その5 生徒会と研究員
その5 生徒会と研究員
信じられない。信じられない。信じられない!
生徒会!
聞いたことはあるわ。そりゃ、数世紀前には中学高等で当たり前にあった制度だって。
でも、“学院”は研究機関。いわゆる学校ではない。“生徒”というよりも、研究候補生と研究員の2タイプしかいない。特定の企業や地域、国の利益ではなく、人類公共の利益を追求するため、中央政府が設立した施設だ。義務教育、大学を経て入ることが出来る。全宇宙含めても、30程しかないこの機関に入れるのは、文字通り、エリート中のエリート。トップクラスの頭脳を持っている精鋭の人物だけ。
セリカがいたコロニーの学院は、その30の学院の中でも指折りの名門だ。研究員、研究内容、コンディション、食事、スケジュール、全てに渡ってコンピューターでの管理が行き届いている。研究員は、万全のバックアップ態勢の下、好きなだけ自分の研究に打ち込むことが出来る。
それなのに、ここ、k-ingポイントにある学院(通称キングダム)は、管理は全て生徒会が行うとの事。さっき紹介された面子は、生徒会のメンバーだそうで、どう見てもセリカと年もそう変わらないだろう。そして、ここでは研究候補生や研究生ではなく、生徒というのだ。そして、この設備・・・
セリカは、深い深いため息を付いた。
何度目か知れない、後悔のため息だ。
研究員の質も、設備の質も悪いんじゃ・・・人も集まるわけないわよね。
企業の利益から離れた研究機関とは言え、政府からの助成金だけでは賄いきれない研究費 は、やはり企業からの寄付に頼るほかはない。自然研究生は、より有名な学院へ、より企業に有用な研究に傾くことになる。年々この寄付金の偏りは大きくなっており、問題になっているのだと聞いた。地球には、たった10箇所しか“学院”がない。その1箇所がこれでは、ほかの場所も押して知るべし、だ。
「大丈夫、大丈夫。これくらいなら、すぐ直るさ」
重いため息を勘違いして、セネはかちゃかちゃと機械をいじり始める。ロイヤルブルーの、ぴったりとした作業着は、コロニーの研究着に一見良く似ている。
「そうそう、予備のシリンダー、そっちの棚にあるから、取って」
手にした道具で、くいっと棚を指す。
ぐっと思わず拳を握る。そうしなければ、相手のペースにはまりそうだ。
「私・・は、あなたを認めた訳じゃないわ。ここは私の研究室よ。無断で入り込んで、どういうつもりなの」
きっと睨むと、セネは肩をすくめた。
「確かにここは君の研究室だけど?そこに俺がいて、だから?」
かちゃかちゃと、相手は手も止めない。
ふざけている。
拳で膝を叩いた。険のある眼差しで睨む。
「私個人が使える研究室を、要求したはずよ」
「そうそう。ここは紛れもなく君の研究室だ」
「私が言っているのは、私だけが出入りする研究室のことよっ」
声を荒げるセリカに、逆に相手は不思議そうな顔をする。
「別に、機械を共有しようとかは、思っていないけど?」
「他人がいると、邪魔なの」
ここまで言っても分からない?とセリカはきっぱり言い捨てた。
ふむ、と少年は蒼い目を上に巡らせて、考えるそぶりをする。
「じゃ、機械、使わない?」
「何ですって?」
聞きかえしたセリカに、少年は整った笑顔を見せた。
「ここの機械。使わないなら、わざわざ出入りもしない。研究室にも入らない。って出来るけど?」
機械を使わない?
そんなこと・・
考えるまでも無かった。
「出来るわけないわ」
「じゃ、無理だね」
「なっ」
「ここの機械は全部オリジナルだから、メンテロボットに頼むのは無駄だよ?言っとくけど」
にこやかに彼は念を押す。
「・・・あなたが作ったというの。この機械を」
「そう。全く全部が全部じゃないけどね」
セリカはゆっくりと嘲笑を浮かべる。
「出来るわけないわ」
目の前にある機械は、どれも古い。それに、大きな物で5つの機械があり、小さな物まで含めば10を越す。それら全部を造るには、それなりの年数が必要だ。目の前の少年はどう見ても14,5歳。よっぽどの英才教育を受けても、果たして出来るだろうか?それとも、異端児といわれるほどの天才なのか。極まれに、そんな人物がいるとは聞いている。けれど、そのような人物は政府に保護されているはず。
ここの設備や生徒を見ても、とても後者であるとは思えない。
コロニーですらそんな人物はいなかったわ。
「単なる研究候補生が、そんなこと」
「“研究候補生”じゃなくて、“生徒”だってば」
訂正して、彼は手元の器具を手の中で放った。まるで“生徒”が“研究候補生”より勝っているかのように。
こんな田舎では、まさか“学徒”の方が、地位が上だとでも言うのかしら?
学徒は義務教育の期間に使われ、高等教育の大学を経て、学院(研究機関)に入り、研究候補生となる。この時誰かの研究生の助手という形で経験を積み、更に論文等が認められて、その後にようやく研究生となれるのだ。
生徒なんて、まるで義務教育を受けているような意味だわ。
呆れて言葉も出ない。
それも無理はないのかもしれない。義務教育は、普通16歳まで。となれば、目の前の少年が義務教育中でも、何らおかしくない。
でもそれなら、この子が機械を造れる訳がないわ。
少年は、器具を杖代わりにして、顎を乗せ、セリカを見上げた。
「何と言われても、それが本当のことだよ」
「出来るはずないわ。大体、あなたまだ義務教育中でしょ。大学も出ていないんじゃないの」
それを言った瞬間、彼は目を見開いた。青いくっきりとした目が、丸く見張られて、手から器具が滑り落ちそうになる。呆気にとられたまま硬直し、彼は果てしなく深いため息をついた。頭を伏せたせいで、艶やかな黒髪がさらさらと滑った。
「俺、これでも18なんだけど?セリカちゃん」
ようやくセネは、前髪の隙間から蒼い目を上げる。
「うそ・・」
思わずこぼれた言葉に、彼はますます脱力して頭を伏せた。
そのことに、セリカは少なからず慌てた。思わず手を口元にやったが、それで発言が取り消されるわけでもなく。
「東洋人?」
生粋の人種は、今時珍しいと言えるだろう。しかし、異人種間同士の婚姻でも、強い因子が残るのは当然で。彼も完全な東洋人ではない。その証拠に、目鼻立ちもはっきりしているし、手足も長い。ただ、東洋人が抱える悩み。童顔までは、中和できなかったらしい。
その一言で、彼は遂に頭を抱えたが、その反面ちらりと視線を流すと、
「人のことばかりは言えないだろう?これ本物の髪?作り物じゃないんだったら、君もかなりの東洋人じゃないか」
漆黒の、真っ直ぐな髪。それを掴んで、彼は目を光らせる。
むっとしてセリカは相手の手を払いのけた。流れてきた髪を無造作に一つに束ねる。
「もったいない。綺麗な髪なのに」
してやったりと、唇に笑みが宿る。
「人のことは放っておいてっ」
セリカはきっと睨んだ。しかし、彼はそれを気にした風もない。
「ショウジ・トエラ博士は、東洋人だったらしいし。それも、生粋の。セーラ・トエラ婦人もね。だから、君が殆ど生粋の東洋人って訳だ」
初めて出された父の名前に、セリカはちょっと息を呑んだ。
そりゃ、相手の言っていることが本当だったら、生徒会長で、一応ここの生徒を束ねる立場にいるんだから。
知っていて当然・・・そのくらい。
言い聞かせて、ゆっくりと息を吸い込む。
「だからどうだと言うの?父は確かに生粋の東洋人で、汚染科学専門のフルビオ・トエラ博士に師事して、その時に性をもらったのよ」
セリカの挑戦的な言葉尻に、セルネイは僅かに目を細めた。
「だから、この学院に来たの?」
予想外の質問に、セリカは言葉に詰まった。
k-ing地区の学院は、その昔、地球上に国家があったころの日本の国があった場所だ。今はその面影すらないにしても。
それは・・・