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Caged wind 2

「タクススについて少し話しておいた方がいいかな。タクススは僕やセルペンスと同じ、アンプルで後天的に吸血鬼になった人、アンプル産吸血鬼だ。そうだね……言うならば人類最後の切り札の番人と称すべきかな。セルペンスが飲んだアンプルが最後のやつだったはず。よくもまぁあの小汚いチンピラ小僧だったセルペンスに最後の一つを彼に渡したものだよ」


 アンプル。知らない言葉が出てきた。オルキデアがきょとんとしたことに気付いたらしい。彼は少し考え込む。


「アンプル……簡単に言うと吸血鬼と戦うために無理矢理体を作り替える劇薬だね。過度の被吸血による吸血鬼化との違いは徐々に進行していくことと吸血欲が薄いことと日光を弱点にしないこと。実際僕はほぼ血を吸わないだろう?」


 リャグーシュカが血を求めるのは自身の聖句を使いすぎた時ぐらいだ。それもほんの少し。一般的な吸血鬼禍を知る者からすれば微々たるものだ。そういえばセルペンスもまたネームドに至るまでに人間の犠牲者は出しているものの、どちらかというと異能によるそれで吸血による被害は聞いたことがない。リャグーシュカは血赤の瞳を細める。


「タクススは当時唯一の理性が残っているアンプル吸血鬼だった。だから残りのアンプルは彼が選んだ者に使うことになっていた。そして僕が志願し、お眼鏡かなって投与されたわけだ」


 と、その時だった。

 遠く歌声が聞こえた。この近くに誰かがいる。二人は思わず声がした方向を振り返る。

 それは一人の少女だった。人間とは思えない鮮やかな新緑の髪に妖しく煌めく同色の瞳。何より異常とさえ思うほどの年齢不相応な美貌。着ているのは簡素な、村人らしい古ぼけた白い貫頭衣だが、その色彩と容姿が与える印象はあまりに強烈だった。


「……誰?」


 二人の視線に気付いたのか少女は歌うのを止める。その視線の鋭さは少女のそれとは思えなかった。


「貴方達は、敵?」


 次の瞬間。

 二人に押し寄せるのはあまりに強すぎる風。


「あの人を害すつもりなら、出ていって!」


 オルキデアは反射的に聖句を紡ぐ。だが。何も通さないはずの結界の中で、確かにその匂いはした。春の花が手折られた時のような青っぽく、だが爽やかで甘い香り。それを知覚した時にはオルキデアの体は空高く舞っていた。


「……え?」


 いつの間に。それより問題は自由落下しつつある無防備な肉体。ぐらりと支えなき身体はバランスを崩すには十分だった。身を切るような空気を肌に感じる。相当な高さから落ちているのだろう。オルキデアがこの後待ち受ける運命に悲鳴を上げたと同時にリャグーシュカが影の翼を伸ばす。そして数秒後にはオルキデアをしっかりと両の腕で受け止める。


「あ、ありがとうございます……今、一体何が」

「……聖句の結界ごと風が君を空に持ち上げた。地面に接していた部分から君が落下したわけだ」


 リャグーシュカでも見逃しかねないほどの一瞬の事だった。だからこそ反応が遅れた。あえてまだ地面には降りず、二人は少女の出方を伺う。見れば少女はふぅふぅと荒い息をして、全身には脂汗をかいていた。今に倒れてもおかしくないような有様だ。


「なるほど、彼女自身にもあれの制御は大変だと見た。さて、オルキデア。君はどうしたい?」

「何とかあの少女と対話がしたいです。だって私達はあの人が誰かさえ知らないのですから」


 とはいえリャグーシュカやオルキデアが直接的に何かをしようとしたらあの少女は怪我してしまうだろう。墜落させられかけたことはさておき、無駄に怪我をさせるのは忍びなかった。ならばどうすればいいか。


「ところでオルキデア、少し気になることがある」

「なんですか? 状況が状況です。簡潔にお願いします」

 オルキデアを抱えたままのリャグーシュカはなんと言えばいいのか迷っているのか気まずい表情になっている。


「あの子に会うのは初めてのはずなのに、何故か、無性に懐かしくて」


 ぽとり。オルキデアの頬に落ちた雫。リャグーシュカでさえ、予想外だったのか狼狽し、それ故影の操作が乱れた。影の翼が霧散し、今度は二人諸々地面に叩きつけられそうになる。だが。


「これ! エコー、何をしている!」


 若い青年の声と共に二人の真下に現れた巨大な茂み。今しがた生えたとしか思えない不自然なそれに二人は激突する。折れた枝で怪我をするかと思いきや、それは蔓の塊だったのか、しなやかに二人を受け止めた。


「すまない、この子は少し人間との関わり方が不器用でね……ってリャグーシュカじゃあないか。まだ消滅していなかったのか」

「タクスス様!」


 少女が信じられない、と目を丸くする。ようやく年相応な表情を浮かべた少女の頭を青年は優しく撫でる。リャグーシュカの話だと確か彼は吸血鬼だ。それなのにその瞳の赤さ以外はどこか聖職者を思わせるほどに楚々としていた。タクススはにこやかに微笑んでリャグーシュカに手を伸ばす。


「何千年ぶりだろう。久しぶりに語らおうじゃないか」

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