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断罪予定の私ですが、予定は未定だったようです。  作者: 夏嶋咲衣
2.オセロ

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24.

**********



 ホノカ達一行はステラが待つ宿屋へとユリウスの手によって描かれる魔法陣で向かうため、ユリウスの詠唱を待つはずだった。

 

 ユリウスの魔術は優れている。 

 

 瞬きする間で宿屋の部屋の中まで飛べるというのだから、国一番というのは伊達じゃない。


 ただ、本人は褒められる事が苦手なようで「凄いですわ!!」とホノカが瞳を輝かせながら賞賛する度に、ぷいっと視線をそらし咳払いを一回するのである。その姿はユリウス本人は気がついていないのだが、氷の騎士の氷が解け春になったと屋敷の者が噂をする程には大層わかりやすかった。


「さぁ、目を閉じて」


 ユリウスの右手がホノカの両目をそっと覆うと、ホノカの身体はユリウスが放つオーラに包まれふわふわとした浮遊感が襲う。


 現実の世界なのか、はたまた夢の中なのかわからない……。


「ホノカ嬢?明日はまた屋敷に戻ってお茶会をしましょう。貴方は私の妻なのですから、常に一緒にいる事が義務だ」


 ふわふわと不思議な世界でユリウスが言った。


 なんて都合の良い夢……。


 それとも、私の願望なのかしら。


 (ぁぁぁぁ!!)


 恥ずかしさのあまり背中がむず痒く叫びだしたくなる。


 ホノカは自分の思考や気持ちがよくわからなくなり、空想の中でもいま一歩ユリウスへ手を伸ばす事ができない。


(……私は私が解らないわ……)

 



「開けても大丈夫」


 ミルクチョコのように甘くて優しい声が耳をくすぐると、目を閉じていても感じられたユリウスの手のひらの体温や彼の深海を思わせるオーラは静かに気配を潜め拳2個分ホノカから遠くなってしまった。


 そう、ホノカの瞳に影をつくっていたその温もりのある大きな手は音もなく離れ、彼女を現実世界へと戻したのだ。



(離れてしまった……)



 残念な気持ちで目をあけると、見慣れた景色の部屋の中を、落ち着きなくウロウロと歩き回るステラがいた。


「ステラ」


「ジェイル様!ホノカ様!毛玉ちゃんとマリモちゃんが突然走ってかれてしまいました……」



 声をかけられたステラは弾かれたようにホノカの方を見た。

 その顔は真っ青で、強い焦りと緊張がありありと浮かんでいる。


 留守番を申し付けられていたにも関わらず毛玉ちゃんとマリモちゃんの2匹を見失ってしまったのだ。


 何も事情を知らないステラが大慌てするのも無理はない。



 今にも泣き出してしまいそうなステラに、どう説明したらいいものかと考えあぐねていると、



「わふ」


 毛玉が可愛い声で扉から顔を出した。


「どこに行ってたの!?」


 さすがに申し訳なく思った毛玉ちゃんとマリモちゃんは、頭と尻尾を下げしおらしくしている。


「もう心配させないでね」


 ステラもこれ以上は怒る事はせず、二匹を優しく撫でた。



「さて、急な事で申し訳ないが本邸へ今から戻る事になった」


 一瞬びっくりしたように瞳を大きく開けたステラだったが、「かしこまりました」と返事をするとホノカ達の荷物を纏めはじめる。

 荷物を片付け終わるにはそんなに時間は必要でなかった。流石ぷろだ……。


「あの〜」


 ステラが申し訳なさそうに手を小さく挙げた。


「どうかした?」


 ホノカの微笑みに気を緩めたステラが一つの疑問を口に出した。


「どうして、ユリウス様がこちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 ステラの疑問を聞いたユリウス以外のユリウスを見つめる視線でステラは察し、コクコクと頷くとホノカの身支度まで始めかけたのだった。








 **********




 見慣れた調度品に囲まれた夫婦の寝室は、屋敷をあけていた期間はそれほど長くはないというのに、もうすでに懐かしさを感じさせる。



 ようやく部屋に戻ってきたホノカは手荷物を机の上に置くと、荷解きを後回しにして綺麗に整えられたベッドへと腰掛けた。




 途端、どっと全身に疲れが襲ってくるのがわかった。



 上半身を倒してそのままベッドの上に寝転ぶ。


 こんなところを誰かに見られでもしたら恥ずかしいけれど、今はそんなことを考えている余裕はなかった。



 ちらりと見えた窓の外は深い闇に染まっている。

 夜もだいぶ更けていて、普段なら既に眠っている時間だろう。



 共に屋敷へ戻ってきたユリウスは屋敷の玄関に着くなり、帰りを待ち構えていた部下のクラークによって執務室へと連行された。

 急ぎで片付けなければならない作業が残っているらしい。



 眠そうに目をこすっていたジェイルを自室まで送り届けると、後のことはステラに任せてホノカは一人で部屋へと戻った。




 一人きりになったホノカは、肺に残っていた空気を全て吐き出すように深く息をつくと目をつぶった。









 それにしてもずいぶんな旅路であった。



 湖畔の別邸に赴くことが目的であったはずなのに、結局辿り着けずに屋敷に帰ってくることになるなんて。


 道中の街の様子を直接見て回りたいと言ったのはホノカだ。

 だからこそ長丁場になること自体は覚悟していたものの、まさか伝染病が流行っているなんて想定外であった。


 じわじわと感染を拡大し始めている伝染病は、今はまだ本邸にほど近い領地ではその兆しを見せてはいないものの、それも時間の問題だろう。

 被害が大きくなる前にも、感染源を見つけ対処する必要がある。



 想定外だったのは伝染病だけではない。




 次から次へと湧いてくる問題が、ホノカの頭を悩ませるのだ。




 義母であるマーガレット……。



 危険な人物であることは重々承知していたが、いざ自分の身に降りかかるまでは実感がわかなかったのも事実だ。

 そもそも原作においてはホノカはマーガレットにとって都合のいい手駒であったため、直接彼女の毒牙にかかることはなかったのだけれど、今は違う。


 ホノカはジェイルと、そしてなによりユリウスと信頼を築き始めている。

 マーガレットの思うがままに操ることの出来ないホノカをたいそう邪魔に思っていることだろう。



 送りこまれる刺客を退けたところで、また別の刺客がやってくるだけ。

 続くイタチごっこを終わらせるには、大元であるマーガレットを何とかするしかない。



(けれど……)



 原作軸でマーガレットと決着をつけるのはヒロインの役割だ。

 決して悪役たるホノカ・ベルツリーのやることではない。


 はたしてヒロインの役割をホノカが奪ってもいいものだろうか。


 物語の大筋が変わったらどこかで綻びが出てしまうんじゃないか。



 ふとした瞬間に不安が頭をもたげることがある。


 しかし、ホノカは振り払うように頭をゆるく振った。



 そんな心配は今更だ。


 ホノカが目指しているのはホノカ・ベルツリーの断罪を回避することなのだから。



 ぐるぐると頭の中を巡る問題を考えているうちに、気がつけばホノカは夢の中へと旅立っていた。




**********



 伝染病の調査隊からの報告があがったのはそれから数日後の早朝のこと。



「ホノカ嬢」



 朝食をとるために廊下を歩いていたホノカを呼び止めたのは他ならぬユリウスであった。



 最近のユリウスは様々な仕事に追われて忙しくしていたため、直接顔を合わせるのは港町から屋敷に帰ってきた日以来。


 夜も夫婦の寝室には戻らずに執務室で仮眠をとり、また目覚めたら仕事をする……。

 その生活の繰り返しで顔色はどことなく青白く、目の下には濃いクマが浮かんでいた。



「ユリウス様、顔色が優れないようですが……ちゃんと休めていますか?」

「まぁ……」



 生返事をするユリウスに、自然とホノカの表情も険しくなる。


 仕事が山積みで忙しいのはわかる。

 けれど無理をして体を壊すようなことはやめてほしい。


 ホノカの心配の気配を感じ取ったのか、ユリウスは気まずげに視線を逸らした。



「話があるから朝食をとったら執務室に来てほしい」

「今すぐでなくてよろしいのですか?」

「あぁ、食事の後でいい」

「でしたらユリウス様もご一緒に……」

「せっかくだが遠慮する。やらなければならないことがあるからな」



 それでは、とホノカの返事を待つことなくユリウスは足早に去っていく。


 遠ざかっていく背中に、ホノカはひっそりとため息をついた。



 そんなやりとりもつい先程のことだ。



 速やかに食事をとり終え、執務室を訪れたホノカを迎えてくれたユリウスの表情は険しい。


 テーブルを挟んで向かい合うと、ユリウスは重たい口を開いた。



「今朝、伝染病の感染源が判明したとの報告があった。その事で貴女に伝えなければならないことがある」

「私に?」



 ホノカの頭には疑問符がいくつも浮かんだ。


(わざわざ呼び出してまで私に伝えたいことってなんだろう)



 ホノカには心当たりが全くない。

 だからこそ言いにくそうに口ごもるユリウスに心臓が嫌にざわめく。



「落ち着いて聞いて欲しい。感染源となったのは……」


 一呼吸の後、意を決したようにユリウスはとある地名を口にした。


 それを聞いた瞬間、ホノカの頭は真っ白になる。



 その地名はホノカにとって非常に聞き馴染みのあるものであったから。




 ホノカの実家・ベルツリー家のある領地。




 その場所こそが、この地に災厄を振りまく元凶であったのだ。





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