意地悪な人はいるという事と…。
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「ホノカ様、ベルツリー子爵よりお手紙が届いております」
ベルツリー家の従者は感情のない目でホノカを一瞥する。
実家にいる時も両親からの扱いが雑なせいで、ホノカを敬わなくて良い存在だと思っているからか、子供の頃のホノカは嫌がらせの対象にされていた。
この従者もその一人だ。
身の周りは人目があるので辛うじて整えられたが、食事は痩せろという理由でほとんど味のないサラダや具の無いスープくらいしか与えられず、常にお腹を空かせていた。
『娘なんて高く売れてなんぼだ。金持ちに輿入れできないなら、存在価値なんてないな』
ある日聞いてしまった父の言葉は今でも忘れられないキズとなって彼女の心に残っている。
この記憶はホノカではない。ホノカ·ベルツリーの記憶だ。
シンクロした今、二人は同一の記憶を所持しているから、ホノカ·ベルツリーの過去は鈴木ほのか自身の辛い記憶となり、彼女の心もざわめき立つ。
(…ホノカ、貴女は家族から逃れようとしなかったの?)
深い深い溜息をつくと、渋々手紙を受取りペーパーナイフで封を開けたのだ。
しかし、数行目を通すとやっぱり止めれば良かったという気持ちがホノカの心を埋め尽くした…。
(見なければ良かった)
いつも通りのホノカを蔑む言葉と早く公爵をおとせといった下品な言葉が並べられているだけで、娘を労る言葉など何一つなかった。
(はぁ。当然よね。あの人達にとっては私はただの道具だもの)
ホノカは従者に返事を書くので、少し待つように伝え机の引き出しからレターセットを取り出し、こちらもいつも通りの定型文を連ね始める。
「ホノカ様、そちらの他にも奥様より言伝がございます」
「お母様から?」
従者はもう一通取り出し、今度は直接渡さず机の上に置いた。
(なんて無礼なの!)
表情には出さなかったが、鈴木ほのかが入ったホノカは鉄拳制裁したい気持ちがフツフツと湧き出て、抑える事で精一杯だ。
怒りのあまり体がブルブル震えているホノカを見た従者は、ショックで泣いていると思ったようで、大袈裟に溜息を吐くと、
「旦那様も奥様もお嬢様を思っての事でこざいます。私も辛いんですよ。お嬢様もお分かりですよね?」
唇を薄く引いて笑った。
偽善者の様にホノカの味方を装っているが、目は嘘を着けない。
物事の良し悪しがつく大人なら、それすらも包み隠し、世を渡り歩けるのだが、如何せんこの従者にとってホノカは自分より下等と判断した人間。
遠慮をする必要がない。
だから、やっかいでもある。
以前のホノカなら、両親の愛を得る為にきっと我慢していた。
でも、今は以前とは違う。
(待って。私、この人に気を使う必要ないわよね?)
初めて気がついたのが本当に馬鹿らしいが、そんな疑問すらも考えられない程に、かつてのホノカは洗脳されていたのだ。
「貴方に言われる筋合いなんて無いわ」
「え?」
シーンと静まり返った部屋。
今まで口答えの一つもしなかったお嬢様の言葉遣いに従者は頬を引きつらせたままフリーズした。
「私より目下の者の意見なんて必要ないと言ってるの。貴方の役目はね、父と母からの手紙を私に渡し、私の返信を届けるだけ。違うかしら?」
従者は反論しようと口を金魚の様にパクパクさせるが、ホノカの指摘した事は正論で言い返す余地は無い事は知っていたが、プライドが許さないのであろう、ただホノカを憎々しげに見る事は止めなかった。
呆れたように息を吐くと、手紙の続きを書き終え封蠟を押しテーブルに置く。
「これを届けて。二人のご要望には答えられないけど」
従者は忌々しげに机から手紙を取ると、ホノカに向かって一礼すらしないまま部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋で、椅子に浅く腰掛け体を反らして大きく背中を伸ばした。
ベルツリー家の教育係が見たら、お小言が止まらないであろう。
だが、ここは実家ではないし、味方もいなければ敵もいない。
ホノカにとっては、はるかに快適である事には間違いない。
(はぁ。ゲームとはいえなんて酷い設定にしてしまったんだろう)
ゲームの世界上、クローズアップされるのは、ヒロインやその相手役…ホノカ·ベルツリーの様なモブの悪役は生い立ちなどもものの数シーンしかない。
プレイヤーにとっては対して興味もわかない人物は、そのキャラクターにどんな闇や辛い出来事があってもさほど関係ないのだ。
(ヒロインのハッピーエンドが全てだもの…。そこに加わるプレイヤーの感情なんて、どんなタイプの男が好きとか、佐久間さんの言ってた清々しいザマアなんだよね…分かってるけど…)
ホノカは強く目を閉じ、何度も自身の脳内を整理しよう考えを逡巡させる。
(あ…でも、これって、私がジェイルに嫌われずに、ユリウスとも上手く出来たらストーリーは変わるのかしら?)
ゲームのプログラマーとして、プログラムにない行動を取れば、ストーリーは変わってしまう。
今のホノカはバグの様な物だ。
ヒロインにとってはプラスになるはずなんてない。
だけど、ヒロインだけでなく皆が幸せになる結末があってはダメなのか、考えずにはいられない。
ホノカが処刑にまでなってしまったのは、ほんの些細なボタンの掛け違いであり、ジェイルとホノカが良い関係を築く事が出来たら、
(そうよ!今日の私とジェイルは仲良くやれてたよね?そうよ!そう!ジェイルに挨拶に行って、また明日もティータイムしようって誘うのよ!)
ホノカは椅子から立ち上がると、手紙を握り締めていたのも忘れ、ジェイルの部屋へと続く扉を開けた。
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