19.
「え?」
男の声に振り向こうとしたホノカの腕を、何かが強く掴んだ。
「ホノカ様!こちらへ!」
その手はジェイルのものであった。
子供とは思えない力で引き寄せると、テーブルの下へ体を潜り込ませる。
「ジェ、ジェイル?」
突然の行動に困惑したホノカであったが、その直後背後から聞こえた凄まじい音と衝撃に体を硬直させた。
ざっ!ざっ!ざっ!
それは、何かが破壊される音だ。
「っ!」
慌てて視線を向けた先、飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。
さっきまでホノカが座っていた椅子はジェイルの背丈と同じ程の氷の剣により、跡形もないほどに木っ端微塵に粉砕されている。
とんでもない状況を目の当たりにし、ホノカの体から力が抜けた。
狭いテーブルの下にはホノカを引き込んだジェイルもいてその表情は険しい。
(ジェイルが引っ張ってくれなかったら、きっと大怪我をしていた。いや、怪我だけではすまなかったかもしれない……。)
思い当たる可能性に背筋に冷や汗が伝う。
テーブルの下から見える男は、椅子の瓦礫から氷の剣を引き抜くと、感心したようにため息を漏らした。
「へぇ。さすがカートレット家のご子息様だ。今の魔法に反応出来るなんて」
「僕がカートレット家の者だと知って?」
ジェイルと男はじっと睨み合う。
「当たり前じゃないか!あいにく手当たり次第狙うような通り魔じゃないんでね」
男は氷の剣を振りかぶると、ホノカたちが隠れるテーブルへと狙いを定めた。
万事休すかと思ったその時。
派手な音を立てて入口の扉が蹴破られると、そこには必死の形相のアオイが立っている。
男はアオイに視線を向け、やれやれと肩を竦めた。
「なんだ、騎士様のお出ましか」
アオイは状況を把握するために辺りを見渡し、テーブルに隠れるホノカとジェイル、そしてホノカが座っていたはずの場所にある粉々の木材を見つけた。
ぷっつん。
アオイの中で何かが切れたような音がした。
「ホノカ様に何すんのよぉぉ!」
アオイは腰に帯刀していたレイピアを構えなおすと、男の喉元に向けて鋭い突きを繰り出す。
男は焦る様子も見せず体をしならせることでレイピアを躱すと、つまらなそうにアオイを見た。
「カートレット家の騎士だというからどれだけ強いのかと思えば……」
余裕そうな男にアオイはひっそりと口角を上げた。
刺突を避けられるのは“想定済み”だ。
「!」
余裕そうだった男の表情が、突然驚愕に歪む。
レイピアの切っ先から突然鮮血の花が咲いたのだ。
警戒した男は素早く距離をとろうとするも、動いたのはアオイの方が早い。
レイピアをステッキのように動かすと、鮮血の花は二つ、三つと増殖し男へと襲いかかった。
咄嗟に氷の剣で薙ぎ払うも、花はいくつも際限なく生み出されては男に襲いかかるのでキリがない。
「なるほど……そうきたか」
「おじさん!カートレット家の騎士を舐めないでくれる?」
アオイはその華奢な見た目からか弱い少女と思われがちだが、実際にはそうではない。
カートレット家の騎士団ではNo.3に数えられるほどの実力を誇る優秀な騎士なのだ。
腕力では男性騎士には叶わないが、彼女の真価は操る魔法にこそある。
得意のレイピアによって繰り出される鮮血の花々は、美しい見た目に反して触れた者の皮膚を裂くほどの鋭い棘を持っている。
アオイの軽やかなステップに合わせて、鮮血の花はレイピアの先から宙にいくつも咲き誇る。
男は氷の剣で花を蹴散らしながらも、隙を伺ってアオイと距離を詰めようとするが、再び生み出される鮮血の花に妨害され、思うように動くことが出来ない。
どちらも決定打を相手に与えることは出来ず、一進一退の攻防を繰り広げていた。
互いに一歩も譲らず、張り詰める緊張感にそれぞれ疲弊し始める頃。
先に痺れを切らしたのは男の方だ。
「生憎だが、お嬢さんに付き合ってる暇はないんでね」
男は軽々とアオイの魔法を躱すと、その手に氷の剣を再び生み出した。
しかし、標的はアオイではない。
男とアオイが交戦している隙に、テーブルから抜け出し何とか店からの脱出を図ろうとしていたホノカとジェイルを目ざとく見つけると、氷の剣を二人に向かってぶん投げる。
(しまった……!)
アオイはガードの魔法をホノカたちの前に展開しようとした。
しかし、魔力が足らないのか上手くいかない。
男との戦いで随分と消耗してしまったようだった。
(くそ、こんな時に……!)
なんとしてでも、どんな手を使ってでも二人のことを守らなくてはいけない。
何故なら、アオイはカートレット家の騎士なのだから!
アオイは考える間もなく男とホノカたちの間へと駆け出した。
魔法が使えず、仮に間合いに入れたとしてもレイピアで受け流すには時間が足らない。
だったら、出来ることは一つだ。
「……!」
間近で、ホノカが息を呑む気配がしたような気がする。
しかし、確かめる余裕はなかった。
ジェイルとホノカの前に体を滑り込ませ、二人を背中に庇ったアオイは鋭い視線で男を睨みつけた。
眼前には氷の剣が迫ってきている。
**********
アオイとの通信が途絶え、クラークはしばしその場に立ち尽くしていた。
しかし、しばらくしてハッと我に返ると慌てて執務室を出ていく。
目指す先はユリウスの元だ。
(尋常じゃない様子だった……それにあの轟音はなんだ?)
通信状況のせいかハッキリとは聞こえなかったが、何かが粉砕されるような物音だった。
そして、そのあとのアオイの表情。
考えるにあの轟音の先にホノカ様たちがいる可能性が高い。
ならばクラークがするべきことは1つ。
我が主への報告だ。
コンコンコン。
クラークはノックの後、ユリウスの返事を待たずに扉を開けた。
先程まで書庫に籠っていたようなので戻ってきているか心配であったが、そこにはデスクでなにやら真剣な面持ちで書類を見つめるユリウスの姿があった。
突然部屋に入ってきたクラークにユリウスは驚いたように片眉をあげたが、その顔に焦燥が浮かんでいるのを見てとったのか怪訝そうな顔で見た。
「ユリウス様、緊急ですのでご無礼をお許しください」
「構わない。なにかあったのか」
「アオイとの通信中に緊急事態が発生したとのことです。状況はまだ把握出来ておりませんがホノカ様とジェイル様に危険が迫っているかもしれません」
「なんだと?」
ユリウスは激しく椅子から立ち上がると、食ってかからんばかりの勢いでクラークへと詰め寄る。
「今ホノカ嬢とジェイルの行方は分かっているのか」
「そ、それも分かってはおりません」
ユリウスのあまりの勢いにたじろぎながらも、クラークは懸命に答える。
当然ではあるが冷静さを欠いたユリウスは苛立たしげに頭を搔くと、伝令鳥の魔力通信を試みようとしてその動きをピタリととめた。
「いや、アイツに聞いた方が早いか」
ユリウスが慣れた手つきで左耳のピアスを弾くと、なにもない空間に映像が映し出される。
そこにはすやすやと呑気に寝息を立てている黒い犬がいた。
「おい」
「……」
返事はない。
気持ちよさそうに眠るマリモちゃんの姿に、理不尽ながら腹を立てながらももう一度大きな声で呼びかける。
「おい!」
「……」
いたし方ない。
ユリウスは人さし指を1本立てると、ちょいちょいと軽く振った。
「っだぁぁぁああぁあ!!??何しやがる!」
「貴様が呑気に眠っているからだ」
「お前いちいち乱暴なんだよ!」
ユリウスの雷撃(強い静電気くらい)を受け、マリモちゃんはぴょん!とその場ではね起きた。
見た目は愛らしいポメラニアンのようであるが、実際には闇の一族が姿を変えてるに過ぎない。
マリモちゃんの悲鳴を聞き、近くで同じように眠っていた毛玉ちゃん(リオン)も一瞬びくりと体を揺らした。
「ホノカ嬢は今何をしている?」
「あ?今ごろ飯でも食ってるはずだぜ」
「……共にいないのか」
「ペットの連れ込みは禁止なんだと。つーことで宿で待ちぼうけってとこだ」
この姿じゃ店には入れないしな。
くぁぁと欠伸をしたマリモちゃんは、胡乱な目でユリウスを見た。
「おい、まさか逐一ホノカたちの様子を監視しろって言うんじゃないだろうな」
「ちが……今は貴様と話をしている暇はない。今すぐホノカ嬢とジェイルの状況を確認しろ」
一瞬狼狽えたユリウスであったが、咳払いを1つすると鋭い視線でマリモちゃんを睨みつけた。
事態は一刻を争うのだ、こんなところで時間を使っているわけにはいかない。
「とはいってもな、俺らのことはステラが見張ってるし確認するもなにも……」
「……制御を少し弱めた。それで探知くらいはできるはずだ」
「あ?」
マリモちゃんは思わず自分の首元に注目した。
確かに、ユリウスにつけられた首輪による魔力制御が少し緩和されているようだ。
ユリウスの言う通り、これなら魔法によってホノカたちの状況をある程度なら探ることができるだろう。
(にしてもあんなに俺の事を警戒して制御首輪まで着けたのに、それを易々と弱めるなんて油断しすぎじゃないか?)
それほどホノカたちのことを心配しているといえばそうなんだろうが、それにしても隙がありすぎる。
まぁこれ以上機嫌を損ねてまた制御をきつくされても厄介だ。
ここは大人しく言う通りにしてやるのも吝かではない。
マリモちゃんは言われるがまま魔法による魔力探知を開始した。
「え〜っとなになに……大通りにホノカとジェイルの魔力反応あり。あー、アオイのもあるぜ」
「状況は分かるか」
「細かいことはわからないが、死にかけてたら魔力に揺らぎがでるもんだが三人ともそれがないから……まぁ命に関わる怪我はしてないっつーことだな」
マリモちゃんの言葉に、ユリウスと傍で聞いていたクラークは安心したようにホッと胸をなでおろした。
細かい調査は必要だが、とりあえず現時点ではみんな無事らしい。
「ホノカたちの近くに強力な魔力反応が1つあることが気にかかるが……俺にわかるのはここまでだ」
「そうか、それなら」
「……あん?」
部下に指示を出すためにも一旦通信を切ろうとしたユリウスは、マリモちゃんのただならぬ様子に一度動きを止めた。
「おい、どうした」
「……ホノカたちに近づくもう1つの魔力反応あり。……おいおいこいつはまさか、でもなぜ」
「おい!」
ユリウスの呼びかけに答えることなくぶつぶつとなにやら呟くマリモちゃんは、ハッとした表情で傍らですやすや眠る毛玉ちゃんに体当たりをした。
「リオン!寝てる場合じゃない」
「……なにすんだよ、いきなり!」
急な兄の横暴に憤りを顕にした毛玉ちゃんだったが、続く言葉に動きを止めた。
「ホノカたちがヤバい」
大好きなホノカ、という言葉に毛玉ちゃんは大きく反応をみせた。
しかし、ヤバいとはどういったことなのか。
「ちょ……どういう意味だよ。ホノカ様がヤバいって」
「俺の勘違いじゃなけりゃ……こいつはアオイの手には負えない」
ホノカたちに近づいてきているもう1つの魔力反応。
それはマリモちゃんにとってよく見知ったものであった。
「下手したらあいつらみんな殺されるぞ」
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