Caged wind 1
吸血鬼とはなにか。
それは人類という種族から繁栄を奪い去る呪い。暴虐なまでの力で育てた芽を摘むがごとく人間の命を啄んでいく彼等に対し、人類が反抗しなかったか、というとその答えは否。天啓を受けたかの如く古代の人類は吸血鬼の亡骸から吸血鬼になるための薬を作り上げた。毒には毒を。非力でしかない彼等が選べた数少ない対抗策。聖句という選ばれた者達が使えるそれとは異なり、使用さえすれば誰もが武力を手に入れられるというその蜜のような毒は瞬く間に人間を蝕んだ。人造吸血鬼へと転ずるにつれ、正気を失っていき、やがて彼等自体もおぞましき人類の敵へと変わり果てていく。
悲劇の悪循環を終わらせるため、その薬の製法は封印され、やがてその存在ごと歴史の闇へと葬られた。残されたものはかつて自分が滅したそれと同じ化け物として狩られ続けた。
そう、万が一の時のためのたった二本のアンプルを残して。
「……うーん、この辺り、なんか見覚えがあるような?」
次の目的地に向かって森を歩いていたリャグーシュカが不意に呟く。先を歩くオルキデアは首を傾げた。
「でも何千年前ですよね? 確かですか?」
胡乱気な目で見ればリャグーシュカはうーんと唸る。
「正直に言うと少しばかり僕も懐疑的でね……何しろ植物とかなら成長とかあるからあれなんだけど……地形そのものが印象的ならねぇ」
その視線の先にあるのは見上げるほどに高い岩の絶壁。だがその聳える壁に掘られていたのは。
「あぁ、やっぱりここは覚えがある!」
巨大な聖人像の数々。少し木の根や苔で埋もれかけているところはあるが、それでもそれが目的を持って削られた像だと言うことは分かる。あまりに圧倒的な光景にオルキデアはつい手に持っていた旅行鞄を取り落とした。
「な、なんですか……!?」
「知らない?タクススの聖人壁像って。あれ、知らないうちにディアーナが増えてる」
懐かしそうに目を細めるリャグーシュカはそのまま歩いていく。どこかその表情は昔馴染みに逢いに行くようで。セルペンス以外に生き残っている知り合いなどいるのだろうか、と思いつつ、オルキデアはその後ろ姿を追いかけた。
◆ ◆ ◆
二人は入口こそ分かりづらいものの、明らかに人工的に作られた岩の切れ目の道から崖の中に入っていく。洞窟こそ長いが、定期的に人の出入りがあるのか燭台は定期的に明々と据えられていた。
「うん、やっぱり変わらないね……タクススはまだいるかな?」
「その、タクススという方がお知り合いなのですか?」
先の見えない洞窟を歩く足は自然と重くなる。こんな狭く跳弾しかねない場所で吸血鬼に襲われたら抵抗しようがない。不安感で一杯になるオルキデアにリャグーシュカは苦笑する。
「オルキデア、そんな顔をしない。暗闇は他の吸血鬼よりかは僕の領域だからね。それにこの里にタクススがいれば他の吸血鬼は出ないだろうさ。安心してくれ」
そろそろ里に着くよ、と言う視線の先には確かに少しばかりの光の筋が見えた。
◆ ◆ ◆
そこは無数の白と紫の花が咲き誇る花畑だった。岩壁の内側に隠されていた楽園に思わずオルキデアは息を飲む。一方リャグーシュカは懐かしそうに目を細めたものの、すぐに怪訝そうに首を傾げる。
「花畑が前より広がってる……住人が減ったのか?」
オルキデアついてきて、と促され、素直に歩き出す。リャグーシュカの方が土地勘があるならばそれに従った方がいいだろう。それに本来の目的地はまだ先、ここで長々時間を食う訳には行かないのだ。
やがて花畑を進み続けているうち、リャグーシュカの疑問が答えだったことを否応がなく思い知らされ、オルキデアはつい黙り込む。背の高い花々に埋もれるようにして生活の跡があるのだ。朽ち果てた家屋の成れの果てはだいぶ昔の様式のように思えた。




