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断罪予定の私ですが、予定は未定だったようです。  作者: 夏嶋咲衣
2.オセロ

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28.

大変お待たせいたしました!

 騒然とする屋敷の中、状況を飲み込めず右往左往する使用人に紛れて、ジェイルは玄関を目指した。



 爆発があったのは屋敷の外からだ。

 室内にいても衝撃を感じたことからも、そう遠く離れてはいないだろう。



 カートレット家の騎士団は優秀であるため、凡百の侵入者ごときが守りを突破することは容易ではない。


 今までだって屋敷への侵入を試みた不届き者が何度かやってきたが、その度に敷地に足を踏み入れることすら許されずに門前払いされてきたという過去がある。



 しかし今回はその内のどれとも違う、嫌な気配が漂っていた。

 肌に触れるピリピリとした魔力の圧。

 すぐ目の前で相対していないにも関わらず、感じとれるほどの強大な力を侵入者は持っているということになる。


 それほど強い魔力を持った侵入者を相手にして、カートレット家の騎士なら常のように相手を蹴散らしてくれるはずだと楽観視するのは危険すぎる。



(……だからといって、僕が現場に駆けつけたところで何ができると言うんだ?)



 ふと脳裏によぎった考えに、ジェイルはぴたりと歩みを止めた。




 力がないのはジェイルも同じことだ。

 実父譲りの強力な魔力をもっているとはいえ、騎士団のように過酷な鍛錬を積んだわけでもなく、まだまだ幼い子どもである。


 そんなジェイルがいったところで果たして何ができるというのか?


 仮に優秀な騎士ですら敵わないような相手がそこにいたとして、ジェイルなど赤子の手をひねるようなものだろう。



 ジェイルはこの家の跡取りである。

 そう容易く危険に身を晒していいような立場ではない。




 それでも、ジェイルには足を止めたくない理由があった。

 孤独で諦めに近い気持ちをずっと抱えていた少年は、いつしか護りたいと思えるものを手に入れていたのだ。



 決して好かれていないと思っていたが、本当はジェイルのことを大切に思ってくれているという父ユリウス。

 初めて会った時からなにかとジェイルを気にかけ、優しく接してくれた母ホノカ。

 それから屋敷を守る騎士団や、使用人のみんな……。




 失ってから後悔だけはしたくない。

 だが気持ちばかり先走っても仕方がないのは確かで……。



 ぷに。


 葛藤するジェイルの頬に、突如としてぷにぷにとした柔らかなものが押し当てられた。

 はっとして下を見ると、ジェイルに抱かれた毛玉ちゃんの前足がジェイルの顔めがけて伸びてきていた。




「……元気づけてくれてるのか?」


「わふ」


 心なしかその表情はきりっとしている。

 まるでジェイルの胸のうちを読んだ上で、お前だけじゃなくて僕もいるから大丈夫だとそう伝えているようだった。




(そうだ、僕一人で立ち向かうんじゃない)



「僕にもしものことがあったら、父様とホノカ様のことを頼む」


「わん!」



 ジェイルを見つめ力強く答えた毛玉ちゃんをぎゅっと抱きしめると、ジェイルは再び真っ直ぐ前を見据えて歩き出した。








『コード:レッド。コード:レッド。マニュアルに従い屋敷内の者は速やかに退避せよ。繰り返す。コード:レッド。……』



 屋敷内に響き渡る緊急連絡に、ざわざわと騒がしかった空気は水を打ったように一瞬で静まり返った。

 そして放送の指示に従い、人々は声をかけあって避難行動を始める。

 誰一人取り乱すことなく、冷静に。



 緊急時における避難訓練はカートレット家でも定期的に行われている。

 その訓練が生きたということだろう。




(彼らなら大丈夫だ)



 気を取り直して玄関へと向かうため足を動かしたジェイル


 各々避難を始めている使用人の1人が、流れに逆らうようにして玄関へと向かうジェイルに気が付き、慌てて引き止める。





「坊っちゃま?!どちらに行かれるんですか?」


「僕のことは気にしなくていい。あなたたちは指示に従って避難してくれ」


「ですが……」


「大丈夫。自分の身は自分で守れるよ。あなたも自分の命を守ることを優先するように」


「あっ、お待ちください……!」



 静止を振り切ってジェイルは走った。

 彼には悪いが立ち止まっている暇などないのだ。








 人々の間をすり抜け、屋敷の外へとようやく出られたジェイルが一番に目にしたのは、門の前で倒れ伏すカートレット家の騎士の姿、そしてその傍らに立つ二人の男女の姿だった。


 ローブを身にまとった怪しい二人組は、地面に倒れ込みピクリとも動かない騎士を見下ろしながら、何事かを話しているように見えた。


 女の方は美しい見た目をしている。

 しかしそれでいてどことなく嫌な気配を全身にまとっていた。


 男の方は異質である。

 ローブで全身を隠しているためわからないが、唯一晒された顔には赤い発疹のようなものが無数に浮き上がっているのだ。

 その特徴は、最近巷で流行っている伝染病の症状に酷似している。



 女が楽しそうに笑いながら男の肩を叩く様子は、状況が違えば微笑ましさすら感じたに違いない。

 しかし、その女の身から湧き出るような禍々しい魔力に、ジェイルは背筋を震わせる。



(あいつらに違いない)



 毛玉ちゃんを抱く腕に知らず知らず力がこもる。




「っ!」



 呆然と玄関へと立ちつくしていたジェイルは、思わず息を呑んだ。



 女と目が合ったのだ。



 まっすぐ見つめるジェイルの存在に気がついた女は、唇を歪ませたような薄気味悪い笑みを浮かべた。



(気づかれた!)


 咄嗟に身構えるジェイルであったが、女はすぐに動く素振りを見せることなかった。

 横に立つ男へと耳打ちをしつつその腕を掴むと、



「なっ!」



 刹那、一瞬でジェイルの目の前まで距離を詰めた。



 決して走ってきたわけではない。

 ほんの瞬きの合間に、距離の離れた門の付近にいたはずの二人は、ジェイルの目前に迫っていた。

 その人間離れした動きからも、ただ者ではないと感じさせた。


 背筋に嫌な汗が伝う。




 緊張に顔を強張らせるジェイルを余所に、女に腕をつかまれた男は乱暴に振り払いながらぶつぶつと文句をこぼした。



「おい、いきなり跳ぶな。痛いだろうが」


「あら、ごめんなさい。でも早くしないと逃げられちゃうと思って」




 女はジェイルの方へと向き直ると、わざとらしいほどに優しく微笑みかける。



「ねぇ、坊や?あなたはカートレット家のご子息でしょう?」


「……だったらなんだ」



 女が放つ肌を突き刺すような魔力の圧に耐えながら、ジェイルは強く睨みつけた。


 目の前にいるのはカートレット家を害する敵に違いないのに、今のジェイルには虚勢を張るので精一杯だった。


 女はジェイルの返答に嬉しそうに声をあげる。




「やっぱり!ねぇ、ちょうどいいわ!シンヤ、この子に案内してもらうのはどうかしら」


「このガキに?」


「ええ。カートレット家のご子息ということは、あなたの妹の子どもであるはず。それなら、ホノカさんの居場所も知っているはずよ」



 ホノカ、という名前にジェイルはピクリと片眉を上げた。


 なぜ、今ホノカ様の名前がコイツらの口から出たのか?

 しかも女の言葉が確かなら、この男はホノカ様の兄ということになるが……?



 動揺を隠せないジェイルに気づいているのか、女は言葉を続けた。




「ということなの。私たちをお母さまのところまで案内していただける?」


「……貴様らのようなものが屋敷に入るのを、僕が許すと思うのか?」



 門番を襲撃するような危険人物をカートレット家へ、なにより大切なホノカ様へと近づけるわけにはいかない。



 女は浮かべていた笑顔を消し去ると、真顔でじっとジェイルを見つめた。


「そう……。それなら力ずくで言うことを聞いてもらうだけよ」



 そう言うと女は懐から深紅のステッキを取り出すとジェイルの方へと向ける。



「殺しはしないわ。じゃないと案内してもらえないものね」



 女は目をギョロリとさせると、再び歪な笑みを浮かべた。

 ジェイルをいたぶるつもりなのかもしれない。


 ステッキの先端へと女の魔力が集まっていくのがわかる。

 その力はあまりにも巨大であり、今のジェイルには手も足も出ないことを悟る。



 だがジェイルとてなんの抵抗もせずにただやられるつもりなど毛頭なかった。



 なにがあってもコイツらを屋敷へといれてはならないのだ。

 そのために自分の身がボロボロになっても構わない。


(それに、"あれ"を使うなら今しかない)



 実父から譲り受けたという強力な魔法。

 肉体が未熟であることを理由に、ユリウスに使用を禁じられていたのだが、ジェイルが目の前の女に対抗するにはもはやその力に縋るしかなかった。



 本当はすこし怖い。

 魔法による負荷に肉体が耐えられなければ、死んでしまうかもしれない。


 しかしなによりも、躊躇したせいで大切な人を守れないことのほうがもっと恐ろしい。



 決意を固めたジェイルは、女をまっすぐに見据えると胸の内で静かに詠唱を始めた。


 しかし、ジェイルの詠唱が終わるよりも早く、



「わぅっ!」


「っ、きゃあ!」


 ひときわ大きな声で毛玉ちゃんが吠えると、女の体が強い衝撃を受けたかのようにその場から吹き飛ばされた。







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