3-1 思いつく限りの悪口雑言
ふはははは、と狭い部屋の中で高らかな笑い声が響いていた。
遂に完成じゃ、と宣っても居た。
声が裏返ってゲホゲホとむせても居た。
だがおおむね歓喜の響きがあった。
白髪の多い、というか白地に黒い線が幾ばくか走っているという方が適当な頭部を振り回し、初老の男が己の仕事の出来具合に歓喜の雄叫びを上げている真っ最中だった。
このマンションは公共部分にも相応の防音も施されて居るのだが、何せ築年数が古く、近年の「階下や隣室への防音はカンペキです」のような、現代的プライバシーへの配慮にはほど遠かった。
故に過度の音源(この場合は素直に騒音)には相応に気遣わねばならないのだが、この男にそういった他者への配慮は皆無のようだ。
世界は自分を中心に回っていると、勘違いして居る類いの人種である。
「世界はわしを中心に回っているのだ」
嗚呼、自分で言ってしまった。自覚症状があれば病気は治りが早いと云うが、果たしてソレをこのご当人に当てはめて良いのかどうか。
「だと言うのに世の愚民どもはソレを微塵も理解しようとはせん。全く以て無知無能な有象無象どもだ。呆れ果ててげっぷも出んぞ。
しかしまぁ良い。ようやくこの忌々しい窮屈な世界から脱する事が出来るのだからな。矮小な者たちは矮小な箱庭の中で、取るに足らぬ矮小な人生を自画自賛して居るがよい」
偉大な者は偉大な世界で偉大な業績を為す。そして称えられる。それが世の理、此の世の真理。真実を解き明かす気概すら無い小物共がはびこるこの世界で、この英邁なる頭脳の持ち主が足踏みしてよいのか。
「否、である!」
故にこの身は新たなる栄光の地平を目指すべきなのである。わしは数多の平行宇宙の世界に於いて、かつてない程の叡智を宿した存在であるが故に。
そんな独りよがりな台詞を高い天井に向けて放って再び「ふははは」と笑い、そしてまたむせた。
むせ返って居住まいを正したほぼ完全な白髪頭の男の前には、奇っ怪な機械(ダジャレでは無い)がそびえ立っていた。
いやそもそも、コレを機械と呼んで良いのだろうか。
コンクリート打ちっぱなしのかなり広いこの空間の中央に在るのは、中型のトラックを二、三台積み上げたほどのサイズの物体だった。決して小さなモノは無かった。よく崩れ落ちたりせぬものだなと、感心するほどに絶妙なバランスで組上げられていて、少なくともその点だけは賞賛に値した。
表面には複雑に配管が交差し、入り乱れていた。
積み上げられたガラクタをオブジェと宣う、自己顕示欲強めで自称芸術家的な何者かが大酒呑んだ挙げ句クスリをキめ、ラリって組み立てたような曰く言い難い物体Xである。
ランプがそこかしこでピカピカと光っていた。規則性があるのかタダのデタラメなのか、アチコチにねじ込まれたメーター類がピクピクと小刻みに蠢いていた。モーターでも仕込んであるのか低く唸るような音も聞こえてくる。
少なくとも死んだ機械では無いらしい。実用性はと問われて返答するのは難しいが。
「旦那。自画自賛は良いですが、いい加減精算を済ませて頂きたいのですがね」
唐突に冷めた物言いがあって、ほぼ真っ白な頭の男は我に返って振り返った。視線の先には作業服の男が立っていた。
「む、おぬし何時からソコに居た」
「ご挨拶ですね。しばし待てとドアの外に待たせて小一時間。わたしを放って置いてなに珍妙なダンス踊って居るんです。何遍もノックしたんですよ」
「完成の余韻に浸っていたダケじゃ」
「それは結構ですが、あなたの指示に従ってコレを造り上げたのは、わたしとわたしに協力してくれた職人達なんですよ。対価が必要だと思いませんか。もう何ヶ月滞納しているんです。
わたしたちの会社はボランティアやってるんじゃないんです。流石にコレ以上となると、出るところに出ると、そういう話になってしまいますが」
「あ、いや、それは待ってくれ。来月、いや二週間後には必ず払うから」
「先月も先々月も、更にその前の月も同じこと言ってましたよね」
「いや、今度は本当じゃ。間違い無い。わしの探求者としての魂にかけて誓う」
「そんなモノなんの裏付けにもなりませんよ。本日はかかった材料費だけでもお支払いして頂かないと。でなければ、このデッカイ機械を差し押さえさせて頂きます」
「な!何の権利があって」
「権利なら在ります。この機械はあなたが依頼されあなたの手元に在りますが、まだ正式にあなた名義の製品ではないのです。現在コレは当社の製品で、代金が支払われないのなら完成品はお渡しできない。単純な話です。ご理解していらっしゃいますよね?」
「ふ、ふふん。それではおぬしも丸損ではないか。わし以外の何者がこの機械を買うと言うのかね。売り手の算段はついておるのか。コレの価値が分かるのはわししか居らぬ」
「解体してバラ売りすれば、相応に買い手は付くでしょう。結構凝った機構ですし良いパーツ、良い材料をふんだんに注ぎ込みました。商売柄ツテは結構あるのです。勿論投資した額には見合いませんが、回収出来る額がゼロよりはマシでしょう」
ほぼ完全な白髪頭の主は、ぐうと低く呻いたダケだった。そして渋々「現在コレだけなら用意出来る」と電卓を叩いて金額を表示させた。
「材料費の半分にも満たないではないですか。もうこれ以上は鼻血も出ない?仕方在りませんね、まぁ今月はコレで手を打ちましょう」
作業服の男は諦めたように吐息をついた
念の為にここで一筆書いて下さい。はい、そうそう。認め印ではダメです。チャンとした印鑑をお持ちで無い?でしたら拇印で。ああ、朱肉くらい持ってますよ。はい、確かに。一週間待って入金が無かったら裁判所より訴状が届く思いますので、ソコは覚悟しておいてくださいよ。
作業服の男は言うべき事を云い終えるとドアを開けて足早に出て行った。
残されたほぼ完全な白髪頭の主は、ドア向こうの足音が聞こえなくなると歯噛みする。「ふざけるな守銭奴」と吠えた。
そして珍妙なリズムのタップダンス(恐らくは地団駄)を踏みながら、閉ざされたコンクリート製の虚空に思いつく限りの悪口雑言をわめき立てるのであった。




