Wake up,snowy gravekeeper 7
オルキデアが駆けつけた時には既に決着はついていた。
「リャグ、お疲れ様です! こちらは問題なしです! パルマ神父もじきに来ます!」
どうやら相棒はしっかりやり遂げたらしい。影の翼でカルドだったものを手近な大木に縫い止めていたリャグーシュカはようやく少しばかりの人間味を取り戻す。
「それは重畳。間に合ったようでなによりだ」
「お礼は【金色の獣】さんに! ……カルド神父、貴方の目論見は全て無に帰します」
オルキデアはピクピクと痙攣するだけになっている異形に対してゆっくりと語りかける。怯むことなく、嘲ることなく、ただ真摯に。
「心さえ生きていれば私が傷は治します。どんな傷であろうと生き返らせる。それが【聖女ディアーナの恋歌】しか歌えない私の使命だから」
「……言い忘れていたが後天的な吸血鬼化ですら彼女は治せるぞ。変わって日が浅くて、本人にもその意思があれば、だが」
リャグーシュカの補足にカルドだった者の動きが止まる。
「それがただ一つのことに逃げずに向き合い続けた結果だ」
「ーーおい、そこまでにしてやれ、非凡共」
無自覚に追い討ちをかける二人を止めたのはパルマを連れた獣だった。呆れと慈悲を込めて獣はカルドに歩み寄る。そして鎧武者の姿へと戻りながら問いかける。
「汝に一つ問う。まだ、一人も死人は出していないな? というより死人が出そうだから俺が動いたわけだったが」
「……残念ながら」
渋々と言った返事に鎧武者が頷く。
「なれば、汝にやり直しの機会を。一切の未練を捨て、贖罪に励め」
「一体、何を」
オルキデアの呟きの答えはすぐに出た。抜き払った剣は一瞬でカルドを真っ二つにした。吸血鬼特有の散り際に乗っ取り、塵となっていく体。あまりの速さに認知が遅れ、言葉が出なくなる。
「さて……恐らく村の近くにあいつは再発生するはずだ。だがただの人の身にはこの寒さはちと辛いだろう。早く保護してやれ」
「待て、何のことを」
鎧武者が小首を傾げる。再生した兜のせいで表情は分からなかったが、今の彼がどんな顔をしているか、最早推測もできなかった。
「斬って、吸血鬼になる前の神父を作り直した。ただそれだけだが」
◆ ◆ ◆
「うぅ……どうしてこんな所に……寒い……」
カルドはオルキデア達が泊まっていた宿の外に倒れていた。防寒具がないせいか、凍えて震え上がっている。その様子は本当にただの人間そのものだ。パルマは驚いたように目を見開いたがすぐに何も言わずに自分の上着を脱いで被せていた。
その様子をオルキデアとリャグーシュカは物陰から見ていた。
「……命の冒涜、とか言うなよ。そんなの俺自身が一番理解してるし、俺自体もそんなものだからな」
獣がぼそりと呟く。
「ただ、あのままだとあいつは確実に死ぬ。だが、それは誰にとっても悲しいことだ。だから邪念だけを摘出してやり直した。別に誰にでもやるわけじゃない」
「……」
神の如き所業を淡々と誇るでもなく、仕方なく、といった様子で終わらせようとする姿はどこかそれでも人間の感性を残したものがそう取り繕うとしているかのようだった。
「さて、これで今回の俺の仕事は終わりだ。じゃあな」
その姿が一振の剣へと変わっていく。オルキデアは呼び止めようとした。まだまだ聞きたいことは沢山あるのだ。どうしてこのタイミングで現れたのか、とか、どういう原理でカルドを作り直したのか、とか。
だがその言葉が出るより先に金の瞳がじっと二人を見据える。
「そうそう……一つだけ。約束の地にこの剣を届けろ。呼び声に応えたあいつが力を貸してくれるはずだ」
「約束の地……?」
だがもはや答える気は無いらしい。その頃には完全にその体は人間の形を失っていた。リャグーシュカは一瞬迷いつつも、その剣へと触れる。すると剣は霧散して消えていった。その粒子はリャグーシュカの掌へと吸い込まれていく。
「……え、どういう原理ですか、それ」
「僕にも分からない。が、まぁ……害はないだろう」
先程、剣を返そうとした時の激痛はオルキデアには黙っておこう、とリャグーシュカはひっそりと決意した。
◆ ◆ ◆
「お世話になりました」
「いや、それは此方だ。感謝する、シスター・オルキデア」
雪降らしの剣が無くなったことにより雪解けが始まったエンデ村は久しぶりの春を迎えていた。オルキデアは旅行鞄を持ち直しながら溜息をつく。
「次の任務がなければ私ももう少しこの村の春を見たかったのですが……」
「これ以上ここにいられたら私の立場が無くなる」
そう呟くのはカルドだ。パルマ曰くカルドはここ数ヶ月の記憶が無いらしい。おそらくその期間が吸血鬼に寄生され協力していた期間なのだろう。改めてもう一度しっかりと責任をもって鍛え直すと同時にメンタルケアを行うとパルマは言っていた。前なら言わなかっただろうカルドの本音にリャグーシュカは立場どころか命すら失いかけていたがな、と内心で思いながら口を噤む。オルキデアも同じ思いだったのか苦笑いを浮かべている。
「では、行きますよ。リャグーシュカ!」
二人は歩き出す。神父達の姿が見えなくなった頃、オルキデアはあっ、と声を上げる。
「しまった。リャグの里帰りだったのに里帰りらしいことを何もしてません!」
「いや……したさ」
あの獣は義理もないのに守り続けていた。彼が生まれた地を。朽ちることがないように、暴かれることがないようにと誰も立ち入ることが出来ない尽きぬ雪の中に無数の墓標を閉じ込めて。それも三千年もの間。だからオルキデアが眠った後、こっそりと吹雪が止んだ立ち入り禁止区域に赴き、墓参りもできた。あの頃とあまりに変わらない故郷の雪景色に感傷が込み上げてきた。オルキデアを連れずに一人で訪れてよかった、と思ったほどだ。
「えっ、いつの間に」
「ほら、さっさと次の任務に行くぞ、オルキデア」
だから次は自分の番だ。いつか約束の地とやらにかの剣を届けるのだ。リャグーシュカは振り返ることなく歩みを進めた。
二章完結です。
次の章はリアルが繁忙期のため、4月開始予定です。




