百日紅( そ )
毎日、暑い。
朝早くでも、歩いてるともう暑い。でもソフィアは元気そうだ。
夏休みが始まって、1週間。1人でのソフィアのさん歩もなれてきた。
少し前まで、ソフィアのさん歩はお母さんかお父さんといっしょだった。わたしはずっと、もう高学年だし1人でもだいじょうぶだと言ってきたのだけど、中々いいと言ってもらえなかった。
でも、夏休みが始まる前、お母さんが「夏休みから1人で朝のさん歩に行ってみる?」と聞いてくれた。わたしはもちろん「うん」と答えた。
なんで朝のさん歩かと言うと、夏はまだ夕方はかなり暑いから、夕方のさん歩は夜おそくにしないといけなくて、それだと今度はふしん者が出るから、わたし1人じゃあぶないからだ。
でもいちおう、夏休みの最初の3日間は、なれるためにお母さんもついてきてくれた。そして4日目から晴れて1人立ちとなった。
1人でソフィアと歩いていると、お母さんやお父さんと話しながら歩いていたときには気がつかなかった、ソフィアの生態や、まわりの様子に気がつくようになった。ソフィアは犬なのに、ねこじゃらしが好きだ。ミミズを見つけるとテンションが上がって、体をすりすりさせる。空き家のセイタカアワダチソウは、わたしの身長くらいのびている。火の用心のポスターはいつの間にか新しくなっていた。
キジバトがのどかに鳴いている。どこからか雨戸をパタパタと開ける音が聞こえてくる。わたしはその家の人より、早起きだ。
ふっとななめ前を見ると、おばあさんがペットボトルでお花にお水をあげていた。あいさつをするかまよったけど、別に知らない人だし、こっちにせなかを向けて、左手をこしにやって中ごしになっていて、全ぜんこっちに気がついてないから、ヘンに後ろから声をかけない方がいいかもしれない。わたしはそうっと後ろを通りすぎた。
しばらくして、前の方から近所の山口さんちのおじいさんが、しば犬のポチ君をつれて歩いてきた。
「おはようごさいます」
「おはよう」
ソフィアとポチ君も、においをかいだりしてあいさつをした。
「文恵ちゃん、今日は1人かい? おうちのお手伝いをして、えらいねえ」
べつにお手伝いなんかじゃない。ソフィアは自分でかうって決めたんだし、大事な家族だ。自分でさん歩をするのは、当たり前だ。
なんて、思ったことは言わず、わたしはただ、えへへとわらった。
「そういえば、文恵ちゃんは何年生になったんだい?」
「4年生です」
とわたしは答える。
このしつもんをされるのは、4年生になってもう3回目だ。でもわたしは、初めて答えるように答えた。すると、山口さんは目を丸くした。
「そうかい、もう4年生かあ!」
このリアクションも3回目だ。わたしは4年生に見えないくらい、そんなにおさないんだろうか。身長は、いちおう平きんいじょうなのに。
山口さんは、そりゃあおじいちゃんがこんなにしわくちゃになるわけだ、とかなんとか言った後、
「それじゃあ、気をつけてね」
と言って、帰っていった。
わたしは、ふう、と小さなため息をつくと、また歩き始めた。これくらいは別にだいじょうぶ。山口さんには毎日会うわけじゃないし、にこにこして「はい」とか「いいえ」とか「えへへ」とか答えていればいいから。
それより、もっと苦手な人がいるのだ。
それは、多分20才くらいのお姉さんで、大体この角を曲がるといる。角を曲がってすぐのときもあるし、曲がってしばらく歩いてからのときもあるけど、とにかくいつもいる。だから、わたしはこの角が近づいてくると、いつも、いやだなあという気持ちになる。
でも、今日も、その角まで来てしまった。
わたしは、車が来ないか、ゆっくりとにゅうねんにかくにんして、今日もその角を曲がった。
「あっ、ふみちゃーん!」
やっぱり。
今日も、またいた。
お姉さんはわたしを見つけると、大きな声を出して手をふってきた。お姉さんのかっているトイプードルのクレープちゃんもいっしょだ。
お姉さんは、今日もこいピンク色の、そでなしのワンピースを着ている。日によってちょっとずつデザインがちがうから、にているのを何まいも持ってるんだと思う。
そして、長くてくるくるのかみの毛を、暑いけど特にむすんだりせずおろしている。
「ふみちゃんおはよー! 元気ー!?」
お姉さんは、昨日もおとといも会ったのに、まるで何日も会っていないみたいに、大げさに聞いてきた。
「おはようございます。元気です」
と、わたしは昨日と同じように答えた。
ソフィアはうれしそうに、においをかいだり、じゃれあったりして、クレープちゃんとあいさつした。この2ひきは、なかがいい。
「ゆうべ暑かったねー! ちゃんとねむれた?」
「はい」
「よかったー。ふみちゃんは、ベッドとおふとん、どっちでねてるの?」
「ベッドです」
「じゃあ、お部屋で1人でねてるの?」
「はい」
「そうなんだー。そういえば、ふみちゃんって、兄弟はいるの?」
「いないです」
「1人っ子なんだね。兄弟ほしいなーって思ったことある?」
「……ないです。ソフィアいるし」
「そっか! ソフィアちゃんが妹なんだね! そっかそっかー。かわいい妹だもんねー」
お姉さんはうれしそうに大げさにリアクションした。わたしは、よけいなこと言うんじゃなかったと思った。少しはずかしくなってくる。だって、ペットは家族とか、みんな言うじゃん。
「それじゃあ、行くね! またねー!」
お姉さんはまんぞくしたのか、そう言うと、また手をふった。わたしは、大人に対して手をふり返していいかわからないから、ペコリと首を下げた。
わたしは、お姉さんが行ってしまうと、はあ、とため息をついた。
お姉さんと初めて会ったのは1週間前。ソフィアとクレープちゃんが近づいてあいさつしたのが最初だった。
クレープちゃんは、最近までお姉さんのお友達がかっていたのだそうだ。だけど、じじょうがあってそのお友達がかえなくなってしまって、代わりにお姉さんがかうことにしたのだという。
ソフィアとクレープちゃんはすぐになかよくなって、会うとじゃれ合ったりするようになった。だから、かい主どうしも自ぜんと色々話すようになった。
お母さんがいた最初の3日間は、だいたいお母さんが話していてくれた。だけど、1人になってからは、わたしが話さないといけなくなった。しかも、1人になってからの方が、お姉さんはもっと色々と聞いてくるようになった。
そんなわけで、今日みたいなやり取りがつづいているというわけだ。しかも毎日。
どうやら、お姉さんは毎日同じ時間にさん歩をしているみたいなのだ。そして、それはうちもそうだ。
1人で朝のさん歩に行くという話を最初にしたときに、夏休みは毎日早起きして、きちんと同じ時間にさん歩に出かけると、お母さんと約そくしてしまったのだ。夏休みが終わるまでずっとだ。ということは……
これが何十日もつづくのかあ……
次回は、7月25日(金)16時頃の更新予定です。