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断罪予定の私ですが、予定は未定だったようです。  作者: 夏嶋咲衣
2.オセロ

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26.

 卵から孵った闇金糸雀のヒナは、その身体を薄い透明な膜で覆われている。



 いったい何故なのか?


 そこにはいくうかの理由がある。




 まず親鳥は卵を産んでも子育てをせずに、放ってどこかへと行ってしまう。


 そのため、残されたヒナが成体になるまでのエネルギーを貯蔵し、尚且つ外敵から身を守るという役割を全身を覆う透明な膜が果たしているのだ。




 しかし、膜に覆われているのはそれだけが理由ではない。






(『闇金糸雀ーーその知られざる生態』より抜粋)




 **********



 話は少し前、ユリウスがホノカを執務室へ呼び出す数日前まで遡る。

 その日も、ユリウスはほとんど執務室を出ることもなくデスク上の書類と戦っていた。




「間違ってもあの闇金糸雀を外に出そうなんて考えるなよ」




 ユリウスのデスクのそばで寝そべりながら、不意にマリモちゃんはそういった。


 先程まではあくせく忙しなく働くユリウスを横目に惰眠を貪っていたはずが、いつの間に起きていたのか。






 ユリウスは書類から目を離すと、ちらとマリモちゃんに視線をやる。




「どういう意味だ」


「あの膜から無理やり外に出すなよってこと」




 言わずもがなマリモちゃんが指しているのは、アオイが発見しカートレット家で現在保護しているあの闇金糸雀に他ならないだろう。



 屋敷に連れ戻ってからは研究部にて解析を行っているところだ。


 その解析結果に関する報告をつい今しがた受けたところであった。




(こいつ盗み聞きしていたのか)




 眠っているふりをしながらユリウスと研究員の会話を聞いていたのだろう。


 将来的に闇族を束ねる男だ、当然ながら抜け目がない。




「お前にも言われなくてもわかっている。あの膜の内からは高い魔力反応が見られた。生身の人間が接触するのは危険を伴うだろうな」





 測定器がエラーを起こすほどの魔力を、小鳥はその身に秘めている。




 高濃度まで圧縮されたその魔力は、そもそもの体内魔力の貯蔵量が多い闇族には影響を与えないが、ただの人間が浴びるには害でしかない。




 以上が研究部の出した解析結果である。




 報告書に連なる魔力に関する数値は、どれも桁違いに大きい。

 今まで読んだどの文献を探しても見つけられないであろう数字の数々に、めまいを覚えるほどだ。




 当の闇金糸雀といえば厳重な魔力遮断を何重にもかけた鳥籠の中で悠々と過ごしているらしい。

 当面の危険に関しては心配ないが、それにしたっていつまでも屋敷に置いておくわけにもいかず、その点もユリウスの頭を悩ませていた。




 それに、問題点はもう一つある。



 片割れとされるもう一羽の闇金糸雀の所在が分からないことだ。



 片割れというからには保護した闇金糸雀と同様に高い魔力を保持していると推測される。


 そうなるとそのままにしておく訳にも行かない。


 撤去されずに放置されている地雷と一緒だ。

 近いうちに闇金糸雀の魔力が溢れ出し、人間に害を及ぼすかもしれない。



(そうならない為にも連れ去られた闇金糸雀の捜索は急務だ。第一部隊にも捜索にあたるよう伝達をして……いや、感染源の調査が優先か?それなら……)



 やらなければならないことが脳内で次々とリストアップされていく。

 しばらく充分な休養も取れていないのにタスクは増えるばかりだった。




 疲れた、いい加減ベッドで休みたい。


 それにここ数日はジェイルとホノカの顔すら見てはいなかった。

 同じ屋敷で生活をしているにも関わらず、だ。


 疲労だけではなく、ストレスも限界値に突入していた。





「……」



 書類を握りしめる手に力が入る。




 ユリウスは一呼吸をつくと、半ば八つ当たり気味にマリモちゃんを睨みつける。



「……とにかく、今はお前の相手をしている暇はない。精々大人しくしていろ」


「おーコワ。折角お疲れの領主サマにこの俺がヒントでも与えてやろうかと思ったのによ」


「なんだと?」



 欠伸を一つしながら伸びをしたマリモちゃんは、そのまま立ち上がると執務室を出ていこうとした。


 しかし、今度はユリウスがその背中を引き止める。




(いま、こいつはなにを言った?)




「お前何か知っているのか」



 椅子を倒す勢いで立ち上がったユリウスは、力強く両手をデスクに叩きつけた。


 その表情には焦燥が浮かんでおりいつもの冷静さは失われている。




 必死な形相のユリウスに、マリモちゃんはニヤリと笑みを浮かべる。



 あー、これだよこれ。



 いつもの腹立つ澄まし顔が崩れただけで、ほんの少しだが溜飲が下がるというもの。

 マリモちゃんは機嫌を取り戻すと、しっぽを左右に揺らしながらユリウスの元へと近づいた。




「仕方ねぇなぁ。じゃあまず一つ。当然『魔力酔い』については知ってるよな?」



『魔力酔い』。

 それは人間にのみ現れる症状であり、特に魔力を持たない者に多くみられる。



 その名の通り大量の魔力を浴びたことにより生じる中毒症状である。

 症状は多岐に渡っており腹痛や吐き気、呼吸器不全や全身に広がる発疹など様々。

 通常は重症化には至らないものの、余程多量の魔力に接した場合には重症化し、最悪の場合死に至るケースもある。


 ユリウスが闇金糸雀の魔力保持量を危惧したのも、この魔力酔いを引き起こす可能性があったためだ。




「知っているに決まってるだろう。魔法を扱う者の間では常識だからな」


「そりゃそうだ。じゃあ二つ目。感染症の患者に共通する症状は?」


「激しい咳、それから身体中の赤い発疹……」



 マリモちゃんの問いかけに答えながら、ユリウスはひっそりと眉をひそめた。



(魔力酔いの症状と酷似している……?)



 医療部隊から報告を受けていた時は気にならなかったが、今こうして考えると感染症に罹患した者に共通する症状はどれも魔力酔いでも同様にみられる。



(まさか原因は魔力酔いか?)



 原因不明の感染症と正体が魔力酔いであったとして、ならその原因はなんだ。

 街に住む多くの人々を酔わせるほどの多量の魔力……。




 考え込むユリウスに、マリモちゃんは構わず言葉を続ける。




「んじゃ最後に、見つかってない片割れの闇金糸雀はもう膜の外に出ちまったかもな。アオイが羽を見つけたと言っていたし」

「!」



 膜に覆われているのなら羽が外に落ちているはずもない。


 なんらかの方法で闇金糸雀を連れ去ろうとしたものが、その時に膜を破壊してしまったのだろう。




 重要なのは闇金糸雀を覆う膜が失われたということだ。



 闇金糸雀の膜には外敵から身を守るだけではなく、濃い魔力を内に閉じこめておくための意味もある。



 それがないということは、体内に保持する多量の魔力が垂れ流しになっているということでもあった。





(魔力酔いに似た症状、それから膜の外に出てしまった闇金糸雀……)



 点と点が、一本の線に繋がっていく。



 闇金糸雀ほどの魔力量であれば、街の人間まるごと魔力酔いを起こしたところで不思議ではなかった。





 薄い膜から解き放たれた小鳥は、自由を得たのかもしれない。


 しかしその代償としてきっと今もこの地のどこかで、高濃度の魔力を振りまいている。


 そしてその汚染はいずれ王国中に広まり、人間という種族に滅びをもたらす可能性すらあった。











 それからまもなくのことだ。


 ベルツリー家を調査していた第一部隊から、そこで闇金糸雀と思しき小鳥を捕獲したとの報告があったのは。



 その鳥はとても美しい純白の姿をしていた。






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