小学生時代前編
小学生時代も人は嫌いだった、瀬奈一人を除いて。瀬奈という人間は自分と違ってすぐに足が動かなくなり、恐らく自分より不幸だったと断定し、励ました。励まし方は分からなかった。
瀬奈の為に生きた、痕跡を隠す為に学校中にも抜け出した。いじめや無視は生徒だけでなく教師もしていた為問題なかった。
学校では作文や感想文で市や県の賞をとったが自分の手の震えで字は書けない、右手はすぐに壊れて左にしたが慣れなかった。字が汚いから佳作までだそうだ。先ず識字障害で何も見えないのだが。
勉強は瀬奈がいない限り続けた。小学生終わりの頃には高校生までの世界史・日本史、数学は苦手だったが作図や平方完成に関数も扱い、英語は読めなかった。本を一日十冊読む習慣もここから始まった。
トップにはなれなかった、もっと上がいた。一人だけ、唯一抜きん出た奴は常に凌駕していた。だが、嫌いではないし尊敬していた。
まだ、羨ましいとも思えなかった頃だ。
友人が着々と増えた、しかし、その中で自分の出自を哀れに思われ、それを知る度に別の事実が判明した。
音楽業界でなくてもなんでも、欧米にアジア人差別が存在しない業界は無い。その中でバブル真っ只中で母親は留学し、恨みを買って大会も妨害され続け、結果歪んだ。
それを指示したり、スポンサーだったりする人物の子供達。それが自分の友人であった。
自分は恨まなかった、恨む事を知らなかった。
何より、瀬奈が居たから考える必要が無かった。瀬奈のおかげで自信がついて、目立つ様になって、そして、出る杭は打たれた。
学芸会は配役を決めてからオーディションをするらしい。オーディションよりも先の日時にその文書があったのを自分はゴミ箱から掘り出し、今でも持っている。
事件の冤罪も何度かあった、謝れと圧を掛けられ、被害者が違うと言っても殴られて下げさせられた。
脳が致命的に劣化した、それを自覚するのはまだまだ遠い話だった。手が震えたり、身体がやたら傾くのも分からなかった。
ジルヴィスターと出会った、彼は財布を落として困っていたらしい。だが自分は字が読めず金も持った事がなく、紙の大きさで判断出来ると知ったのは更に後だった。結局人生で小遣いどころか、お年玉というものの存在すら知らなかった。貰ったのは祖母の遺産として数万円があった、高校の受検費用と交通費はそれで賄えた。
写真だけは分かったので、すぐに思い出せた。字が読めず覚える事が出来なかった自分にはかなり見つけ易かった。
自分はマックのハッピーセットが羨ましかった。あのサンプルの入れてある看板は、いつまでも憧れだった。
ジルヴィスターは奢ってくれた、読めた訳ではないが、ホットケーキにコーンとミルク、どれも甘くて初めて食事を実感した。食事は美味いものなのかと。
以後、監視は強まり抜け出す事は厳しくなったが、学校でもいじめや教師からの無視により、逆に抜け出し易くなり、瀬奈と一緒の時間が増やせる結果になった。
文章を書き始めて、やっと平均を超えた。作文に読書感想文は県の佳作に入った。しかし市の賞は優秀賞から佳作に変更。識字障害と手の震えが残る中、字が汚いと言われた。無理なのだ、字は丁寧にも綺麗にもならない。その為には、正しく生きれる環境を作って欲しかった。
一日十冊本を読み、知識を増やし、少し前までは復讐譚を読み耽り「どうしたら自分の周りにいる人間を落とせるか」「どうしたら自分の周囲から人間を一掃出来るか」という話を重ねていたが、どれも半端で微妙だった。上がった事のない人生で、実現可能性は最初から否定、出来るだけ自分と共に砕け散らせ、落として殺したかった。
しかし、瀬奈以降は違った。瀬奈が楽しめる本を探した。復讐の熱は落ち、やがて気楽になった。
そして、何よりも嬉しい事があった。母親が自分を見捨てたのだ。新たに子を宿し、妹が産まれ、女を希望していた上に障害も無かった。だから、自分は家ごと捨てられた。
あと、自分のいじめを隠蔽した教師は心不全で死に、いじめの関係者は教師と揉め器物破損からの転校、他は海外出張でほぼスラムの場所に留学するとか、奇妙な位に一掃された。
在るべき形に戻って以降は爽快だった。
自分は努力を自分に費やした。
そして、その結果は、嫉妬と反感でより疎まれ、努力のし過ぎで体を壊した。1日20時間の努力は子供には身に余るものだったし、瀬奈に会いに行くのは自転車で片道三十分。
一日寝るのは僅かで、不調に苛まれる結果になった。
そこである出会いがあった、シャロの兄である。病弱ですぐに死んでしまったが、彼から学んだ事は多く、病弱な場合の身のこなし、特に、寝る事と寝る姿勢の重要性。
瀬奈のベッドの中で、自分は彼女に寄り添われながら話した。瀬奈は暖かかったし、爽やかなみずみずしさもあった。
初めて、他人の暖かさを知った。