嫌味な鳥とばちばちと…。
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誰もいない廊下はユリウスがホノカへの関心なんてないと、ホノカ自身に知らしめているようで、嫌な気持ちになる。
(こんなに露骨にする…?)
父からの手紙をグシャグシャに握りしめていた事に気が付くが仕舞うところもないので、迷わずジェイルの部屋へと続く廊下を小走り気味で走った。
離れから本邸まではホノカの足では然程もかからないが、小さなジェイルでは少し歩くのは大変だっただろう。
そんな距離を歩いてホノカに会いに来てくれたジェイルに、何故、本物のホノカは冷たくできたのか理解出来ない。
ユリウスがジェイルを溺愛したから嫉妬したという設定にはなっているが、それだけであんなに人を憎めるのか不思議だ。
(何だか設定というだけでは納得できない…)
ジェイルの部屋の前に着いたホノカは少し呼吸を整えノックをしようと手を上げたその時、漏れ聞こえた声に心臓がバクンっと大きく波打った。
「何故授業をさぼったのです?」
酷く冷たい声に驚き、薄っすらと扉を開けて部屋の様子を覗くと今にも泣きそうなジェイルが目に入ってしまう。
何も言えないジェイルに苛だった様に、右手の鞭を左掌に軽く当てリズムを取る男。
この男の名はアダム·サンデル。伯爵家の三男である。
「何故授業をさぼったのです?」
痩せ気味で神経質そうな男が、ジェイルを見下ろし、再度、咎める様に言った。
ホノカをかばってるのか、何も言い訳をする事のないジェイルの態度がこの家庭教師を増長させ、体罰を正当化する理由を作ってしまっていた。
「手を出してください。これは罰です」
いつも通りの躾だと言わんばかりに両手を前に出すように言った家庭教師に、ジェイルも歯向かう事なく小刻みに震えた手を差し出した。
緑色の宝石の様な瞳は今にも割れてしまいそうな程に儚い色を帯びている。
恐怖を感じているからだろう。
小さな子が大人から見おろされるだけですら怖いのに、相手が教師であり、鞭を携帯していれば尚更萎縮して自分の気持ちなんて言えるわけがない。
それを理解していながら、この男はわざとやっているのだ。
その汚いやり口に我慢できなかったホノカは、ノックなんて構わず扉を開けて叫んだ。
「ジェイルは悪くありません!」
目にした光景にひゅっと息を呑んだ。
涙を堪え両手を差し出すジェイルの姿が目に入り、ホノカは思わず鞭を払う。
「何をするんだ⁉」
「貴方こそ子供に体罰を与えるなんて、どういうつもりです?」
ホノカを目下だと認識している家庭教師は自分の正当性を強調しながら、ジェイルとホノカに
「体罰?これは紛れもなく躾です。ホノカ嬢はご存知ないかもしれないが、公爵家ではこれくらいの躾は当たり前なんです。…ねぇ、ジェイル様は私が間違ってない事は分かっておりますよね?」
無言のジェイルに自分は正しいと洗脳するかの様な言い方にホノカは苛立ちを覚えたが、まだ、公爵家の一員ではないホノカが口を出して良いものかと躊躇っていたのを良い事に、この家庭教師はジェイルを見下す様に言葉を吐き出した。
「ジェイル様、貴方がしっかり出来ないから、ユリウス様とホノカ嬢が結婚できないのですよ。みんな知ってるんです。ジェイル様はユリウス様の本当の子供ではなく、仕方なく面倒を見させられてるって」
「ユリウス様が仰っしゃったのですか?」
毅然とした態度のホノカに一瞬ひるんだアダムだったが、
この男はチラリとホノカを見て、わざと聞こえる様に呟いたのだ。
「優しいから漬け込まれるんだ。こんな男好きする女は娼館にでもいけばいいのに」
(は?この人は何言ってるの?ジェイルのせいですって?)
「うるさいわね…」
「は?」
「ピーチクパーチクうるさいのよ!ユリウス様が仰っしゃったのかと聞いてるの!」
家庭教師はホノカが反論してきたから怯んだ
自分より弱い相手には強く出る、典型的な卑怯者のようだ。
だが、ここで訂正して謝る事が彼にはできなかった。
プライドだけは高いのが仇になったのだ…。
「なっ…なんて生意気な女だ。貴様など商品としての価値すらないのに」
「商品としての価値?笑わせないでいただけます?貴方こそ、伯爵家の人間という価値しかないのでしょう?噂になってますわよ。お兄様方がお亡くなりになられて仕方なく三男に回ったのに跡取りが役に立たない遊び人だって」
アダムは怒りでワナワナと肩を震わせて、今にもホノカの胸ぐらを掴みそうな勢いで、罵声を浴びせた。
いや、感情のままに第三者を傷付ける事しかアダムには出来ない。自分の感情すらも、自身で制御する事が出来ないなんて、未熟な人間であり、半人前故である。
「公爵様に伝えますよ」
「は?」
「ジェイルに対する貴方の仕打ち。しっかりとユリウス様に伝えます…。さぁ、出口はあちらですわ!」
開け放たれた扉を指差すホノカを睨みつけると、彼は無言で出て行った。いつの間にか騒ぎに驚いた使用人達が集まり、冷たい目でアダムを見ていた。
ここでジェイルに対して罵詈雑言を浴びせなかった事だけが唯一の良心だったかもしれない。
「ホノカ様、ご迷惑をおかけしてごめんなさい…」
ホノカを覗き込むジェイルの瞳は朝露に濡れた様に湿気を帯びている。
「ジェイル」
ホノカの声にビクッと体が強張るのが分かった。
「ごめ」
「あなたは何も悪くないわ」
「え…?」
今までのホノカとは違う態度にジェイルは戸惑いを隠せす、不思議そうに彼女をただ見つめた。
動揺している揺れた瞳も、潤いを失くした唇も何故か愛おしく、庇護欲を唆らせる。
(これが主人公の条件か…)
例えどんなにボロボロの服を纏っていたって、彼は美しいのだ。
だから、人を狂わせる。
思春期になってからストーカーにあうのも、彼を巡って女と女の醜い争いが起こるのも、彼女をとられたと逆恨みされるのも、全てこの主人公マジックが掛かったこの世界に存在するから…。
(でも、おかしいよね?ジェイルがそれを望んだ?)
ホノカはぷるぷると首を左右に振り自分の考えを否定した。
ホノカの目から見ても、ジェイルはどちらかといえば大人しく、前に立つタイプではない。
では、何故ジェイルが主人公になったのか…。
ホノカのタイプが物静かなイケメン。
ただ、それだけ。
ジェイルにとってはいい迷惑である。
(ごめんなさい…。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…)
ジェイルを見るホノカの心は謝罪の言葉が湧き水の様に溢れ彼女の心を埋め尽くした。
ジェイルの小さな肩を抱きしめる。
「ホノカ様…?」
(私がこの子を守るのよ…)
私が創った世界に対する責任は自分しか取ることが出来ない。
「ねぇ、ジェイル、明日は私とお外へお出かけしましょう」
「僕と?」
ホノカはジェイルを抱きしめたまま、優しく頭を撫でる。
「うん。ジェイルが良ければだけど、私、ジェイルともっと仲良くなりたいわ」
「仲良くなってくれる?」
「うん。私がお願いしたいの。…私、ジェイルの家族になっても良い?」
不思議そうに頭を傾けるジェイルは、子供とは思えない程に無表情で無感情だ。
「家族なんていらない…」
「え?」
小さく呟いたジェイルの本心はホノカには聞き取れず、聞き返したが、ジェイルはニッコリと笑い。
「何でもないです。…明日の事、ユリウス父様に聞いてみますね」
「大丈夫?私が話そうか?」
「ううん。大丈夫です」
こくりと頷き、もう一度ジェイルの頭を撫でた後ホノカはゆっくりと体を放した。
「明日楽しみにしてるね!」
「はい!僕も!」
小さく手を振りホノカを見送りながら、自分の体に触れた暖かい温もりを思い出そうとしたが、再び同じ気持ちになる事は難しく、ジェイルは苛立ちを覚える。
「明日楽しみです…」
(もう一度、ホノカに抱きしめられたら、何かかわるかな?)
こんな風に誰かに頼る事は自分らしい考えじゃない。
ジェイルは大きく頭を横に振り、おかしな考えを振り払った。
(さて、父様にお願いしてこよう)
ジェイルくんは訳ありかな…?




