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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第四話 人鳥マンション
21/51

4-1 評価が一人歩きしている

 エントランスの前に引っ越し業者のトラックが停まっていた。


 コンテナ部分の側面に、バイオリンを弾くキリギリスの絵柄が描かれているヤツである。

 もっと働き者なイメージの生き物にすればいいのに、と思うのだが、きっとこの会社なりのポリシーなんだろう。深くツッコミはすまい。

 それにあの童話の原型では、キリギリスではなくてセミらしいし。


 いや、そんなコトはどうでも良い。俺はソレよりどうしたモノかと、マンションに踏み込むのを躊躇ためらって居る最中なのである。


「おや深山しんざんさん。こんな所でどうしました」


 声に振り返って見れば、柔和な顔で微笑んでいる小柄な中年男性が立って居た。一日の仕事を終えた後だろうに、折り目正しくスーツをピシリと着こなした姿は微塵もすきが無かった。


「あ、お帰りなさい伊勢さん。いやちょっと気に為ることが在りまして」


「あ、新しい入居者の方がいらっしゃったのですね」


「いや、ソレは良いんですけどアレを見て下さい」


 俺が指差した先には運送業者の後ろ姿が在る。

 そしてその帽子の後ろから、何やらキラキラと光るかなり大きめな金属の板がぶら下がっていた。しかもソコでせっせと荷下ろしをしている作業者全員が、皆同様に同じモノを付けているのだ。


 アクセサリーと言えば確かにそうとも見えた。でもその真下に背筋に沿ってズボンのお尻の辺りまで真っ直ぐに続くキラキラの継ぎ目は、どこをどう見ても・・・・


「着ぐるみのジッパーみたいですね」


「ですよね」


 ちょっと離れたこの距離でも目につく、あからさまな巨大ジッパーだった。見てくれと言わんばかりの堂々っぷりである。


「アレを下ろしたら、中に入って居る運送業者ではないナニかが出て来るかも知れない。アチラ側の方が素知らぬ顔で業者さんを演じているんじゃないか、そう勘ぐって居る訳ですか」


「そうなんですよ。俺たちに何もしないのなら放って置きますけれど、後ろからいきなり襲われるのも面白くないですし」


 アチラ側の何かなのかも知れない。そうじゃ無いのかも知れない。

 アレコレ怪しむのはタダの考え過ぎ。彼らは仲間内でブームな、ちょっと奇矯なアクセサリーを付けた普通の作業者なのかもだった。


 でもこのマンションのことだからな。やって来る連中は普通じゃないヤツラが多すぎる。

 今はこちらに目もくれていないが、油断したりちょっと注意をらした隙に後ろからガブリ、というのは決して考え過ぎじゃ無いと思う。


 エレベータは荷役に使っているみたいだし、連中と相乗りというのも不穏だ。あの狭い箱の中で何かをやられたらこうしようが無かった。


「もうあきめて潔く階段を使いましょうか」


 触らぬ神にたたりなし、七階までは骨だが安全策を採るとしよう。そう提案すると「確かめてみますか」とかたわらのサラリーマンは軽くほがらかに答えるのだ。


「は?」


 呆気に取られた俺を置き去りにして、伊勢さんはすいすいと彼らに歩み寄って行った。

 何食わぬ顔で「ご苦労様です」と軽く挨拶をすれば、作業者は戸惑ったようなような仕草の後に「どうも」と愛想笑いと会釈を返した。


「このマンションへの引っ越しですか。大荷物大変ですね。おや、髪の毛にゴミが付いてますよ」


 などと言ってかたわらに回り込んでジッパーのツマミを掴むと、そのまま一気に一番下まで下ろしたのである。


「あ」


 ジッパーを下ろされた作業者が声を上げた。


 段ボールを抱えていた作業者も、トラックの荷台に上がって荷を受け渡していた作業車も、みなほぼ同時に同じ声を上げた。

 ハモって硬直し、作業者全員が一時停止した動画みたいになっていた。


 そしてジッパーの奥の暗がりから、俺や伊勢さんを見返すいくつもの目が見えた。




「いきなり何をするんですか!」


 ジッパーを下ろされた作業者が喚いた。だがその声は口からではなく、ジッパーが開かれた暗がりの奥から聞こえて来たのだ。


「止めて下さい、お客さん」


「いえ、居住者の方」


「このマンションにお住まいの方ですよね?」


「作業の邪魔はしないで下さいっ」


 荷役していた他の作業者もわらわらと集まって来て、ジッパーを下ろされた作業者をかばうように、俺と伊勢さんの前に壁となって立ちはだかってみせた。

 人壁の向こう側からは「ソッチじゃないだろ」「ちゃんと引張れ」「モタモタすんな」と複数の声が聞こえていた。


 割とデカい作業者たちのスキマからは、黒いクチバシみたいなモノとかボートのオールみたいなモノとかがチラ見えた。


 どうやら必死になって下げられたジッパーを引き上げている最中らしい。

 姿はキチンと確認出来なかったが、ヒトではない小柄な何かが複数集まって、ヒトの着ぐるみでヒトのふりをして居る。それは見て取る事が出来た。


「大変そうですね。お手伝いしましょうか」


 シレっと助力を申し込む伊勢さんに、「いいえトンデモない」「ご厚意だけで結構です」「コレは我々の仕事ですから」などと、取りつくろうさまは必死だった。何があっても死守の悲壮さすら在った。


「ひょっとして、あなた方が新しくこのマンションに越してきた方なのでしょうか」


「イイエ違います」


まったもって勘違いです」


「事実無根です」


「善良で勤勉な極々普通の引っ越し業者です」


「我らは真っ当誠実、この怪しいマンションとは何の関係もありません」


「ほう、此処が怪しいとおっしゃる。それが分かるとはなかなかにお目が高い」


「我々は無害善良で勤勉実直ですから」


「下調べは入念ですから」


「でもご安心を」


「我らは怪しいモノではありません」


「ええ全く以てその通り」


「使われなくなった地下駐車場が冷凍庫として使われているなんて」


「ええ、全然まったく存じませんから」


「気付きもしませんから」


「こんな奇特なマンションが在っただなんて、小躍りして喜んだりしてませんから」


「ええ全く以てその通り」


「コッソリそこを活用してみようかな、なんて微塵も考えて居ませんから」


「ホントにほんとですから」


「我々は偽りなど申しませんから」


「人畜無害を地でいく者ですから」


「ええ全く以てその通り」


 作業者はみなそろってここぞとばかりに胸を張り、我々は善良誠実で清廉潔白な存在なのだと主張するのである。


 俺はそっと伊勢さんに耳打ちした。


「どう思います?」


「みるみる語るに落ちてますね。お間抜けというか根が正直というか。しかし悪意がある方々には見えません」


「そうですね、俺も同感です。放って置きますか」


「放って置きましょう。わたし達に実害が無ければソレで良しです」


 話が付いて、エレベータを使いたいと申し入れたら「どうぞ、どうぞ」と慇懃いんぎんなまでに腰を折り、満面の営業スマイルまで浮かべて見せた。

 そのまま二人(そろ)ってエレベータに乗って扉が閉まると、伊勢さんが話し掛けてきた。


「ジッパーを開けたとき、あなたから中身が見えましたか」


「いえ、暗くてよく分かりませんでした。いくつものビックリしたような目玉と目が合ったダケで」


「あの中には何匹かの小柄なペンギンが詰ってました。皆で協力して一人分の着ぐるみを動かして居るのでしょう。この陽気ではさぞや暑いでしょうに。あの口ぶりからすると普段も色々と苦労しているのでしょう」


「それであの地下駐車場に目を付けたと。成るほどねぇ」


「ペンギンが喋ることに驚かれないのですね」


「今更でしょう。此処ここに住んでいれば、世の中のビックリ現象全てが日常です。ヒトじゃないモノが喋るのなんて些細な事ですよ」


 そもそも自分の愛剣がソレなのだ。むしろ殺伐とした武器なんかより、人語を解する動物の方が余程に説得力あるんじゃなかろうか。


「確かに」


 伊勢さんはそう小さく笑むのだ。


「しかし立て続けに新しい入居者の方がいらっしゃいますね。先日もご家族が越して来たのですが、不動産屋さんに『此処には頼りになる剣士が居るので安心云々』と説明されたらしいです。それならば、というコトで決めたとか何とか。

 深山さんのことですよね」


「なんて余計なことを・・・・俺は自分のコトだけでイッパイイッパイですから」


「無理に不動産屋さんのセールストークに義理だてする必要もないでしょう。別に警備契約を結んでいる訳ではないのですから。そうですよね?」


勿論もちろんです」


「しかし、相応の実績を積み重ねた者は、周囲からは過度の期待をされてしまう事があります。それが自分や、大事なものを守ってくれるかも知れないとなれば尚更なおさら

 ソレに応えろというつもりはありません。ですが、そういった目で見られているのだというコトは、知っておいた方が良いでしょう。深山さんにとっては迷惑千万な話でしょうが」


 どう返事をしようかと口籠もっている内に五階に着いて、彼はそのまま「お先に」と降りた。エレベータの扉が閉まって独りになると小さな溜息が洩れた。

 俺の知らないところで俺の評価が一人歩きしている。やれやれという気分だった。

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