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Apocrypha - Vampire and Sister  作者: 染井Ichica
Sweet sweet nightmare
14/24

Sweet sweet nightmare 1

 それは甘く甘く蕩ける恋のような悪夢のお話。


◆ ◆ ◆


 一人、指定された酒場に来ていたリャグーシュカは深く溜息をついていた。主に目の前の女性の淀みないマシンガントーク故に。


「この度は遠方での任務ご苦労! 最果ての雪国と名高いエンデ村のお土産はあるかな? えっ、ない? 気が利かないねぇ!」


 昼だというのに陽の光が差し込まない地下にある酒場にいた情報屋の女性、リコリスの瞳は血のように赤い。彼女は吸血鬼禍の被害者、そう後天的吸血鬼だ。生まれ故郷を吸血鬼の牧場村にされ、解放された時にはその毒牙にかかっており、吸血鬼達の手駒として良いように使われていたという。だが元から負けん気が強い彼女はその押し付けられた境遇に甘んじるつもりはなく、人の血を飲まず、獣の血で飢えをしのぎながら吸血鬼達の寝首を搔き、その手で教会に生首片手に保護を求め駆け込んだという烈女だ。それからは同じように吸血鬼にされてしまった者達を保護しつつ教皇直属の情報屋兼伝令として活動している。


「さて、ここに来てもらったのはまぁいつも通り新たな任務……といきたいとこだが今回はそういう条件じゃないのさ」


 目の前の闊達を形にしたかのような女性の言葉にリャグーシュカは怪訝そうに顔を顰めた。


「……ネームド案件か?」

「まさか! そこまでのやばい案件じゃあないさ。ただ物珍しいだけで。まさか実在したとはねぇ」


 リコリスの一つに束ねた髪が揺れる。吸血鬼の証である血赤の瞳はどこか愉快そうに歪んでいた。


「吸血鬼でもなく人でもない私達とは正反対、吸血鬼でもあり人であるダンピールの出現だ」


◆ ◆ ◆


 リャグーシュカが任務を告げられていたその時、オルキデアは別の喫茶店にいた。弟のラウレルと待ち合わせをしていたからだ。オルキデアの存命している唯一の肉親、ラウレル・セントリオは彼女と同じく悪魔祓いだ。オルキデアとよく似た清廉かつ優美な見目をしながらも抜群の身体能力を持つ彼は教会所属の聖騎士として活躍している。

 聖騎士は聖句が使えないながらも悪魔祓いになりたいと願う者のために作られた専門職だ。教会への忠誠を誓い、教皇から聖別を受けることで与えられる聖銀と呼ばれる金属で作られた武具を手にし吸血鬼と渡り合う彼等は吸血鬼討伐において欠かせない存在だ。一般的に聖句使いは聖職者であるため肉弾戦を不得手とする者が多い。そんな彼等を物理的に補佐し、時には統率の取れた戦闘により単独で吸血鬼討伐を成し遂げる聖騎士は人々にとって崇拝の対象である。

 辺境からの成り上がりを絵に描いたような華々しい存在だがどうして急に自分を手紙を送ってきたのだろう、と運ばれてきた紅茶を嗜みながらオルキデアが思案にくれていると、突然一人の少女に声をかけられる。そしてオルキデアはその瞳を見て思わず息を飲んだ。


「あの……オルキデアさんですか?」


 その瞳は血赤、ではなく少しだけ褪せた朱色。アルビノのようだ、と思うが他の部分の色彩は色濃く、健康体の少女そのものに見える。


「……ええ。私がオルキデアですが」

「ラウレルくんから聞いていた通りの人でよかった! 私、フェガリです」


 よろしくお願いいたします、と元気な挨拶にオルキデアは自然と表情が和らぐ。それでもいつもの癖として銃をすぐ取り出せるような体勢にはなってしまう。だが少女は気がついた気配は無い。どうやら荒事とは縁遠いようだ。


「どういったご用件で?」

「実は……ラウレルくんが怪我をしてしまって……お姉様でないと治せないと言っており」


 血の気が引くのが分かった。

 多少の傷なら聖句や通常の医療行為で治せる。そもそも聖別を受けた聖騎士は負傷しにくくなるのだ。しかし、そこでオルキデアでないと治せない、と指定がつくのならばその重症度は跳ね上がる。瀕死、またはよくて四肢のいずれかが欠損しているという可能性すら含まれるようになるのだ。


「早く案内を……!」

「はい!」


 どうか無事で。オルキデアは唇を噛み締めた。


◆ ◆ ◆


 最優とも称される聖騎士ラウレル。

 最年少で聖騎士に任命されその圧倒的な戦闘技術によりオルキデア同様一人で各地を渡り歩く変わり者。

 教会内でも麒麟児として有名な彼の両腕は無惨にも肘から先が失われていた。


「姉さん、お手間かけさせてすいません。愚弟ラウレル、このような生き恥を晒しておりますが息災です」


 寝台の上からオルキデアに向かって苦笑いを浮かべる彼の顔色はちゃんと手当自体を受けてはいたのか悪くない。それを見てオルキデアはようやく一息ついた。


「彼女から手当が必要と聞き、心配しました」

「止血などは近くにいた聖句使いに頼んで既に終わっているのですが、腕を生やすレベルの治療は姉さんでないと難しいのでお呼びしました」


 だがどうしてこんなことになっているのか。オルキデアが不審に思っていると、傍らにいたフェガリが俯く。


「ラウレルくんは……私を庇ってこんなことに……」

「気にしないで欲しい。聖騎士なら弱きを守る、当然のことだ」


 その見た目に相応しく優等生らしいことを嘯く彼だが、オルキデアはおや、と思った。だからつんつんとその頬をつつく。


「ラウレル、どうして照れているのです? なにかやましいことでも?」


 触れた頬は微かに赤かった。そうすると全力でからかいたくなるもので。ラウレルは露骨に嫌そうに顔を顰めた。


「姉さん、僕は聖職者です。冗談はやめてください」

「ごめんなさいね? では……」


 オルキデアはすっと息を吸い込む。イメージするのは怪我ひとつない彼の姿だ。


「【花は桜木人は君 あの日の香りに想いを馳せる】――」


 その願いはもがれた四肢をも取り戻す呪いじみた奇跡。みるみるうちに再構築されていく両腕に見慣れていないらしいフェガリは目を丸くしている。やがてその爪の先まできちんと元通りになったラウレルは手の感触を確かめるように手を開閉する。そして少しぼかり違和感があるのか、顔を顰めた。


「はい、終わりましたよ。一からの再生だから手の握力は戻るまでは時間がかかりますので無茶しないように」

「ありがとうございます姉さん……確かにまだ剣は握れなさそうですね」


 仕方ない、武器を当面変えるか、と仕方なさそうに呟くラウレルに向かってオルキデアは微笑む。


「では貴方の腕を奪った吸血鬼の名を吐きなさい。聖別されてる貴方の腕を断ち切れる存在なんてそう多くはない。ネームド以上でしょうね。ひょっとして最近目撃情報が出ている【誰そ彼の吸血鬼】セルペンスの仕業ですか?」


 その凄みは美しく清廉だからこそ逆らいがたかった。フェガリがセルペンスの名に怯えたように震えるが、ラウレルは落ち着いたものだ。家族だからこそ、他の者なら怖気づいてしまうような彼女の凄味にも慣れているとも言える。


「いえ、僕の腕を奪ったのは【手招きの吸血鬼】リマス……死体を吸収する恐ろしい吸血鬼です」

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