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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第七話 鮮血マンション
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7-4 入院することになった

「安心しろ。愛玩物と共に貫いて投げ捨てる慈悲くらいはある」


 見下しあなどる物言いに、あははと口元だけで嘲笑あざわらう少女の声があった。


「品性と共に語彙ごいや機知も失せているのね。まともな会話すら出来ないの?腹が立つよりもむしろ滑稽こっけい、自身の脳髄が腐敗しているコトすら理解出来ないのだから」


 男は無表情のまま。だが裏側でなにがしかの感情がうごめいている。

 少女はふんと鼻を鳴らした。


「ま、腐っていれば当然か」


 台詞が終わるか否かの間隙で、少女の指先から何かがはじけた。キラリと一瞬光ったソレは、しかし直ぐさま剣で受けて弾かれる。

 響いたのは鋭い金属同士が衝突する音。


 まるでそれは銃弾が跳弾するかのようで。


「指弾術か」


 少女がポケットから取り出したのは無数のパチンコの玉、そしてコイン。

 男のつぶやきに答えるように、その全てが両方の手元から次々に繰り出され始めた。


 弾いても気を抜けば剣を取り落とさんばかりの衝撃があった。

 かわして地面に当たればアスファルトを砕き穿うがつ貫通力があった。


 曲げた人差し指に乗せたパチンコ玉やコインを親指で弾いて飛ばす。ただソレだけの技であるというのに、一撃一撃が致命的。如何様いかような力を込めて打ち出せばこれ程の威力になるのか。


 無数のきらめきが雨あられと降り注ぎ始める。


 それは豪雨のようであった。


 急所を狙うかと思えば、踏み出す足元や剣を握る手元を穿つ。上に下に、右に左に。少女は立て続けに繰り出される切っ先を華麗に躱しながら、間断なく撃ち込み続ける。


 小刻みにステップを踏み目まぐるしく射点を変え、牽制の合間、隙を見計らっては必殺の一撃を狙うのだ。


 もはや至近距離で機関拳銃マシンピストルを撃ち込まれるのと大差はない。

 そして男は小柄な娘の俊敏さに翻弄ほんろうされ、外すコトのない絶対の間合いに踏み込むことが出来ずにいた。


 だがそれでも、ソレだけ不利な状況でも、間合いを詰め剣を振り続ける。全ての弾を受けきることは出来ずとも致命の一撃をことごとく凌ぎ続け、「かすり傷」で済ます技量は普通ではない。


 男は根気強く待つ。剣を振いしのいで待ち続ける。

 どれだけ優秀な銃でも弾切れはある。あの小柄な身体にどれだけの「弾」が用意されているのかは知らない。だがたとい大人であったとしても高が知れよう。戦場におもむく兵士では無いのだ。

 日常での遭遇ならば尚更なおさら


 致命傷さえ受けなければいずれ勝つ。


 要はこの状況、小娘との我慢比べに過ぎないのである。


 やがて少女の連撃が徐々にまばらになっていった。

 恐らく弾切れが近いのだ。

 そしてしばし応酬が続き遂に撃ち途絶え、小娘は懐から短剣ダガーを抜く。

 ようやくか、だがさばき切った。弾の失せた指弾使いなどタダの案山子かかし


 小兵のナイフ程度で我が剣をしのげるとでも思っているのか。


「笑止!」


 勢い込んで踏み込んだ。裂帛れっぱくの気合いと共に打ち込めば、甲高い剣戟けんげきの音が響く。

 二度、三度、四度。立て続けに受け続けるのだ。


 ほう、と感嘆する。


 その小物でいなすのか。


 初手の我が打ち下ろし、受け流したのは褒めてやってもいい。だがソコまで。

 徐々に連撃をいなせなくなっている。捌いたのはいいが何処か傷めたに違いない。


 手首を狙った打ち込みの直後すくい上げで体勢を崩し、そのまま再度の打ち込みで短剣を弾き跳ばした。

 黒い衣服の少女がけ反ってたたらを踏む。無防備なうなじがヤケに白かった。


 小柄な娘は腰を落とし、飛び退ろうと身構える。が、もう遅い。


 けがれモノとはいえ我が孫娘、せめてもの情けだ。

 苦しまずくがいい。


 一気に間合いを詰め、首を落とすべく剣を水平に振り払った。


 いや訂正しよう。男は振り払ったと思ったのだ。


 利き腕に力を込めた次の瞬間、あごと首筋に激痛が走った。

 頸動脈に穴が穿うがたれ、割れた顎から鮮血がほとばしっていた。

 衝撃に仰け反り、たたらを踏んだのは今や男の番だった。


 何があった。


 訳が判らずとも身体は勝手に動いた。無意識の内にバックステップを踏み、更に飛んできた二つの影を弾いて飛ばす。固い金属音が響いた。


 よもや、と顎にめり込んでいるモノを引き抜いて見れば、それは茶色のコインだった。


「その大振り、待っていた」


 少女は口元で笑う。手には既に、叩き落としたばかりの短剣が回収されて在った。


 男は迂闊うかつほぞを噛む。

 弾切れを装い、最後の手段と思わせた自分の得物すら弾かせて、こちらの動きを操作した。そういうコトかと理解したからだ。


 男はただただ、ハメられた口惜しさに割れた顎をもち歯ぎしりするのである。


「一族だか何だか知らないけれど、所詮しょせんはタダのケダモノ。その出血でどれ程保つのかしら」


 あふれる血潮は膨大で、手の圧迫程度では止めようが無い。もうシャツの半分が濡れて肌に貼り付いている。

 猶予などほとんど無いのは傍目はためにも明らかだった。


 そして男は憤怒と屈辱とに顔を歪め身体を震わせ、後ずさり、マンションの脇に生える木立の陰に消えた。


 少女は追わない。追うつもりもない。木立の裏側に駆け込んだところで既に姿はなく、自分の手の届かない所に逃げた後と知っているからだ。

 それに今は、何を差し置いても優先せねばならぬ事がある。


深山しんざんさんっ」


 黒衣の少女は再び声をあげ、倒れている彼に向って駆け寄っていった。




 何処かで誰かが呼んでいるような気がした。


 全身が重かった。そして激痛がする。

 肋骨が、胸のど真ん中が痛かった。ギリギリとドリルか何かで抉られるような痛みだ。痛みに藻掻いて身じろぎしたかったが、歯ぎしりするのが精一杯。


「ぐう」と呻いて無理矢理目蓋をこじ開けてみれば、目の前に影があった。

 眉を潜め何とか目を凝らせば、誰かが自分の顔をのぞき込んでいるのだと分かった。


「深山さん、気が付きましたか」


 落ち着いた声だった。しかも聞き覚えがある。誰だったろうと考えて居る内に、徐々に目の焦点が合ってきた。


「天草、さん」


 細面の男前が覗き込んでいた。ほっと安堵した表情が在った。


「喋らない方がイイです。胸から背中にまで届く大穴が空いていたのですから」


 そう言われて自分がどうなっていたのか思い出した。確か、長剣を持った男を押し止めようと剣を投げた。そしてそれを弾き飛ばされて返り討ちにった。

 そのはず・・・・


 そうだ、彼女は。天草さんの娘さんの安否は?


「ミ、ミマちゃんは、何処です。無事ですか」


 一言話すごとに胸を裂くような痛みが走る。再び「話してはいけません」と押し止められるハメになった。


「無事です。傷一つありません。あなたが剣を投擲とうてきして隙を作ってくれたそうですね。でなければ危うかったと娘は話してくれました。わたしからもお礼を言わせて下さい」


 此処ここは自分の知り合いの病院で、心配することは何もないと言われた。


「お医者さまも、務めている方々も、色々と『分かっていらっしゃる』方ばかりなので」


 安心して良いですよなどと、そんなコトをおっしゃる。そして彼は簡単に経緯を説明し、俺の今の状態も丹念に語ってくれた。

 胸を背中まで刺し貫かれて生きて居るなんて普通では在り得ない。だが命を拾えたのは緑青剣が傷口を「溶接」してくれたお陰なのだという。


「あの魔剣は、主でなければ決してさやから抜くことが出来ません。自分が認めた者以外には鞘に張り付き固く口を閉ざすのです。

 今回はその力を使って深山さんの傷口を塞いでみせたのです。主を勝利に導くモノがその命を奪うなどと。そんなコト、決して在っては為りませんから」


 魔剣の矜持きょうじというヤツでしょう、と天草さんは言う。そんなコトも在るのかと、俺はただ聞き入ることしか出来なかった。


 件の長剣の主を退け(ミマちゃん一人でやってのけた事に大層驚いたが)、俺はミマちゃんと天草さんの手で此処に運び込まれた。

 そこで慎重に俺の胸から剣が抜かれたが、出血は驚くほどに少なく、しかも抜いている最中に塞がってゆき、もう傷口らしい傷口すら無いのだという。


 だがあと一センチもズレていたら心臓を切り裂いていたらしい。流石にそうなっていては為す術は無かったのだそうだ。

 緑青剣が意地になって出血を止めてくれたが、流石に臓器の修復は不可能。剣は所詮しょせん剣でしかなく、治癒専門の特殊アイテムではないからだ。


 緑青剣がやったのはあくまで応急処置。出血が無いだけで、それ以外がてんでダメらしい。細々とした治療や再手術は必須なのだかとか。


 なので俺は運び込まれたこの怪しい病院でしばらくの間骨休め、というか、入院することになったのである。

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