Wake up,snowy gravekeeper 5
雷がこちらに襲いかかる前にオルキデアが結界を張ったのが見えたから心置き無く回避に専念することが出来たリャグーシュカは攻撃してきた主を見据えた。本体が影に変容しているリャグーシュカは光で目が眩むことがなかった。
だから雷が暴れ続ける中でも青い鎧の男の語り掛けにもすぐ反応ができた。
「今度は間違えなかったようだな」
その声に込められたのは感心と親しみ。それが何故か分からず、リャグーシュカは首を傾げる。
「何の事だ……?」
「いや、今のお前さんには分からないんだったな。悪い悪い。おい、【無限展開式】、さっさと帰ってこい」
青い鎧の男がそう呼びかけるとリャグーシュカは違和感を覚えた。何かが、何かが体内を食い破って飛び出してこようとしている。それはまるで体内から無数の針が肉を刺すようで。走った激痛にリャグーシュカは喘ぐ。
「え、嫌だ? もう少し見守りたい? まったく我が強い奴だ……あぁ、すまない。こっちの話だ」
鎧の男が手をひらりとすると身体中の痛みが止む。肩で息をしながらリャグーシュカは雪降らしの剣を影で形作る。やはり男が佩いたそれと同じ見た目をしていた。
「あー、その剣だが……どうやらお前が気になって気になって仕方がないらしい。そのまま使っていいぞ」
「それは、どうも?」
「何がたった一太刀の奇跡だ……まったく」
リャグーシュカには理解できないことを呟きながらどこか困ったように溜息をつく鎧の男だったが、不意に表情を変える。
「と、こんなところで道草売ってる場合じゃなかったな。ロマン、急いだ方がいいぞ。知らん間にエンデ村が吸血鬼まみれになってたからな。救いたいなら走れ」
どうしてその名を。雷鳴の中、リャグーシュカは言葉を失う。だが今それを問うのなら、目の前の男は片手間で虐殺を行うのだろう。先程のように。だからリャグーシュカは返事の代わりに走る。それを鎧の男が満足そうに見ていたことなど知るはずもなく。
「……本当に、俺との契約のことは覚えていないんだな、戦友」
◆ ◆ ◆
辿り着いた村の中央には避難してきたと思しき村人達が集まって気絶していた。だが、その明らかに人為的に定期的な傷をつけられた両腕を見てリャグーシュカの表情が曇る。
「……牧場村か」
吸血鬼達が効率的に人間の血液を得るために襲った村を掌握することがある。そして生かさず殺さずを強いるのだ。それを牧場村と呼ぶ。
「安心してくれ! 僕は教皇の名できた者だ!」
とはいえ吸血鬼特有の赤目でどれだけ説得力があるかという話だが、それでもリャグーシュカは言葉を惜しまない。それにしても予想以上に被害者が多い上に明らかに後天的吸血鬼になりかけている者もいる。どうしたものか、と思案しようとした時だった。
「おや、シスター・オルキデアの付き人の吸血鬼、これはお前の仕業か?」
聞こえてきたのはカルドの声だ。
しかし。
「ほう、ディアーナの聖句を使うと聞いていたから期待していたが……肩透かしだな」
それに応えることなく、リャグーシュカは眦を吊り上げる。そこにあるのは静かなる怒りだ。ふつふつと燃えるあかいひとみを見てカルドは首を傾げる。何も分からないかの如く無邪気な様子だ。
「嫉妬に焼き滅んだか」
「どういう……あぁ、いや、もう隠す必要は無いか!」
彼の言葉にカルドの表情が一変した。人の良さそうな清廉さは消え、そこにあるのは欲深さで濁り切った笑みだ。リャグーシュカは目を凝らす。やはりその脳髄の奥深くに寄生型吸血鬼の気配を感じる。基本的に悪魔祓いや聖騎士の体に吸血鬼は寄生できないはずなのに、だ。
「お前は……自ら吸血鬼に降ったと?」
「ご明察! こんな僻地で修業なんてやってられるか! 吸血鬼十体だ、流石のパルマのクソジジイも今頃くたばってるだろうよ!」
小さな村には過剰な戦力だ。その上まさか同胞にも既に手にかけているとは思わなかった。リャグーシュカは奥歯を噛み締める。
「性根が……腐っているな」
「吸血鬼は人間を呪い憎悪するものだ。聖典にもそう書かれている。何もおかしくないだろう? 吸血鬼のくせに人間ヅラするお前の方が気色悪くて仕方がない!」
同じ元人間なのにどうしてここまで変わり果ててしまったのか。問いかけようとして、聞こえてきた音に思わず顔がにやけそうになる。
「ーー遅くなりました、リャグ」
「遅くなんてな……いや、待て、なんだそれは」
駆けつけたオルキデアが乗りこなしていたのは見たことがない獣だった。まず青みのある黒い毛の時点でおかしいが、その形やサイズ感がおかしい。馬より大きいのに、体つき自体は細くしなやかで洗練された何かを感じる。何を血迷ったらそんなかっこいい生き物が生み出されるのか。ついでに言うとそのもふもふはどんな肌触りなのかと少しばかり興味が出てきた。そんな状況では無いというのに。
「【金色の獣】さんです!こう見えて裸馬にだって乗れるんですよ、私!」
「いや、まぁ色合い的にはそうだと思ったけど!」
まさか本当に獣の姿になれるとは。なるほどこれなら確かに【金色の獣】呼ばわりされるわけだ、とリャグーシュカが納得している一方、獣を乗りこなしているオルキデアをカルドは殺意の籠った目で睨みつける。
「妬ましい……そうやって天才ってやつはいつだって周りの気持ちなんて考えもしない……!」
「えっ、私如きを天才だなんて思ってるなら世間知らずすぎです」
それは彼女にとって煽りでは無いのだが、そう取られてもおかしくない返しだった。心なしかオルキデアが跨っている獣も、呆れた目になっている。
「本当に天才ならとっくに聖人や聖女になってるでしょう?」
謙虚ここに極まれり。
自覚のない天才は厄介なのである。




