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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第七話 鮮血マンション
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7-6 剣呑な眼差しで睨み続けていた

「きみに親殺しなんてさせたくなかった」


 かたわらにて事の一部始終を眺めて居た男は、独白にも似たやるせない吐息をつく。


「無理を言ってごめんなさい。わたしのけじめです。あなたやあなたの親族に対してやった事、わたし達を受け容れてくれた方々への仕打ち。せめてこれぐらいは、これぐらいは背負わなければ。

 でないと、わたしはわたしを許す事が出来ません」


 彼の男の妻もまた、自分に言い聞かせるような返事をする。


「きみがやった事ではないんだよ?」


 背負う必要など無いのだと、気遣う声であった。


「家を出ると決めたとき、端からこうして置けば良かった」


「それは無理だろう。優しいきみがソコまで踏ん切りを付けられるはずが無いもの。終わった後だからこそえるよ。

 省みて未来への布石にするのが反省だけど、後悔は過去からのお荷物だ。掘り返さずにそっとしておくのが賢明なんじゃないかな」


「・・・・」


「今日の一件は、一から十までボクがやった。きみはただボクの手助けをしたダケ。捕らえたのも彼を葬ったのもボクの仕業。そういう事にしてもらえないかな」


「レット・・・・」


「連中と縁は切ったとはいえ、親殺しは体裁の良い話じゃない。何者かから問われた時にはボクはそう吹聴することにする。だから口裏を合せてくれないかな」


「わたしは別に、誰に何を言われようと」


「だめだめ。ボクの奥さんはいざという時にはビックリするくらい思い切りが良いけれど、普段は静かで優しいヒトなんだ。要らぬ陰口でわずらわせたくはない」


 細面の男前は、そう言って軽く肩をすくめて見せた。




 そこは静かなカフェだった。


 細面の男前がレモンティーを半分程まで飲んだところで、彼の待ち人は現われた。


「時間通りですね」


 目の前に座るのは濃い色のスーツを着込み、日本人離れした面立ちの男だった。


勿論もちろんだ。言を交し約を違えぬが全ての始まりだろう」


「意外な物言いです」


「貴公に言いたい事が在るのは判る。だがこの場は飲み込んでもらいたい。当然、コチラ側も何も要求はしない。そなたが手を出さぬ限り」


 給仕が注文を取りに来てウィンナーコーヒーを頼み「甘党ですか」という問うた。


「おかしいか?」


「いえ、まったく。ただ、舌の肥えた方々にしては珍しいなと思ったダケで」


「そなたには皮肉や苦言を当てこする権利がある。何なりと語ると良い。だが此度こたびの約定がくつがえることはないのだと、それだけは理解して欲しい」


「新たな約定で塗り替えられるまでは、ですね」


「否定するのは難しいな。期日を明言は出来ないが、一世代か二世代は保とう」


「我々の?人たちの?」


「わざわざ言わねばならぬことか?」


「そうですね。まぁ、わたしの方はそれで構いません。ですが、あなた方のメリットは何なのです。そもそも手を出すのか出さないか、それを決めるのはわたしでは無いのですよ」


「顔を合わす度に狩られてはかなわぬという話だ。先日の彼の御仁の件もある。

 政界や財界に吹聴され、掻き回されるのもまた同様。我々に多種多様な伝手つてが在るように、そなたにも相応のパイプが在ろう。いさかいは互いの損失にしかならぬ」


「何時ぞやの半導体工場や造船所の件でしたら、わたしはノータッチですよ。以前の見返りに提出した情報が使われた可能性は在りますが」


「本日、それが聞けただけでも一つの成果だな。他に聞きたい事は?」


「何も求めないという割には注文が多いですよね。それに、彼の男の一件はどうするのです。長老会が黙って居ないでしょう。新たな、るつぼをく場所も探していたのではなかったのですか」


「彼の御仁は自業自得だ。長老会も目をつぶると言って居る。るつぼは今代の分が燃えきたらもう新たにかたどられることはあるまい。しゅは個人で練る分だけで充分というのが今後の方針だ」


「おや、それはまた思い切ったものです」


「我らは魔道士や呪術師ではない。血族として本来の有り様に戻る、それだけの話だ」


「夜の支配者で充分と。それもまた尊大かつ傲慢ごうまんですね。それともあなた方の言葉を借りれば『慎ましき願望』といった所でしょうか。そもそも、こんな約定が必要とも思えません。お互い近寄らなければよいダケの話でしょう」


「こうも数を減らされてはな。保身や保険も必要だ。最古のメンバーはもう五指にも満たぬ。慎重にも為る」


「野に下ろうとは考えない?」


 その問いに直接の返答は無かった。


「我らは種として脆弱ぜいじゃくだ。様々な偶然の果てに老いというモノを捨て去ることは出来たが、定期的に完全栄養食としての生き血が必要であるし、子の数もまた心許ない。

 寿命が無いゆえにあまり積極的ではないが、それでは遠からず消えて失せるとわたしは考える」


「多様性の喪失というヤツですね」


 生と死は表裏一体。新しく入れ替わらなければ徐々によどんでいく。

 生き物としても。社会組織としても。


「血を交じ合わせることを忌避すべきでは無い。たとい薄まろうと絶えて滅ぶよりは余程いい」


「交雑主義者でいらっしゃいましたか」


「そなたからその言葉を聞くとは思わなかった」


「長老会もその方針を?」


「いや、現状ではとても無理だ。唱える者をえて見逃す、その程度の風潮でしかない」


「やれやれ。先は長そうです」


「では今後互いに親族住居利権、全て不可侵、それで良いか」


「わたしの家族と共に、あのマンションの住民全て。そして区域範囲内も手出し無用です。犯すような事があれば容赦しません」


「分かった、追記しよう」


 カップの中に残って居た分を全て飲み干すと、男は席を立った。そしてそのまま立ち去るのかと思えば、振り返り「彼の御仁の最後はどうであったか」と訊ねるのだ。


「最後まで一族そのものでしたよ。気に為るのですか」


「剣術師範であったからな」


「わたしを恨んでいらっしゃる」


「不愉快極まりない男だった。皆の前でよく不良品と散々なじられたものだ。本人は教育のつもりだったらしい」


 そして、長老会への目通りは自分の方が先立っていたので、位階は彼よりも上位に昇ったと語った。


「それもまた面白くなかったようだ。事あるごとに衝突していた。そなたが片を付けてくれてむしろ胸がすいた」


「なるほど」


 去り際の本音であったのか、それとも逆の意味合いであったのか。


 話の真偽はどうでも良かった。しかし今際の際くらいは知りたい相手であったらしい。では、自分や自分の家族は彼らにとって、どんな立ち位置に在るのだろう。どんな風に見えているのか。


 恨み骨髄、報仇雪恨ほうきゅうせっこんというのとは少し違う気がする。直接の血縁はもう全て物故しているのだ。


 ならばこのような約定なぞ交さずに、完全に忘れ去ってくれるとありがたいのだが。


 あるいはなにがしかの警戒感が在って、自分達もそうであるから相手もそうではないかと勘ぐり、牽制の意味で話を持ち掛けたのかも知れない。そう考えれば辻褄つじつまは合いそうである。


 男が立ち去ると、細面の男前はテーブルの上に残ったカップに口を付けた。


 レモンティーはもう香りも失せて、すっかり冷め切っていた。




 三回目の手術を終えて、俺は何とか立って歩ける位にまでは回復していた。


 怪しい伝手つての怪しい病院だったのでどんなものかと警戒していたが、何の事はない。普通の外科病院で普通の治療、普通の入院生活だった。


 経過は良好。現在はリハビリを兼ねて病院内を歩く程度ならオーケー。

 いやむしろ癒着を避ける為にも無理の無い範囲で動いた方が良いと言われ、病室から中庭までの往復は俺の日課になっていた。


 そして何故なぜかいま、真後ろには灘さんが付いて来ている。歩くなんて大丈夫なんですか、手をつないで支えましょうか、などと過度の気遣いまでしてくれる。


「いや大丈夫ですよ、これくらい。それよりもこんなに頻繁ひんぱんに見舞いに来てくれて、むしろ恐縮です。灘さんにもお仕事が在るでしょうに」


 何しろ二日にいっぺんはこの病院に来てくれる。マンションからもけっこう離れいるし彼女はクルマも免許も持っていない。交通費だってバカにならないだろうに。


「なにをおっしゃっているんです。同じ屋根の下に住んでいるお隣さんではありませんか。気遣うのは当然です」


 先日などは病室で治癒ちゆ舞踏(治れ~治れ~ってアレだ。今回は小さな鐘をチンチキ叩いてちょっとバージョンアップしたヤツ)を踊り、女性の看護士に「病院内で怪しげなダンスを踊るな」「他の患者の迷惑」となどと注意されてちょっと揉めた。


 灘さんは治療の一環だと譲らなかったのだが、病院の関係者からしてみれば不審者のおふざけにしか見えなかったらしい。


「まったく、病院に務めている者が治療を否定するだなんて言語道断です。なんてコチコチな石頭なんでしょう」


「何というか、その、普通は魔法とか呪術とかは納得出来ないでしょうし」


 看護士さんの言い分は理解出来るし、灘さんが憤慨するのもよく分かる。俺としては「まぁまぁ」とお互いをなだめることしか出来なかった。


「おや深山しんざんさん。灘さんまでご一緒で」


 声に振り向けば天草さんが居た。俺の隣に立つ女性から小さな舌打ちも聞こえた。

 何かご不満でもあるのだろうか。

 天草さんとは特に仲が悪いとも思えなかったのだが。


「もう歩いても良いのですか」


「おかげさまで何とか。散歩でもしないと退屈で逆に具合が悪くなってしまいます」


 軽く挨拶を交して入院の手配から会社への口裏合わせ、その他モロモロの諸事情に骨を折ってくれた事に礼を言った。


「入院費や手術費用まで全部出してもらって。いくら感謝しても足りません」


「どうかお気になさらずに。元はと言えばボクのとばっちりを喰ったのです。この程度当然ですよ。むしろ謝らなければならないのはコチラの方で」


 心身共に大変なご迷惑をおかけしましたと、長身の御仁は深々と頭を垂れるのだ。


「止めて下さい。天草さんの責任じゃありませんよ。それに不覚を取ったのは俺が未熟だったダケで」


 そんなやり取りをして居ると、彼の後ろから小柄な少女が姿を現した。


「元気そうで良かったです。安心しました」


 そう言ってニコリと笑むのだが、残念ながら面識はない。

 いや、まったく全然って訳じゃなくて、よく似た子なら知っている。だが、その子はこんなに大人びた面立ちじゃなかったし、上背も無かった。

 いま目の前に居る子は中学生くらいに見えた。


「天草ミマです。見違えましたか?」


「は?」


「あ、まぁ、成長期ですよ、成長期」


 返事をする天草さんは屈託くったく無くて実によい笑顔だ。


「は、え、ええぇ」


 そして、子供というのは急に大きくなりますからね、などとのたまうのである。俺は唖然あぜんとして彼と少女を交互に見比べることしか出来なかった。


「もうそろそろ良いかな、と思って大きくなる事にしました。小さい方が母上も喜んで下さるのでずっとあのままだったのですが、ちょっとやりたいことも見つかりましたので」


「え、いや、その、大きくなる事にしましたって、そんなんで大きくなれるモノなの?」


 少なくとも俺は違っていた。むしろ中学の時は背が小さくて、それがコンプレックスだった。高校に入ってからドンと伸びたから良かったけれど。


「深山さんは小柄な女性がお好みですか。それとも高い方が?」


「あ、ど、どちらでもイイけれど。まぁ、背が高い方が格好はイイかな」


「分かりました。それではもう少し頑張ってみます」


「身長って頑張ってどうにか出来るもの?」


「為せばなるです。期待していて下さい」


 俺は「はぁ」としか返事が出来なかった。


「いやぁ、子供って目を離した隙にあっと言う間に大きく為りますからね」


 そう言って天草さんは再び「ははは」と笑うのだ。


 いやいやいや、慣用句使っても当てはまらないから。コレはそういうレベルじゃ無いから。

「目を離したスキに」って。

 俺が此処ここに入院して一ヶ月足らずの間に小学一、二年の子が中学生になったって。

 イモムシが蝶になるとかじゃないんですから。


「わたしは待たせるのは好きではありませんから」


「ミマちゃん、いったいナニを言ってるの」


「わたしたちの一家が普通ではないのは、もうご存じなのでしょう?」


 上目遣いに見上げる目が妖しく光っていた。小さな唇がニコリと笑みを形作る。


「分かって居ながら、ずっと黙っていて下さったのですよね?」


 思わずゴクリと固唾を飲んだ。


「彼女さんとかはいらっしゃるのでしょうか」


「いや・・・・居ないけど」


 唐突に、灘さんが立って居る辺りから「かっ!」と途切れた音が聞こえた。

 思わず振り返ったら目をいた彼女が俺を見据えていた。その表情はまるで在り得ない、あるいは信じられないものを見たかのようで。


「良かった。本日は深山さんとお話が出来て嬉しかったです。とても有意義でした。父上、御用はもうよろしいので?」


「そうですね、あまり長居をしてご無理をさせる訳にもいきません」


 それでは、と天草さんは軽く一礼し、少女はまた軽くカーテシーを決めてきびすを返した。


 そして彼女は振り返り際に、妙な笑みをコチラ側に投げるのだ。それは何故なぜか俺ではなく、俺の隣に居る人物に向けられていた。

 まるで、勝ち誇るかのようなニュアンスで。


「・・・・」


 何というか、反応に困る。


「敵」


 唐突に灘さんの口から不穏な単語が飛び出した。

 しかも口をへの字にして固く歯を食いしばっているし。


「あの、灘さん?」


 返事は無い。微動だにしない。

 でん、と仁王立ち、まるで闘神の仏像か彫像みたいだ。


 そして二人の後ろ姿が見えなくなるまで、剣呑な眼差しでにらみ続けていたのである。

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