百日紅( つ )
お姉さんは、今日も、またいた。
「ねえねえ、ふみちゃんは給食で何が一番好き?」
そして、ソフィアとクレープちゃんが遊んでいる間、わたしにこうしつもんをしてきた。わたしは少し考えてから答える。
「あげパン……が好きです」
「そっかあ! あげパンおいしいよねー! わかるわかるー」
お姉さんは、ぜったいもう何年も給食なんて食べてないはずなのに、つい最近食べたばかりのようにそう言った。
「他には何が好き?」
お姉さんはさらにそう聞いた。そんなに聞かれると思わなかった。わたしはこれいじょうだまっていられないというくらい長いことだまってしまってから、
「特には……給食、そんなに好きじゃないですし」
と答えた。
「そっかあ……。きらいなメニューとか、あるの?」
「少しだけ……」
「何がきらいなの?」
「ええと、トマトとか……」
「あー、ミニトマトとか、けっこう出るもんねえ」
お姉さんは、本当に、最近まで小学生だったみたいに、そう言った。そしてつづける。
「給食、のこしたらおこられる?」
わたしはうなずいた。
「そっかあ……」
今度はお姉さんがだまってしまった。しばらくだまってからお姉さんは、
「いっけない、お仕事チコクしちゃう! 行くよクレープ! じゃあ、またね!」
と言って、帰っていった。
だけど、今日は日曜日だ。でも、今日も仕事なんだろうか。何の仕事をしているんだろうか。そもそも、お姉さんが仕事をしていることも初めて知った。もしかしたら、大学生とかかもしれなかったから。
わたしは、歩きながら考える。
そもそも、わたしはお姉さんのことを何も知らないのだ。どこに住んでるのかも知らない。名前だって知らない。だから、お姉さんと言うしかない。それかクレープちゃんのママだ。
こっちだって、あらたまってじこしょうかいをしたことはない。向こうが名前を知っているのは、多分お母さんがわたしを文恵とよぶのを聞いたからだろう。それで勝手にふみちゃんとよんでいるんだろう。
えりちゃんとか、クラスの友達も、わたしをふみちゃんとよんでいる。でもそれはわたしも絵里子ちゃんをえりちゃんとよんでいるし、別にそれはいいのだ。でも、お姉さんによばれるのは、なんだかちがう気がする。
でも、何がちがうんだろう。ぎゃくに、何てよばれるのならいいんだろう。文恵ちゃんならいいんだろうか。それもなんだかちがう気がする。
考えていたら、家に着いた。
◇
「ねえ、クレープちゃんのママってさ」
わたしはお母さんに聞いてみることにした。すると、お母さんは、
「クレープちゃんのママ?」
と聞き返した。
「ほら、トイプードルつれたお姉さんだよ。かみの毛が長くて……」
「ああ、朝のさん歩で会った人ね」
「うん。それで、お母さん、あの人のこと知ってる?」
「ううん、お母さんも先週初めて会ったのよ。クレープちゃんも元はお友達がかっていたって言ってたし、このあたりをさん歩させるようになったのも、つい最近のことなのかもね」
「そっか」
「地区の集まりとかでも見たことないし、うちの地区の人じゃないのかもね」
「ふうん」
お母さんが何か知ってるかもと思って聞いてみたけど、あてが外れたみたいだ。でも、近所の人じゃないみたいで良かった。さん歩いがいの所で会ったりしたら、もっと面どうだから。
「その人がどうかしたの?」
「ううん、別になんにも」
わたしはそう言った。
◇
今日も、またいた。
「ねえねえ、ふみちゃんはどの季節が好き?」
今日も、お姉さんはそんな風にしつもんをしてきた。
「季節は、秋が好きです」
「そっかあ。秋っていいよねー。ふみちゃんは、秋のどんな所が好き?」
わたしはまた、だまってしまった。どんな所と言われても、どんな所だろう。わたしは考えながら、リードを持っていない方の手で、かたにかけたショルダーバッグのひもをひたすらいじる。
「えっと……暑くも寒くもなくて、ちょうどいい所とか……」
そこまで言ってから、それだったら春も同じじゃん、と自分でツッコミを入れた。だから、わたしはつけ足した。
「それで……春だと新学期とかでバタバタしてますけど、秋はもう、なかのいい子もできて、運動会とか、音楽会もありますし……そんな所です」
「そっか、秋は行事も色々あるもんね! 楽しみだねえ。運動会は、何のしゅもくをやるの?」
「ソーラン節と、つな引きと、あとリレーです」
「ソーラン節やるんだー。あれかっこいいよね。かけ声かけたりとかね。練習ってもう1学期からやってるの?」
「えっと、まだ曲聞いただけで、ちゃんとやるのは2学期からです」
「そっか、早くから始めても、夏休みの間にわすれちゃうもんねえ。ふみちゃんは、ダンスとか覚えるのは、とくいな方?」
「ええっと……」
今日もお姉さんはいろんなことを聞いてくる。もう何分話しただろう。時計は持ってないから分からない。
「あの……」
「うん?」
「わたし、この後ラジオ体そうがあるから、あんまりおそくなるといけなくって……」
「そうなんだ! ごめんねえ、いそがしいのに。ラジオ体そうって、毎日行ってるの?」
「あ、はい」
「そっか。じゃあがんばってね! またね!」
お姉さんは、そう言うと手をふって帰っていった。わたしも歩き出す。
歩き出してから、ふと思った。「毎日行ってるの?」と聞いたのは、わたしはラジオ体そうのある日は毎日ちゃんと出席しているかという意味だと思ったのだけど、お姉さんは、夏休みの間毎日ずっとラジオ体そうがあるかという意味で聞いたんじゃないだろうか。今とちがって、昔はラジオ体そうは毎日あったっていうし。
だとしたら、わたしはウソをついてしまった。ラジオ体そうがあるのは7月だけなのだ。もうあと何日かしかない。
もしお姉さんが後でこのことを知ったらどうしよう。話すのがイヤで、早く帰れるようにそう言ったんだと思ったらどうしよう。いや、実さい早く帰りたいのは本当だけど、でも、だからそう思われるのはイヤだ。
なんでそんな風にかんちがいしちゃったんだろう。というより、さっきは急いでいてしつもんの意味とかちゃんと考えないで、テキトーに答えてしまった。ちゃんと考えれば、毎日出席してるか聞かれるなんておかしいってわかるのに……
そんなことを考えながら、わたしは家に帰った。
◇
今日も。
「ねえねえ、ふみちゃんは学校では何のクラブをやってるの?」
今日も、いつもの感じで聞いてきた。
「たっきゅうクラブです」
「たっきゅうクラブ!?」
「はい……」
「そっかー、ふみちゃん、たっきゅうクラブなんだあ」
お姉さんは、なぞにそうくり返した。たっきゅうクラブだからといってなんなんだろう。
「たっきゅうクラブって、どんな練習するの?」
「えっと……ペアになって、ラリーしたりします」
「へえー! きんトレとか、ハードな練習もするの?」
「そこまでは……ふつうのじゅんび体そうくらいです」
そんな風にまた色々聞かれて、けっきょく時間が長くなってしまう。
「あの……わたしそろそろ……」
「あっ、ごめんねえ、早く帰らないと、心配されちゃうよねえ」
「いえ……っていうか、その、今日もこの後、ラジオ体そうなんで……」
「あっ、そーなんだ! ごめんねえ、いそがしいのに」
お姉さんは、初めて聞いたみたいにそう言った。わたしはヒョーシヌケした。
「じゃあ、気をつけてね! またね!」
「はい……」
そして、お姉さんは元気に帰っていった。わたしは、ぽかんとしつつも、急がなきゃいけないのでとりあえず歩き出す。
お姉さんは、ラジオ体そうのことをすっかりわすれていたみたいだ。わたしはあんなに心配したのに。それならまあいいんだけど、それにしても、本当に、大人はわすれっぽい。
というか、お姉さんが特別なのかもしれない。
お姉さんは、朝会ってもいつも何日ぶりかに会うみたいな感じであいさつをしてくる。時々、本当に昨日のことをわすれているんじゃないかって気がしてくるくらいだ。
本当に、お姉さんは何を考えているか分からない。何を聞かれるか予想がつかない。とらえどころのない人というのは、ああいう人を言うのだろうか。
本当に、あの人は苦手だ。
次回は、8月1日(金)16時頃の更新予定です。