3.疲れたのなら、休むとしよう
「あれ…私、死ねなかったのかな…」
ヨレたスーツを身につけるサラリーマンは暗がりにいた。
そこは冷たくスーツだけでは心許ない。
サラリーマンは手足を確認してみたが、驚くことに外傷はなかった。
自殺失敗と判断した彼はどうしたものかと考える。
「もう一度やってみるか…?でもここで出来るかな…何処か高いところ、いや、縄でも…」
「おやおや、何かお探しかな!」
自身のこれからを考えていたサラリーマンに、声をかける存在がいた。
ダンジョンに住まう男、自称ダンジョンマスターだ。
「ズバリ当ててやろう!探しているのはダンジョンだ!そうだな!?」
「い、いや。そうじゃないかな…」
「またまたぁ!お探しの物はこちらです。さぁ行かんダンジョンへ!」
「ぐ、グイグイくるなこの子…!?」
強引にサラリーマンの腕を引っ張るダンジョンマスター。
「この子ではない!ダンジョンマスターだ!」
「ダ、ダンジョンマスター!?それじゃあ私は係長かな…。」
「うむ。よろしくな係長!」
ダンジョンマスターにつられて役職を名乗ったサラリーマン、係長はやや息をあげながらも男に引きづられていた。
「よし、係長着いたぞ!」
そう言ったダンジョンマスターは、係長に一面花畑の空間を見せた。
夢のような空間は、訪れる者すべてに安息を与えてくれるだろう。
「ダンジョンマスター、ここは一体…?」
「説明しよう!このダンジョンは訪れた人間のあらゆる傷を治し、全ての疲れを吹き飛ばす!以上!ということで眠るぞ!」
「え、えぇ…。」
付近の花にダイブしたダンジョンマスターに、係長は引き気味になる。
いきなり眠るといっても、見知らぬ場所ですぐに眠れるとは思えない。
と、思っていた係長だったが、不思議なことに眠気は突然やって来た。
「ダンジョンマスター、一体、何が起こって…ってもう眠ってる…」
説明を求めようとしたものの、肝心の男はいびきをかいて我先にと眠っている。
係長はそのまま、抗うことのできない睡魔に手引きされて眠りにつくのだった。
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「はっ!私、眠ってしまった!?」
眠りについてから随分経った後、係長は目を覚ました。
彼の眠りは穏やかで、悪夢なんてこれっぽっちも見なかった。
「おはよう係長!目が覚めたなら次は海に行くぞ!」
「え、海…?で、でも…」
「この場所は悪いところじゃないのは分かっただろう?心配はない!行くぞ!」
確かに男の言う通り、この場所へ来てから心が軽くなるのを感じる。
優しさを醸し出す花のおかげか、雲一つない青空のおかげか、分からないが。
しかし心が軽くなるからこそ、サラリーマンは考えてしまう。
家族や部下を放っておいて、自分だけこんな場所へいる訳にはいかないと。それは我儘な人間の行いなのだから。
その考えも、強引なダンジョンマスターによって薄められていく。
気が付けば潮の香りがする浜辺に着いていた。
「着いたぞ海に!さぁかけっこだ!キャッキャウフフとな!」
「え、えぇ…古いドラマとかでは浜辺の追いかけっこって見るけど私達、男同士だよ…?」
「御託はいい!靴と靴下を脱げ!行くぞ係長!追いかけるから俺に捕まるなよ!」
足元の準備を終えた係長にダンジョンマスターが襲いかかる。
というか、浜辺の追いかけっことやらは本気で走りはしない気がする。
若い頃より弱まった足腰を駆使しながら、係長はそう思わずにはいられなかった。
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「どうだここの水は?」
「うん。美味しいよ。」
浜辺での追いかけっこを終えた2人は川で水分補給をしている。
すくった水は綺麗な透明で、全て見透しているようだった。
「そう言えば、どうして自殺しようとしたんだ?」
「えっ。………恥ずかしい話だけどね、私、家でも会社でも疲れたんだ…。分かってるよ、突然死ぬなんて勝手な奴だって…。でも疲れたんだ…。」
「疲れた、か。ここに居ても未だそうなのか…?」
「ううん。不思議とここに居たら疲れはないよ。でもずっとここに居るわけにもいかないし、だからといって元の生活には戻りたくないんだ…。」
そう言って川を眺める係長は、ようやく気づく。
水面には何故か己の姿が映っていないのだ。いや、自身のみではなくダンジョンマスターの姿もだ。
「成る程。それじゃあついてくるといい。永遠の安息の地に連れて行こう。」
係長は拒まない。ダンジョンマスターと自称する男にただひたすらついて行く。
2人のいた花畑を通り過ぎ、暗がりをしばらく進むと扉があった。
そこに門番と思しき2つの人影が存在する。鎧をまとった人影は係長達を視認して、背筋を伸ばす。
「係長、あの鎧について行くんだ。きっと望みの場所に案内してくれる。」
「…………ありがとう。……君はここがダンジョンって言ったけど本当は違うんでしょう?」
自称ダンジョンマスターは少し驚いた後、真実を口にする。
「まぁな。ここは生と死の狭間だ。死にかけた人間は皆、この地へ来る。そして選択するんだ。戻るか留まるかを。」
「………そっか……。ありがとうダンジョンマスター。それじゃあ。」
「あぁ、係長。達者でな。」
係長は男へ、控えめに手を振る。死を選んだのは係長の選択だ。
それを自称ダンジョンマスターが口出しすることはない。
彼は別段、善意でここにいる訳ではないのだから。
鎧の人影に連れて行かれたのを見届け、自称ダンジョンマスターは来た道を戻る。
彼は今日も今日とてこの地で迷える人間を待つのだった。




