誤るなんてコトは在り得ない。


 だが目の前の表示板には「1」とあった。


「……」


 階下から登ってきたのに次に在る階が一階ってどういうコトだよ。


 外国の表示では日本で言う一階が〇階で、二階が「一階」なのだという話は聞いたことがあった。だが、このマンションは日本仕様だ。そもそも三階分登って一階っていうのは在り得ないだろう。


 表示板ダケがおかしいのか、とはかない望みで廊下に出てドアの上に在る部屋番号を確かめて見た。だがやっぱり一〇一だとか一〇二だとか、階数に相応しい番号が並んでいるダケ。コンクリート製の手摺てすりりから頭を出して見ても、ただ雨の降り続く階下の駐車場を見下ろしているだけだった。


 うん、間違いない。どう見てもいま俺は階段を登った分の階層に到達している。表示がねじれて居るのではなくて、マンションの中身がねじくれて居るのだ。


 あるいは、一階の表示板や部屋番号が複製コピーされて全部の部屋に貼り付けられている可能性はある。けれど、エントランスで見たエレベータの階数表示が異常だったことを考えると、そういう甘い期待は抱かない方が良さそうだ。


 このマンションはそこまで住民に優しくはない。それは重々身に染みていた。


 でも一応確かめてみようと思って、一〇一の部屋のインタホンを押した。一階の住人が出て来たら間違いなく此処ここは一階だ。三回押して返答が無かったので一〇二も試したがやはり出なくて、隣も、その隣も同じだった。ドン突きの部屋まで全て応答無し。居留守じゃなければ、この階丸ごとが留守という事になる。


 このマンションは各階七世帯分の部屋があるが、そもそも一階はエントランスと集会場、そして管理人区画が在るお陰で四世帯分しか部屋が無い。だから一階は一〇四までで、それ以降の部屋は無いのだ。


 だのに目の前には一〇七号室が在る。コレはちょっとオカシイ。やっぱり階の表示と部屋番号がダブっているダケじゃないのか。しかも全部屋が留守だなんて微妙に変だろう。二、三世帯なら分かるが今日は平日、おまけに夕刻だっていうのに。


 もしもしとノックする。やはり返事は無い。もう一度ノックしてノブを捻ってみた。するとカチャリと小さな音。鍵は掛かっていなかった。


「ごめんください」


 開けますよ、とドア越しに声をかける。応えはただ無音。そのまま手前に引こうとした。


 その途端……


 開くな


 緑青剣がささやいた。


「……」


 ピタリと手を止める。


 この奥にナニが在るのか。いや、なにが潜んで居るのだろう。のぞき込んだら中を見ることが出来るかも知れない。いま現在、このマンションで起きている何かの手がかりが在るのかも。


 耳を潜める。聞こえてくるのはやはり降り続ける雨音だけ。他の物音なんて何も。


 だが俺は忠告に従ってノブからそっと手を放した。


 この剣は俺をこのマンションに呼び込んだ元凶。だが、今までそれ以外の不利益を囁いたことは無い。だからここは素直に聞き入れるのが得策。小さく吐息をついてドアから離れた。


 参ったね。


 ひょっとしてコレが本日の達成メニューってことか。要はこの謎を解き、自分の部屋を目指せってそーゆーコト?まったくRPGのクエストじゃあ在るまいし。やれやれって感じである。取敢とりあえず自分の部屋が在る階まで上ってみるかと、階段を登り始めた。


 そういや部屋でマンションの契約を決めて、あの物騒なクマに追いかけられた時にも廊下が無限の長さに伸びたっけ。


 アレから結構な月日が流れたような気もする。けれど、思った程時間は経ってないなというコトに気が付いて、何とも言えない気持ちになった。

 原因は単純明快。このマンションは毎日がイベント盛りだくさんで、気安く送れる日常なんて遠い遠い地平の彼方に吹っ飛んでしまっているからだ。


 俺の部屋は七階。だから七階分階段を登って辿り着いたのだが、そこの階数表示もやはり「1」のままだった。

 念の為に自分の部屋がある筈の六番目の部屋、七〇六号室の前に来たのだが、一〇六の表示は何も変わっていなかった。試しに部屋の鍵を差し込もうとしたら、がちんと固く阻まれて入る気配すらない。


 やはりここは俺の部屋じゃないらしい。


 さてどうしたものかな。


 鍵をしまい、途方に暮れて部屋番号を見上げていた時である。


「やあやあ、キミはひょっとして新たに紛れ込んで来たひとかなぁ」


 唐突に良く通る声が廊下に響いた。振り返って見ると階段の入り口に、リュックを背負ったひげ面の男が朗らかに笑んで立って居た。

 衣服は茶色に汚れていて髪も髭も伸び放題。片手に紙袋まで下げている。その格好はまるで、町の路上で寝泊まりする住所不定無職の御仁のようで。


 そして男は俺を手招きで誘うと階段に腰掛けて、「このマンションはひと味違うよ」などと語り始めたのである。

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