Sweet sweet nightmare 5
リマスに容赦なく連撃を叩き込んでいくラウレルの動きは剣を手にしていた時よりずっと機敏でとらえどころが無い。その様子を呆然と見ていたフェガリの手を優しい温かさが包み込んだ。
「よく頑張りましたね、フェガリさん」
今治しますから、と惜しげもなく聖句を紡ぐオルキデア。どうして彼女がここに、先程逃がしたばかりのはずなのに。
「ラウレル、ずっといなくなった貴女を心配して探してたんですよ。リャグーシュカの拡散化使わなければすぐに見つからなかったかも。後で一緒にごめんなさいですね?」
あぁ、それともあの動きについてですか、とオルキデアは苦笑いを浮かべる。
「ラウレル、昔から健脚で剣使わない方が強いんですよ。世間体気にして剣を使うようにしてるだけで。ほら、吸血鬼を蹴り殺す聖職者って少しあれでしょう?」
「は、はぁ……」
リマスの体が次々に切り替わっていく。一蹴りごとにラウレルの聖銀で肉体のストックが破壊されていくからだ。
「おのれ……おのれ……!」
「その力で僕を篭絡したいなら姉さんの顔でも持ってくるんだな。さもなくば僕は容赦なく蹴れるぞ」
ラウレルのその言葉がきっかけだったのか。精神攻撃を諦め、物量でラウレルを制圧することを決めたリマスが肉体の損傷を気にせず手招きし始める。あらかじめ迎撃用に壁に死体を埋め込んであったらしく、崩落した壁から肉塊がリマスの元へと引き寄せられ、自然と壁の近くにいたオルキデアも結界ごとそれに巻き込まれる。
「それはさせない」
だが、彼女の体にリマスが触れることはかなわなかった。物陰に潜んでいたセルペンスが肉塊を爆散させたからだ。オルキデアは肉塊の残骸を払いのけながら防御の聖句を唱え続ける。
「ディアーナ様とノワを虚仮にした罪は重いぞリマス」
「死に損ないの虫けらがっ! 邪魔をするな!」
再生を阻まれながらストックを減らしていくリマス。そして。
「酷いじゃない……最後の一つになってしまったわ」
リマスの顔がオルキデアの前に現れた時の聖ディアーナの顔になった。その面影の清廉さは中身が吸血鬼だと信じられないほど。死んでもなお聖女であるその姿にセルペンスが唇を噛む。
「虫けら、貴方はこの顔は流石に殴れないでしょう?どんな気分? 今からこの顔でこの場にいる者達を鏖にしてあげるわ」
「……あぁ、そうだな。最悪な気分だ。ここまで追い詰めたのに、俺自身の手でてめぇを潰せないのは」
優位に立ったと誤認しているリマスは減らず口の中に隠された意図に気付けない。
「本当にクソッタレな気分だ。娘をむざむざと攫われて、何処の馬の骨としれない奴に王子様になられて、壁の染み野郎に美味しいところを持っていかれる気分はよぉ」
「――気に食わない君達に全てお膳立てされるよりかはましさ」
その瞬間リマスの胸を貫いたのは影の刃。リマスは大量の血を吐き出しながら本能で理解する。これが、彼女が生み出された原因だと。早く、早く逃げて、立て直しをしなくては。だが、敵はそれを許すはずもなく。
「【手招きの吸血鬼】リマス。ディアーナの顔だろうと僕は容赦なく殺せるぞ」
あの日戦場で見た、どこまでも圧倒的な形ある死がそこにはあった。
◆ ◆ ◆
「とりあえずしばらくフェガリは僕がカウンセリングしながら保護することになりました。姉さんの助力のおかげです」
リマスの消滅の最中、セルペンスは姿を消した。娘のフェガリをその場に残して。きっと愛する娘を再び吸血鬼達の闘争に巻き込みたくなかったのだろう、とオルキデアは推測している。
「セルペンスに対する切り札は前線にあった方がよいでしょうから。感謝される謂れはありません」
「姉さん、相変わらずですね。村で山猿のラウレルと呼ばれていた時を思い出しました」
聖騎士というイメージからはかけ離れた過去を思い浮かべるラウレルに彼女は白い目を向ける。
「ラウレル。その件は墓まで隠しぬきなさい。絶対に」
「聖騎士が山猿なんて笑えないですもんね」
未だに足癖の悪い青年は遠い目だ。自分のこととはいえ、やはりないな、と思ったようだ。
「それにしてもどうしましょうかね、明らかに初恋泥棒しちゃいましたよね僕」
「見た目だけはいいですからね、貴方」
自覚がある美形はタチが悪い。と、飲み物を買いに行っていたフェガリが戻ってくるのが見える。その笑みは明るい、幸せに満ち足りたものだった。
◆ ◆ ◆
「世話になったな、床の染み野郎」
その部屋は昼だというのに光ひとつなく真っ暗だった。
「……俺はてめぇを勘違いしてたみたいだ。俺と違って、てめぇは確かに相手が吸血鬼なら恋人の面をしてようが容赦なく殺せる。だが、それだけだ」
その中央にいるのは。
「チカヨルナ」
影でできた異形の化け物だった。そんな彼を外へと逃がさまいとするかのように無数の剣が彼の周囲に突き刺さっているのは異様な光景だった。セルペンスは少しばかりの哀れみをもって、真紅の瞳を細める。
「これはてめぇに頼っちまった俺の弱さだ。忘れちまえ」
真紅が血赤へと変じていく。より赤く、より眩く。それは魔眼だ。魅入られた化け物は抵抗すらできずにその光に呑まれていく。
やがてその光が収束する頃には化け物の姿はそこにない。代わりに剣山の中で倒れていたのは痩せた吸血鬼に成り果てた青年だ。
「【誰そ彼】は認識の境をぼかし、この件に関するお前の記憶を受け取った。フェガリが世話になった礼だ。後はあの小娘に全部任せておけ」
涙の痕が残る頬は呼吸のために微かに動いていた。
「嗚呼、くそまずい記憶だ……染み野郎、お前のために動くなんて御免だね」
ぼやけて、掻き消え。
残されたのは黄昏の光差し込む部屋で眠るリャグーシュカだけだった。
◆ ◆ ◆
苦い苦い悪夢の味。逃げても逃げても逃げられない。だから早く醒めたくて。
「お姫様は返してもらいますよ、悪い吸血鬼」
銀の光を纏った王子様は手を伸ばすには眩しくて目覚めのための口付けなんてしてくれなさそうけれど。
「よく頑張りましたね、フェガリさん」
与えられた温もりはママのそれとは違ってガラクタを容赦なく投げてくるほど逞しかったけれど。
「本当にクソッタレな気分だ。娘をむざむざと攫われて、何処の馬の骨としれない奴に王子様になられて、壁の染み野郎に美味しいところを持っていかれる気分はよぉ」
ぶっきらぼうで不器用なパパは相変わらずママとフェガリが大好きで。
フェガリはゆっくりと目を開ける。
「フェガリ、行きましょう。次の街までは歩いて三日。先は長いですよ」
今目の前にあるのはあの悪夢ではなく、紛れもない現実だ。
ママ、勇気を出してフェガリは。
「ええ!」
今旅立ちます。
次章は6月投稿開始出来ればと思います(書き下ろしのためずれるかも)。




