2.バンジージャンプだ、行ってみよう
「ここ…どこぉ…?」
少年は見知らぬ暗がりの中にいた。冷たく孤独を強要するこの場所。
いつもなら涙を浮かべて、誰かを探しに行くのかもしれない。だが少年はそうしなかった。
彼は何もしない。どこにも行かない。ただ、ここにうずくまる。例えこのまま飢えて死ぬとしても。
むしろそれは彼にとって好都合だ。
そこに、人影がやって来た。
「むっ!暇なのか!?暇なんだな少年!することがないならダンジョン!ダンジョンへ行こう!」
何を隠そうダンジョンマスターを名乗る男が、これまた愉快にやって来る。
「……やだ。僕、もう何もしたくない。何処にも行きたくないよ。このまま死ぬんだ。」
「そうかそうか。それじゃあ仕方ない。よいしょっと。」
しゃがんで少年と目を合わせていたダンジョンマスター。
彼はうんうん頷いて、少年を持ち上げて肩車のようにした。
「ちょ、ちょっと!なにするの!?お兄さん!」
「ダンジョンマスターだ!」
「そんなことどうでもいいよ!離して!誘拐になっちゃうからね!」
バタバタ身動きを取る少年だが、意外にも力の強いダンジョンマスターはそれを抑えつける。
「問題ない!ダンジョン内は無法だ!」
「何それ!?ていうかダンジョンって!?」
「ダンジョンはダンジョンだ!さぁ行くぞ!」
少年を自らのペースに巻き込んだ男は、狭い道なりをすいすいと進んでいく。
しばらく歩くと暖かい風が2人の頬を撫でる。それはまるで彼らを歓迎してるかと思うほど優しかった。
「よし!到着だ!」
目的地に着いた男は少年を降ろす。2人のたどり着いた場所は断崖絶壁。
彼らのいる所さ険しい崖であり、下を覗き込んでも底は見えそうにない。
「えぇ…こ、ここで何するの…?」
「説明しよう!このダンジョンは下に行けば行くほど美味い果実がなっている!俺達はそれを入手すべく、この紐を腰に巻いて思いっきり下へ飛ぶ!つまりバンジージャンプだ!」
「俺達って…僕は、やだよ。やるならお兄さん一人でやって…。」
「お兄さんではなく、ダンジョンマスターだ少年!」
「…………とにかく、僕はやらないよ。怖いもん…」
臆病な自分には出来っこない。そう思った少年は、バンジージャンプをやる気にはなれなかった。
いつだって怖いものからは逃げてきた。理由のわからない場所へ来たのも、帰りたくないのも、怖いものから逃げたいからだ。
「ふーむ。残念残念。ならば俺だけでもバンジーにしゃれ込むとするか!」
行かないと言った少年の言葉を受け止めた男。持参した紐を腰に巻き付け、付近の岩へも重石として巻いておく。
「紐は置いておくからな!やりたくなったらいつでもウェルカムだ少年!それではお先に!」
男は親指をサムズアップ。そしてそのまま重力に従って、下に落ちていった。
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「えっ。だ、大丈夫!?」
順調に落ちたかと思われたが、そうではないらしい。
断末魔が聞こえた後、少年のいる空間には静寂が訪れた。
「え、え。どうしたんだろ…。返事も、ないし…。」
もしかして降りる途中で頭を岩肌で傷つけでもしたのか。
それとも未知のモンスターにでも襲われたのか。
いずれも予想の域を超えず、いくら心配しようとも実際の男の様子は分からなかった。
「…………これ、腰に巻くんだよね………。」
残された少年は思った。どうせ死ぬなら最後は何かに立ち向かいたいな、と。
見様見真似で腰と重石ように紐を巻き付けた少年は飛んだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
なんとも言えぬ浮遊感が少年の小さな体を襲う。
初めての感覚に驚きはしたが、これは案外悪くないかもしれない。
そう思いながら落下した少年は、男を発見する。彼は紐が伸び切った高さにある足場で呑気に座っていた。
「な、何してるの…?」
「…?何って食事だ。言っただろう?美味い果物が取れると。」
「………それじゃあ返事をしてくれなかったのは…」
「食事中に大声を出すわけないだろう!マナーがなってないぞ!」
「僕、心配してたのに……。」
心配は不要だったようだ。少年は果物を口に放り込む男を見てそう思った。
男、ダンジョンマスターは宙吊りになっている少年を降ろし、持っていた果物を渡す。
「お待ちかねの物だ!目一杯食べるといい!」
「……うん。頂きます。」
男が渡してきたのは緑がかったイチゴのような果物だった。
普通のイチゴであれば熟していないと判断されるはずだが、何故か少年は美味しく感じた。
「そういえば、何故死にたかったんだ?」
「………僕、お兄ちゃんが怖くて……嫌なことも嫌だっていえなくて……嫌われたくもないし……こう言うの臆病者って言うんだよね…」
「臆病?だがこうして崖の下に飛び出しただろう?」
「それは、どうせ死ぬならいいかなって思って…」
「なら家でも同じように考えればいい!そうすれば自ずと勇気も湧いてくる!」
あっけからんとした男の物言いに少年は目を見開く。
無責任で単純な考えではあるが、それは間違いなく少年の心に勇気のようなものを与えてた。
「……ねぇ、僕、帰りたいんだけど、出来るかな…?」
「あぁ!もひろん!ふいてこい!」
「た、食べ終わってからで良いよ…」
果物をたらふく腹に詰めた男は少年を案内する。
向かう先は足場につながっていた穴だ。そこを通り、しばらく歩くと扉があった。
「あのね、お兄さん。果物、美味しかった。ありがとう。」
「そうか!感謝ならダンジョンにするんだな!」
「う、うん。えと、ダンジョンさんありがとうございます。」
「それでよし!」
少年の言葉に満足気な男。腕を組む彼の前で、少年は扉を開いて振り向く。
「お兄さん、それじゃあね!」
勇敢に扉の先へ進む少年は、いつの間にか男の視界からは居なくなっていた。
「さて、腹は満たされたし少し眠るか!」
少年との別れから切り替えたダンジョンマスターはその場で大の字になる。
この男はこうして、今日も大好きなダンジョンに住み着くのだった。




