Wake up,snowy gravekeeper 6
オルキデアへの妬みがついに限度を超えたのか、カルドの目によくない光が灯る。
「おのれ……おのれおのれおのれ!」
「オルキデア!」
対峙していたオルキデアを無視してカルドがオルキデアにとびかかろうとする。その両腕がカマキリの鎌のように変形していることに気付いたオルキデアは即座に自分と獣を覆うように結界を張った。
「オルキデア! 君はパルマ神父を探して治療してくれ! 満身創痍のはずだ! ここは僕が抑えるから!」
「分かりました! 【金色の獣】さん、お願いします!」
リャグーシュカが影の翼を広げるのが見えた。心配だが彼から今聞いたパルマの現状の方が気がかりだ。オルキデアは迷わず戦線を放棄し先をゆく。追撃は影の翼が弾いた。硬質な音だった。あれが首に当たっていたら、と一瞬脳裏に浮かんだ嫌な予感は振り払った。
◆ ◆ ◆
パルマは破壊され尽くした教会の中で倒れていた。だがその惨状は予想を超えていた。
「パルマ神父!」
どれほどの血を失ったのだろう。顔に血の気はなく瞬きも返事もない。見ればその腹には大きな穴が空いていた。
「これは……」
今この瞬間に絶命してもおかしくない、と獣は呟く。事実、片足はちぎれとび、腕も皮一枚で繋がっているような状態だ。
オルキデアは駆け寄り心音を確かめる。消えかけてはいるがそこに確かに命火はまだ燃えていた。だから揺るぐことなく、代わりに心を強く持つ。それしか彼女にはできないから。
「『貴方に花を 唇に歌を 花の旅路はまだ終わらない 夢は終わらせない』ーー」
それは単なる治癒の聖句ではない。今にも消えかねない瀕死の者を無理矢理生へと引き戻す奇跡。それ故に一切の迷いや雑念のない純粋な祈りを求める高難易度聖句。その詠唱は長く、そして途中で途絶えることを許さない。
「逃げろ!」
たとえひび割れた天井が落ちてこようとも。
心からあるはずもない奇跡を願うのならば自分の身より隣人を思え、と無理難題を強いるのだ。
「『今ひとたびの逢瀬を願う 目を開けて愛しき貴方』!」
崩落した天井が砂埃を立てて降り注ぐ。だが、その瓦礫が彼女を傷つけることは無かった。
「ーーお見事、シスター・オルキデア。そして聖女ディアーナ様に深き感謝を」
閃光が如く何かが飛び出してくる。その正体を理解した獣は自らのことは棚に上げて思った。
「……デタラメすぎるだろ、聖句使い」
誰が再生途中のまだ骨しかない足で跳躍すると想像できるだろうか。事実オルキデアも抱きかかえられながら目を白黒させていた。落ちてきた瓦礫を殴り飛ばしたのかパルマの拳からは微かに煙が出ていた。
「私なぞシスター・オルキデアと比べてしまえばまだまだ。まだこの老体に伸びしろがあればいいのだが」
「少なくともカルド神父よりは可能性はありますよ。吸血鬼になったら以後聖句は使えないそうなので。あ、まだ再生したてだと肉同士の結合が甘いのですぐに落ちる可能性があるのでお気をつけください。全治三週間ですよ。さっきみたいな無理は絶対ダメです」
崩落の可能性がないところに降ろされたオルキデアが叱るように告げるとパルマはふむ、と考え込む。
「となるとあの馬鹿者を殴るのは諦めるか……他の吸血鬼共は滅したのだが」
「……一人で?」
雷を放つ時点で吸血鬼の数を把握していた獣は更に表情を引き攣らせる。と、ようやく彼の存在に気付いたらしきパルマの目が少しばかり和んだ。
「まさか、【金色の獣】様まで生きている間に見られるとは……長生きはするものだ。神よ、感謝します」
「……これ、俺が手出しする必要なかったかな」
とりあえずパルマはもう心配はいらないだろう。早くリャグーシュカに合流せねば。
オルキデアは走り出した。
◆ ◆ ◆
リャグーシュカはカルドの顔色が悪くなっていくのを心底つまらないものを眺める目で見ていた。
「言っておくが僕の相棒は理不尽なぐらいにディアーナの意志を継いでいるぞ」
それこそ自己犠牲を顧みずパルマを生き返らそうとするだろう。そして彼女の胆力と真っ直ぐさならそれができる。
「あー、今となっては無駄だが、君は、蘇生の聖句は使えたのか?」
おそらく無理だろうとは思いながらも確かめる。すると返事の代わりに投げつけられたのは鎌による斬撃だった。かわしながら次の攻撃を読もうとすればその顔面が裂けて異形の姿への変わっていくのが分かる。完全に吸血鬼に変態したのだ。不可逆のそれを見てリャグーシュカはぼそりと呟く。
「……驚いた。ネームドの敷居も下がったものだな」
ネームド。それは世界そのものから人類の脅威たりうると認められた吸血鬼の魂に刻まれる忌み名。聖職者や吸血鬼達ならばその呪いを読み解ける。
「【斬鉄の吸血鬼】カルド……これで君は僕の完全なる敵だ」
リャグーシュカの顔から表情が消えた。それはどこか人間の形を写し取っただけの何か別物のようで。影が、夜が、周囲を覆い尽くしていくのをカルドは虫のような複眼で見ていた。
「【成れ果ての吸血鬼】リャグーシュカ、いざ参る」
彼は永遠に知ることは無い。
目の前の男が三千年前、この地を襲った吸血鬼をその手で殺した時にはまだ人間であったということを。




