表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一人ぼっちの還り道

作者: 画竜転生

これは、五月雨が酷く降った中学生の時のある日の放課後のことだった。


「今日は一段と最悪の日だ。」


教室で一人、ほうきを片手に僕はため息を溢した。


授業では、居眠りで先生に怒られ、放課後は、僕以外の掃除当番は全員サボり、挙句の果てに、もうすぐ終わるってところで雨まで降り始めた。僕はこの日に限って、傘を家に忘れてしまっており、帰りに職員室で傘を貸してもらおうと考えていた。


大抵の人がもう家に帰っていて、教室内はもちろん、がらんと静まり返った学校全体には、ほうきの擦れるような音がよく響いた。ゴミを捨てると、僕は足早に職員室へと向かった。


『コンコン』


「失礼します。二年三組の画竜転生がりょうてんせいです。傘を借りに来ました。」


声を張り上げながら入った職員室内には数人の先生が残って、カチカチとパソコンのキーボードを無神経に叩いていた。僕の存在に気づくと、一人の小柄な体型をした若い女性教師がその場で顔を上げ、微笑みながら指を指して教えてくれた。


「そこのバケツに入っている傘なら自由に使っていいよ。」


と言われ、指の指す方向には青色の大きなポリバケツがあった。中には無数の色とりどりの傘が無造作に刺さっており、僕は直感で一本の傘を抜き取った。その傘の傘地は、暗い黒色で取っ手が木でできている、子供が差すには少し背伸びした傘だった。が、何だか気に入るものがあり、僕は先生にお礼を言うと、その傘を借りることにした。


学校から家までの距離は、歩いておよそ二十分ぐらいの距離だった。だがこの街は、超が付く程の田舎街で、人通りは極端に少なく、田んぼやお墓が多い、代わり映えのないつまらない街だった。そのため、一人で帰る帰り道はいつも長いものに感じていた。そんな中、カーブミラーを軸とした曲がり道に差し掛かった時だった。


「帰りたい・・」


背後から、女の子の掠れるような声がした。僕は反射的に立ち止まり、振り返ったが、そこには女の子どころか、誰も居なかった。僕は不思議に思いながらも、雨の音を空耳したのだと思い、また歩き出した。だが次は、


「傘を返して・・」


と、さっきよりもはっきりその声が聞こえた。僕はまた歩みを止め、キョロキョロと周囲を見渡しながら、不安げに聞いた。


「誰?どうしたの?」


だが虚しいことに、何の返事も帰って来なかった。僕はゾッと鳥肌が立つほど、不気味に思い、足を早めた。


田んぼに囲まれた一本道を通り、神社の前を通り、墓場に続く林道の入り口を横切る。いつも当たり前に歩く帰り道のはずだが、何かに追いかけられるような焦燥感からその距離はいつもよりも一層長く感じた。でも、家も徐々に近づいていることが分かり、多少は安心を取り戻せていた。と思った束の間、また女の子の声が背後から聞こえた。


「どうして・・どうして私を見捨てるの?寂しいよ・・」


その女の子は今、明らかに後ろにいる。この時、僕の背中がそう言っているように感じた。僕はゴクリと唾を飲み込むと、恐る恐る振り返った。そこには、やつれた長い髪、破れた青いワンピースを身にまとい、腕や頭などから血を滴らせる同い年ぐらいに思われる女の子の姿があった。


「ぎゃあああ」


僕は絶叫し、腰を抜かしながら、思わず顔をしかめた。それから少ししてから顔を上げると、今度は目を疑う光景があった。そこは、さっき通ったはずのカーブミラーを軸とした曲がり道だったのだ。さらに、目を凝らしていると、さっきまでの痛々しい姿をしていた女の子の姿が嘘のように普通の姿へと変わっていた。整った長い髪、汚れ一つ無い綺麗な青色のワンピースを身にまとい、腕や頭などにも一切の傷も無かった。すると、女の子はにこにこと微笑みながら、僕に頭を下げた。


「ありがとう。換わってくれて。」


と意味の分からないことを言われた刹那、僕は身体の皮膚が剥がされるような、重たい岩に押し潰されるような、今までに感じたことの無い激痛が全身を走った。僕は思わず、持っていた傘をその場に落とし、涙目で崩れてしまった。


「僕に・・何をした・の?」


僕は、頬に雨と汗を流しながら、必死に女の子に問いかけた。それに対し、女の子は倒れる僕を見下しながら、不気味な笑みを浮かべながら言った。


「その傘は私の大事な傘。ずっと探していた大切な物。でも君はそれを勝手に使った。だから私は、あなたの命を勝手に使っているの。」


そう言って、女の子は近くにあったカーブミラーを指さした。僕は何とか首だけを動かしてそのカーブミラーを見た時、思わず言葉を失った。カーブミラーには、全身が血だらけの自分の姿、無傷な女の子の姿、さらにそこには、僕と女の子の様子を虚ろな目で見ている白い服を着た大人の人たちが囲んでいる様子が映っていた。


「どうすれば良いの?どうすれば助かるの?」


僕はパニックになり、頭が真っ白になりながらも、女の子にしがみつくように必死に聞いた。すると、女の子は依然と変わらない様子で答えた。


「なら、その傘を本当の私に返して。」


「本当の君?」


「あそこの林の中に私のお墓があるの。そこに私の傘を手向けて、さもないと、あなたはもう戻れなくなっちゃうからね。」


そう言いながら、墓場に続く林道の入り口を指さした。そう聞くと、僕は脇見もせず、傘を持ち、痛みに藻掻きながら歩き出した。


歩いても、歩いても、たどり着かない。まるで、誰かに足を掴まれているかのように。僕の意識は段々と朦朧となった。だが、僕は諦めずに一歩ずつ確実に、傘を差すことも忘れて歩き続けた。


こうして数時間後、遂に女の子の言っていた墓の前にたどり着くことができた。僕は、のらりくらりしながらも、言われた通りに傘を手向けると、僕の身体は鎖から解き放たれたかのように軽くなり、傷が完全に癒えた。すると、女の子の墓の隣に霞のように少し透けている女の子の姿が現れた。そして何かを言い残すように、女の子は僕に寂しそうに言った。


「傘を返してくれてありがとう。ずっと貸していたものだったから。でも、最後に一つだけお願いしてもいいかな?私と友達になってくれないかな・・・?」


だがその時、僕の身体は限界を迎え、質問に答える前に僕の視界はひっくり返ってしまった。


次に目覚めた時には、照明が太陽のようにキラキラと照らす真っ白な病室の中だった。左右には看護師の姿と親の姿があり、僕が目覚めたことに感激していた。

話によると、僕は林の中で気を失って倒れていたところをたまたま通りかかった住民に発見され、救出されたらしい。原因は雨の中、長時間も傘を差さずに動き続けたことによる低体温症だった。もちろん、家族には酷く叱られたが、意識を取り戻した時には涙を流し、誰よりも帰りを喜んでくれた。


後から調べて分かったことによると、今から十年前、僕が帰り道で利用するカーブミラーを軸とした曲がり道で交通事故があり、そこで当時中学二年生だったあの女の子が亡くなってしまっていたらしい。そして学校に女の子の傘があった理由は、学校では昔から忘れ物の傘や持ち主の分からない傘を学校の予備用傘にするというルールがあり、僕があの日たまたまその女の子の傘を抜き取るまで、ずっと学校にあったからだった。女の子は、若くして未来を失い、ずっと一人ぼっちになってしまっていた。


「もしあの時、あの子の質問に答えていたなら、あの子は幸せだったのだろうか?」


僕は時々、女の子のことについて途方もなく考えるようになった。だが、答えられなかったことに未練は無かった。なぜなら、病室で目覚めた時、僕の身体中には泥でできた手形が、まるで僕をあの世へ引きずり込もうとするかのように無数に張り付いていたから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 傘を借りるなんて、まさに帰り道特有の話なのに、1200投稿作の中で他に見た記憶がありません。鏡で入れ替わるというのも納得です。終わりかたも非常に自然でした。 [気になる点] 掃除をサボっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ