Sweet sweet nightmare 4
オルキデアはフェガリに連れられ出口を目指していた。
「リマスは今の時間は寝てます。だからオルキデアさんは今のうちに逃げてください。没収された武器はこちらで大丈夫ですか? この通路を真っ直ぐに行けば外に出られます。本当に巻き込んですいません」
隠し場所から盗んできたと思しき武器を手渡すフェガリの手は怯えから震えていた。
「貴女は? 私を逃がしたら、ただですまないでしょう」
「……ママの体を取り返すまでは離れられません。ママの顔で悪いことされるのだけは嫌だから。私が近くにいる限りは私への嫌がらせにしか使わないの」
大丈夫、どんなに殴られてもダンピールはすぐ回復するから。そう呟く彼女をオルキデアは真っ直ぐに見据え、そして喝を入れるようにビンタした。
「治るといえども痛みはあるのでしょう? 強がらないで、さっきみたいに素直に助けを求めなさい……助けは求められるうちに求めなくては、誰も救えなくなってしまうものなのですから」
だから、オルキデアの手を取って一緒に逃げてほしい。そう願う彼女に対し、フェガリは泣き出しそうな顔で笑った。
「いいんです、オルキデアさん。その言葉で十分なんです。私はダンピール。これはきっと、愛が生まれるはずなどない吸血鬼と人間の間に生まれた忌まわしい子供、それなのに幸せになりたいと願ってしまった罰なんですから」
その目を見て、オルキデアは悟ってしまった。この少女はオルキデアでは救えない。そう、彼女を救うのは。
「……必ず戻ってきます。だから、今はさよなら」
これは逃避ではない。オルキデアは良心に痛む胸に気付かないふりをして走り出した。
◆ ◆ ◆
隠し通路の扉は壊した。もうオルキデアは戻ってこられない。これでいいのだ。オルキデアが殺されてリマスに喰われたらあの優しい人は悲しむ。だからこれでいい。
傷付くのは自分だけでいいのだ。壁を殴り壊したせいで痛む拳を撫でながらフェガリがふと唇を綻ばせた時だった。
「――フェガリちゃん、あの小娘、逃がしたのね?」
聞こえるはずのない声。高いヒールの音をさせて歩み寄ってきたのはリマスだった。だが、その姿はオルキデアが見たものではない。
「フェガリちゃん、ママに逆らうの?」
先程オルキデアが見たものとは異なる、艶やかな黒い髪に灰の瞳。その見た目は一般的にもありふれたそれでしかない。だが、その顔は何よりもフェガリの胸を抉るのだ。
「貴女はママじゃない……! ママを、ママを返して!」
「いいえ、いいえ。残念だけれど、わたくしは今はもう貴女のママよ。フェガリちゃん、ママにそんな酷いことを言えるなんて、貴女、本当に悪い子ね」
心の奥底から凍てつくような蔑みの言葉。母の顔でそんなことを言うな、そう怒ることができればよかった。だがフェガリは優しすぎるが故に母の形をしたそれを切り捨てることなどできなかった。
「……フェガリは、わるいこです……ごめんなさい、まま」
少女の悪夢はいまだ覚める気配はない。
◆ ◆ ◆
リャグーシュカは不意に漂ってきたその匂いに気付く。
「オルキデア!」
「リャグ!」
消えた時と着ているものこそ違うが怪我ひとつないオルキデアが何かを探して走っていた。そして彼女はセルペンスの姿を見て息を飲む。
「【誰そ彼の吸血鬼】セルペンス……!?」
「今は共闘関係だ。オルキデア、無事だったのか」
少しばかり彼女は驚いたようだったがそれどころどころではないらしく、直ぐに頷く。
「フェガリという少女が私を逃がして……でも彼女は逃げてくれないのです!」
「クソッタレ! 変なところであいつはノワに似たな!」
まさかセルペンスはフェガリの知り合いなのか。と、フェガリの言葉を思い出す。もし、それが事実なら。
「フェガリのお父様が、セルペンス?」
「シスター、フェガリはまだリマスと一緒に中にいるんだな?」
セルペンスは肯定しなかった。だがその焦りはどこまでも雄弁だった。
「ええ。そして彼女を確実に救出するために私は提案します。リマスとの交戦歴があり、無事フェガリを守り抜いたラウレルをここに召集することを」
◆ ◆ ◆
フェガリはダンピールだから血を飲む必要が無い。だからこそ、吸血鬼達が血眼になって血を啜る理由が分からないし、分かりたくもない。
「ダンピールの血はやっぱり実在性が薄いわね。今頃あの小娘の血を飲めていたはずなのに……本当にフェガリちゃんはダメな子ね。また攫ってこないと」
リマスの口元が自らの血で汚れているのを虚ろな目でフェガリは見つめていた。手足の感覚は既に無い。これ以上吸血されたら流石のフェガリでも死ぬのではないだろうか。
最後にあの優しい青年に謝りたかった。たまたま拠点を移動する途中のリマスとフェガリを見つけただけなのに、すぐに彼女のSOSに気付いて準備もろくにできていないというのにリマスと戦い、そしてその両腕と引き換えに彼女を保護してくれた。それなのに母を切り捨てることができないせいで自分はまたリマスの元に舞い戻ってしまった。
「ごめんなさい……」
「いいのよ、フェガリちゃん。もう貴女みたいな悪い子はいらないから。血の一滴も残さずママに差し出して死ね」
その謝罪を自分へのものだと勘違いしたリマスが醜悪に笑う。それは母と同じ顔のはずなのに、化け物のように思えた。
「ごめんなさ」
「――そんな獣に謝る必要なんてありません、フェガリ」
次の瞬間。
フェガリの喉を食い破ろうとしたリマスが吹き飛んだ。壁を突き破ってきたラウレルの蹴りがリマスの頭部に直撃したのだ。
「とりあえずフェガリの母の顔はもうできないでしょう。この前、頭をぶっ飛ばした時にそう言ってたのを覚えてますよ。次は聖ミハエル? それとも聖女ディアーナ? この聖騎士ラウレル、汚名返上の機は逃しません」
その足に輝くは見慣れない聖銀の無骨なレガース。聖騎士とは思えないほどに鎧も何も身に着けていない軽やかな軽装になったラウレルは不敵に笑った。
「お姫様は返してもらいますよ、悪い吸血鬼」




