最辺境㉕
〇第三者視点
赤き炎に照らされる森の中。公爵令嬢リズロッテ・アークレインの身に纏う服は泥にまみれていた。
そんな彼女の右手には大きな泥の塊。その右手を振るえばその塊から泥の一部が飛び、燃える木の火の弱まっている部分にへばりつく。その泥によって、彼女の眼前の木は一旦の鎮火を見せる。
「ふう……」
視線の先はまだ燃え盛る木々が多くある。だが少なくともその一番外側はその多くが泥にまみれ、今の所火が燃え移る気配はない。
学園でこれらの魔術を教えているのは、本当に正しい事ねとリズロッテは思う。
学園で魔術を習う生徒の目指すものは大きく分ければ二つだ。軍等の国家機関に所属するか、冒険者になるかだ。いずれも戦う事が前提になるから攻撃系や回復系の魔術の習得を望むことが多い。だが学園ではそれらの他に生存に役立つような魔術も教えている。水を生み出す術や熱を操作する術もだ。
その中に、消火の為の魔術もある。
古来から人類は火災には苦しめられてきた。特に生活や戦いに火を扱うようになってからは猶更だ。だから魔術やそれを流用してつくられる道具やポーションを用いて、消火を行う技術は研究が続けられてきたのだ。魔術は戦いの道具だけじゃなく、生活を向上させるための技術でもあるのだから。
もしその考えをヒビキが聞いていたら、科学と一緒だなと思うだろう。ヒビキの世界は科学で発展し、この世界は魔術で発展している。それだけの違いだ。
そしてその消火術は数十年前、とある一人の研究家によって各段に進化を遂げた。生涯を消火の魔術の発展に捧げたその人物はあまり若い術士達に人気はないが、"偉大"の称号を得るにふさわしい人物だと思う。
不燃性のガスを生み出しそれで燃焼の対象を包み込む火を弱める魔術も。
接触した対象から熱を奪い、更に酸素を遮断する事で消化する泥を作り出す魔術も。
それ以外にもいくつもの消火の魔術を作り上げた彼の存在によって、火災によっておこる被害は格段に減ったと言われている。まぁ今使っている二つの魔術は要救助者がいる場所では使いづらい魔術だが、今この場でなら問題ない。
「リズ」
「……ノインさん。どうでしたか?」
「さすがに奴等の姿は見えなかった。森から退避したか、瘴気獣の方に向かったと思う」
背後から声を掛けられて振り返れば、ノインの姿があった。彼女は教団の連中がさらに延焼を広げさせようとしていないか様子見しに行ってもらっていたが、どうやらすでにその姿はなかったようだ。リズロッテは安堵のため息を吐く。
「この辺りの木々は消火できたのか」
「ええ。幸いな事に風もないし、そこまで乾燥していたわけではないので……燃え広がりやすいコンディションではなかったのは助かりましたわ」
「……とはいえ、もはや一人で消火できる規模じゃない。北側はある程度抑えられたが、東側と南が手つかずだ。だけどリズ、顔色が悪い。そろそろ限界だろう」
元々色白のリズロッテの顔は、炎で照らされているにも関わらず青白くなっているのがわかるくらいだった。だけど、その表情にはまだ力は残っている。
「東側は、燃えにくい木々が広がっています。この条件下ならそうそう延焼が広がる事はないでしょう。南側は……正直賭けですわ。瘴気との境界線を監視している者達も、この火災には気づいているハズ。彼らが駆けつけてくれるのを祈るしかないですわ」
リズロッテとしては、南側も対処したい。が、現実問題として北側を抑えるので手いっぱいだ。正直燃え広がった範囲が想像より早かった、それだけ教団の連中が火を放って回ったのか。あと10分早く現着できていれば消火できていただろうというのが悔やまれるが、今はとにかくやれることをするしかない。
お姉様にあそこまで宣言してきたのに、情けない事ですわ。
でも泣き言はいっていられない。リズロッテは更に魔術を使って燃える木々を消化してゆく。だが──
「……っ、大丈夫か!」
膝から力が抜け、崩れ落ちそうになるのを背後からノインに抱えられる。魔術を使い続けたリズロッテの体は最早限界だった。視界も歪み、だがそれでも動きを止める事が出来ず、残りカスのような力をなんとかかき集めて魔術を使おうとした時だった。
目の前の炎が消失した。ある樹は凍り付き、別のある樹はまるで押しつぶされるように炎が消えた。かと思えば別の樹についていた炎はまるで生きているかのように自ら樹々から離れ、天に向けて消えていった。
そんな不可思議な状態が起こっている炎の向こう側、そこに現れた人影の中に見知った顔を見つけた瞬間、リズロッテは安堵と共に意識を手放した。
消火の方法に関してはこの世界ではそう言う事ができるという事でお願いします。




