オートな先輩
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
勝手に、あらゆることをやってくれる。
オートメーション化というのは、人類の求めに応じたある意味理想の効率化といえるのではないか、とは友達が話していましたが、先輩はいかがお考えです?
私としては、融通がきかないのがなんとも怖いところだと思います。個々人の事情とか、機械が考慮してくれるのはまだまだ先のことと考えているんで。
心情、事情を無視して空気読まないことをやり、大損害をもたらすんじゃないかと思っているんです。人間の柔軟さに追いつくのは、まだまだ先のことだろうな、と。
ああ、とことんディスりたいわけじゃないですよ。
融通がきかないということは、ややもすれば見逃しがちなところも、容赦なく突き詰めるわけですから。
私たちには見えない、分からないことでも、機械たちには見えているし、分かっている……ね、これもまた怖いところと思いませんか?
私も少し前に体験した妙なことがありましてね。そのときのこと、聞いてみません?
あれは夕方のバイトシフトに入っていたときでしたか。
私、たまたま受付メインの業務をしていたんです。ま、あくまで窓口の役割に終始しているんで、ちょっとでも詳しい話はお勤めの別の人に取り次ぐんですけどね。
ですので、私はせいぜいやってきた人がどこのどんな人なのかを、正確に伝えられればいいんです。あとは愛想よくニコニコお出迎えですか。たまにはパンフレットの整理とかも頼まれますが。
で、その日の勤務時間終了も近づくころ。
終わり際って、つい時計を気にしちゃうんですよね。私は残業とか絶対にNOな人間なので、ちょうどになったら即撤退してやろうと、受付デスク下の書類たちをごそごそやっていたんです。
そこへふと、自動ドアが開く気配が。
コンビニではないのですが、私の働いているところですとお客様がいらしたときは、必ず「いらっしゃいませ」といえというおおせがありまして。
いわく、誰かがやってきたときには、ちくいち反応することが大切だと。
仕事場にいる皆へ来客を周知できるし、こそこそ入ろうとする不届き者がいても、声を掛けることによって「お前に気づいているぜ」という注意を喚起できる。
それが防犯の一歩なのだと。
「いらっしゃいませ~」
ありったけの元気を集めて挨拶したのだけど、その目がとらえたのは盛大に開いた自動ドアと、外の景色だけ。
誰がやってきたか分からない。もしかして見逃した? とあちらこちらへ目をやるけれど、判断がつくはずがない。
時間は刻一刻と迫るけれども、落ち着きはしませんね~。私、自分のしたミスはけっこう引きずるタイプなんです。先輩だってご存じでしょう?
何事もそつなくこなして、落ち度がない存在として認識してもらいたい。ある意味、それは機械のようかもしれませんね。
結局、先ほどのドアを開けた御仁の正体は分からないまま。勤務時間は終わりを迎えます。
ささっと着替えを済ませ、「お疲れ様です~」と声をかけながら外へ出ようとしたんですね。例の自動ドアからですよ。
しかし、反応してくれません。近寄っても、ドアはこそりとも動かなかったんです。
いや、いくら小柄な方だからって、ここまでのことは一度もなかったんですよ? なめられている感じがしません?
どんどん、とその場でジャンプしてみても同じです。不動の構え。
ドア上の認識ランプは赤く点灯しています。確かに私はここにいるのに。
いっそのことスイッチを切って、外へ出てやろうか……そんな心地さえしてきたとき。
「お辞儀をしてみてはどうかな?」
先ほど挨拶をした、私の直接の上司というかリーダーに当たる人でした。
リーダーいわく、確かめたいことがあるとのことでして。私はドアに向かって最敬礼をすることになったんです。
奇妙でしたよ。ドアからは人ひとり分ほど距離をとっているし、頭をたっぷり下げたからといって、触れる余地はないんです。
それが頭を下げきったところで、強く押し出されるような気配を感じたんです。
両肩のあたりですね。ただのコリなんかと一緒にするのもはばかられる強さで、気を抜いたならば、頭を下げたまま後ずさってしまいそうでした。
「……分かった、いいよ」とリーダーにいわれて、顔をあげた私が見たのは、自動ドアのガラスにべったりついた、二つの手形だったんです。
いずれも、指や手のひらに当たるところから、茶色い泥水のようなものを垂らしていく。いかにもフレッシュといったところでしょうか。
リーダーに、誰もいないのに自動ドアが開いたことがないかと問われ、先ほどのことを伝えると「またあったんだな」とひとこと。
私はそのまま、このお店の事務室の神棚下まで連れてこられます。
「私も当初は信じがたかったんだが、ここの神様は外出が好きらしくてね。ふとした拍子に出て行って、また戻ってくるのさ。
君が見たのは戻ってくる時だったのだろうが、君がちょうど出ていく気配を見せたから、また出ていけると期待をもってくっついてしまったんだろう。それを自動ドアが敏感に反応して『もう出ちゃいけませんよ』と注意したところか」
リーダーは神棚の傍らにさしてある、榊の枝をとると私の両肩をぽんぽんと、なでていきます。
その後、神棚へ手を合わせたのち、榊の枝を戻して「これで大丈夫」とのこと。
再び赴いた自動ドアは、あっさりと私の帰る道を開けてくれましたよ。
自動ドアも私にとっては、ものすごい先輩だったんですね。