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9.悪女、役に徹する

あの後、私達はギリギリに教室に到着した。二人で教室に入ったものだから、何かあったのかとヒソヒソ話しているのがところどころから聞こえてきた。違うのよ、私たちの間には何もないわ、とレオン様の名誉のために言いたかったけれど、悪役令嬢としては都合が良いのでそのままにしておいた。


レオン様は抗議するだろうな、と思っていたけど何故か黙ったままで、特に気にしていないようだった。レオン様が良いなら私も良いけれど...彼は嫌じゃないのかしら?厄介者の私と良い仲だ、なんて言われて不憫に思う。確かにヴィオラはとっても美人で、ある程度の欠点は補えそうな容姿だけれども、彼女の悪行は許容点を超えている。美貌では補えないくらいになってしまった。



「...これ(勉強)も、欠点の一つね。」



魔法学の授業が始まってから、机に入りっぱなしだった教科書を開いて何か分かるものはないかパラパラと見てみたけど、残念ながらさっぱり分からなかった。異世界転生と言えば、で有名なチートが私にはなさそうである。授業を聞いてみてもさっぱり分からず、どうやら自主学習が必要なようだ。



「では、授業はここまで。皆さん、次の授業の準備を始めるように。」



予鈴が鳴ってすぐに、先生は教室を出て行ってしまった。...あれは、多分定時で仕事から帰るタイプだわ。























あっという間に1日の課程が終わり、帰宅する時間になった。ヴィオラ付き侍女に聞いたところ、彼女は授業を真面目に受けず、レオン様を見つめるか居眠りをして過ごしていたらしい。....そんなだから、教科書を見てもさっぱりなのね。


1日を通して5教科ほど授業を受けたけど、どれもこれも1ページ目から分からず、”一年生で良かった”とつくづく思うのだった。これでもし本編がスタートする二年生で憑依していたら、落第生になるところだった。強制力もあるだろうから留年なんかにはならないだろうけど、中高と良い成績を維持していた私にもプライドがある。まだまだ取り返せるはずだ。



「図書館に行って、勉強しようかしら。」



椅子から立ち上がり、歩みを進めようとしてピタッと止まる。...そう言えば、私校内のこと全然知らないんだったわ。



「――仕方ないわね。」



帰るしかないわ、と諦めかけたその時。



「何が、仕方ないんだ?」



「図書館の行き方が分からないから、諦めましょう、ということよ。….って、誰!?」



友人のように話しかけてくるので、ペラペラと事情を話してしまった。すっかり騙された気分で、一体誰が話しかけてきたのだ、と睨みをきかせると、そこに居たのは……うーん、誰かしら?


黒い髪に黒い瞳で、身長が高くガタイの良い美男子。まるで日本人みたいね!と思うが、この世界は別の世界だからそんな事はないし…それにこんなにイケメンなんだから、メインキャラクターではありそうなのよね。ただ小説の記述だけじゃ、乙女ゲームのようにビジュアルがないので分からないのだ。



「おいおい、忘れたのかよ。俺だよ、俺。」


「オレオレ詐欺?そんなのには騙されないわよ、この詐欺師!」


「いやいや、俺は詐欺なんてしてねぇぞ!

…しっかし、記憶喪失なのは本当みてぇだな。俺のこと、本当に覚えてないのか?」


「ごめんなさい。全く。」


「そうかー、俺たち結構仲がいいと思ってたんだけどなぁ、忘れちまったならしょうがない。じゃ、まずは挨拶からだな。俺はカルロ・ダラソン。一応公爵家嫡男なんだが、そんな柄じゃなくてな。お前とはな仲が良かったと思う。」



カルロ・ダラソンですって!?まさかとは思ったけど、やっぱりメインキャラクターなのね。そういえば、彼の実家ダラソン公爵家は代々近衛騎士団長の家系よね。体格が良いのも納得の理由だわ。――私と仲が良かった、というのは少し疑問だけど。



「やだ、カルロ様ったら。ヴィオラ様とあんなに取っ組み合いをしていたのに仲がいいだなんて、お戯れが過ぎますわ。」



「そうですわ、ヴィオラ様より、私達と仲良くしましょう?」



この世界でも、日本と同じような学生がいることに驚くとともに、彼女たちの行動力が凄いと感じる。気になる相手にこんなにアタックできるなんて。私は男性とお付き合いしたこともなければ、恋愛とも無縁だったし、正直この世界でもちゃんと結婚できるか不安なのだ。公爵家長女ともなれば、流石に結婚は免れないだろうし、下手したら政略結婚なんてあり得るかもしれない。


日本人としての感覚があるから、市政で平民として過ごすのも構わないけれど、家格を大事にする我が家の縛りがあるだろう。――お父様が許してくれるとも思えないし。



「なるほど、カルロ様、おモテになるのですね。私はお邪魔なようですし、失礼しますわ。」



「お、おい、ちょっと...」



「カルロ様、ヴィオラ様もこう仰っていますし、一緒にお茶でもしましょう。最近できたカフェがありますの。」



グイグイですわねー、と邪魔者はさっさと退散する。


しかし、公爵家嫡男も女の子に囲まれたら持ち前の武力なんてあって無いようなものになってしまうのね。彼女たちのハイエナのごとき目も怖いし。確かに家柄良し、顔良し、体良し、将来性良し、の優良物件が同じ空間にいたら、ワンチャンでも良いから狙いたくなるのも納得だ。


まぁ、私はレオン様一択だけど。なんて謎の誇りを抱えて、勢いで出てきてしまった教室からてくてく歩いてみる。土地は無限ではないし、いつか歩いていたら着くでしょう。それに歩いているうちに学校の構造が分かるかもしれない。


誰かの横を通るたびに、私の行動を観察されている気がする。今度は何をやらかすつもりだ、って。朝のあの子のように、誰もが好意的じゃないのは分かっていた。だって、”帝国一の悪女”ですから。良くこんなあだ名を思いついたわね、ぴったりよ。



「あ、あの......」


「――あら、朝の子じゃない!まだ何か用事?」


「いえ、あの...す、少し人の視線が多いので、場所を移動しませんか?」


「ああ...ごめんなさいね、私のせいで。」


「い、いえ。私こそ、人の視線が怖くて...すみません。」



何だ何だと好奇の視線を浴びているせいで、彼女を委縮させてしまったようだ。私の悪行を見たのにも関わらず、好意を持ってくれている優しい子。もし私が悪役令嬢じゃ無かったら、友人になりたかった。


人ごみを避けて、逃げるように空き教室まで移動する。ここなら大丈夫?と聞くと、はい、ありがとうございます、とはにかんだ笑顔で答えてくれる。か、可愛い。



「それで、どうしたの?」


「す、すみません、特に用事があったのではなくて...ヴィオラ様、お一人で同じ場所を行ったり来たりしていらっしゃったので、迷子なのではと思って。」


「そんな事で、話しかけてくれたのね。」


「すみません、小さなことですよね。ヴィオラ様の貴重なお時間を奪ってしまいました。」


「ああ、そういう事ではなくて。私は、ほら...嫌われ者でしょう?なんせ、稀代の悪女なんだから。さっきの視線で分かるように、何をするにも、何をやらかすのかって目で見られるのよ。心配してくれるのなんて、貴女くらい。だから驚いただけよ。」


「そ、そんな事...。」


「良いのよ、気を遣わないで。私自身も、分かっているのよ。」


「で、でも皆、分かって無いんです。お話してみたら、こんなに素敵な方なのに...。」


「ふふ、素敵?そんな風に思ってくれるのね。だけどごめんなさい、私は貴女が思うような人間じゃないのよ。誰かが付けたあだ名、”帝国一の悪女”って私のことをそのまま表しているの。私は人を虐めることが楽しいのよ。」



そう言って私は、ニヤリと笑った。素敵な方なんて言われて、嬉しかった。でも私にその言葉は相応しくない。悪役令嬢は、素敵だなんて言われてはいけないの。どれだけ辛くても、レオン様の幸せのために、私は悪役をやりきる。


もしかしたら、友人になっていたかもしれない彼女。名前も分からないけど、私を始めて褒めてくれた彼女のことは覚えておこうと思う。



「...さぁ、もうそろそろ話は終わりにしましょう。私と一緒にいると外聞が悪いから...ではなくて、私の気分が悪くなるの。」



なかなか悪女になりきるのも難しいわ、と教室の外へ出ようとすると、教室の前に人だかりができていた。多分、彼女を私が虐めていると思ってついてきたのだ。



「貴方たち、そこで何をしているの?」


「ふぃ、フィオナを虐めないでください!」


「ちょ、ちょっとみんな?」


「フィオナと空き教室に二人で入っていったと聞いて、耳をすませていたんです。小さくて声が聞こえなかったんですが...最後に、貴女といると気分が悪くなるわ、っておっしゃいましたよね。」


ただの野次ではなく、彼女...フィオナの友人が駆け付けたらしい。あんなに優しい子だから、友人が多いのも当然だ。それに彼らは、私が怖いはずなのに友人のために動ける素晴らしい人たち。家を取り潰すぞ、って私が脅すことは予想できるだろうに、フィオナのために声を上げている。


「そ、それに私見ました!朝、二人が教室の前で話し込んでいるのを。フィオナが悪いことをするはずがありません、私たちが保証します。何か、気に障ることを彼女がしたのなら、私たちも一緒に償いますから、どうか、フィオナを虐めないでください!」


「ねぇ、私は虐められてなんて....」


「ほほほ、どうやら貴方達も彼女の道連れになりたいようね?虐めただなんて、とんでもない。そこのフィオナ嬢は、不躾にも私のレオン様に声をおかけになったの。ほら、私がレオン様を愛しているのは皆さんご存じでしょう?それで、どうやってフィオナ様を懲らしめてやろう、と思いましたの。」


「え、ヴィオラ様?」


「私は考えたわ、私の大事な人を通じて私を苦しめたのだから、フィオナ様の大事な人を通じてフィオナ様を苦しめましょう、って。そうしたら彼女、貴方達には手を出さないでって泣いて懇願してきましたの。もう、その絶望する顔が面白くて面白くて...あれだけ頼まれたのだから、皆様分の痛みを彼女に与えなきゃって、ね。それからは貴方たちの想像通りよ。」



彼らの顔が蒼白になったのを見て、即興で作ったシナリオが上手くいったことが分かった。フィオナ様は、一体何を言っているんだと呆然としている。フィオナ様、お願いですから事実は違うだなんて言わないで。私の完璧なシナリオで、悪女としてのイメージを定着させるには絶好の機会なのよ。


「まぁ、貴方達の友達ごっこを目の前で見せられて興が覚めましたわ。フィオナ様は特別に許します。今後、私のレオン様の視界には入らないでちょうだいね。」


吐き捨てるように言って、颯爽と廊下を歩き出す。階段の辺りで立ち止まる。――大体これで、大丈夫かしら。フィオナ様を混乱させてしまったのは申し訳ないけど、良い機会だったわ。虚言癖があるのだとでも思ってくれれば、私に近づいてはこないでしょう。


ぐっと拳を握って、ガッツボーズをする。...と、壁際に誰かがいるのが見えた。



「......どうして、あんな事をする。」


「まぁ、見ていらっしゃったのですね。理由なんて簡単です、貴女を愛しているからですわ。」


「...熱烈だな。だがそんな貴女には申し訳ないが、私は貴女が嫌いだ。」



吐き捨てるように言って、レオン様は足早にその場を去っていった。


面と向かって嫌いと言うなんて、相当私の行動が頭にきたみたいだ。――そう、これは私が望んだこと。嫌われて、軽蔑されて、ヒロインと確実に結ばれる未来を作る。そのために私は頑張る。


でも、それでも”嫌い”と言われて傷ついている自分がいる。望んでしているわけじゃないの、本当は違うのよ、と言いたかった。嫌いになんてなって欲しくない。


フィオナ様とも仲良くなりたかった。そんな彼女ももう私と話すことはないだろう。


分かってはいるけど。――涙は、止まらなかった。



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