最辺境⑳
その言葉に即座に反応だったのはリズだった。
構えていた望遠鏡を、ノインさんが見ていた方角に向ける。そして、間髪入れずにノインさんと同じ感情の乗った表情をその整った愛らしい顔に浮かべた。──舌打ちと共に。
「本当にカスですわね、あいつら」
目元から望遠鏡を離したリズがこちらに視線を向ける。そして何があったのかとこちらから問いかける前に、状況をこちらに伝えてきた。
「教団の連中、森に火を放ちましたわ」
「はぁ!?」
言われてそちらを見ると森の一部に赤いものが見えた気がした。それも複数個所。あれが炎として、まだ激しく燃えているという感じではなく、燃え始めという感じではあるが……
「これを連中が?」
俺の言葉に頷いたのは、ノインさんだった。
「松明らしきものや魔術の炎を放つ姿が見えたから間違いない。それに明らかに火の回りが早い。恐らく油か何かを撒いたハズだ」
ここまであまり動きが見えなかったのは、油を周囲にまき散らしていたためか? 何のために?
「もしかして、俺達を森の中から追い出すため?」
その俺の言葉は、リズが否定した。
「可能性がないとはいえませんが、恐らくはアリステラ様の妨害でしょう。奴等が火をつけた辺りは瘴気獣の進行方向ですわ」
「でも、さすがに油を撒いたとしてもそこまで勢いよく広がるとは」
「あの辺り、揮発性の精油をその葉や樹皮に含んだ木や、燃えやすい樹脂を持つ木々が多いわぁ。それに最近雨が降ってなかったから……一気に燃え広がる可能性があるわねぇ」
風もそこそこ吹いている。大規模な森林火災となる条件は揃っているといえた。
「瘴気獣の討伐の妨害の為にそこまでするのかよ……」
「滅びを進めようとするような連中ですもの。どうせ滅ぶのだから燃やしてしまっても構わないと考えたのでしょう。それにここはすでに人がいない領域だから、国から目を付けられないとでも考えたのだと思いますわ。──許されるわけがないのに」
「……滅ぶんだったら自分達だけで滅べよ、クソが」
「その通りですが、今はそんな事を言っている場合ではありませんわね。──お姉様?」
「何? リズ」
「わたくし放蕩娘ではありますが、これでも公爵家の一員で御座いますの」
「それは知ってるけど」
「王国の高位貴族として……王国の大きな資産、その上お姉様とユマさんのお力で、瘴気からも守れる可能性が出てきています、大森林が灰塵となるのを黙ってみている訳にはいきませんわ。対応する力をわたくしはもっておりますし」
リズが真剣な眼差しで俺を見る。それは普段の俺にべたべたしてくる彼女とはまるで違う、俺達の仲間として真剣に戦っている時とも違う……重い責任を負った人間が持つ覚悟を見せた姿に見えた。
「わたくしの力で、この炎を消し止めようと思います。炎が広がってしまえば手を付けられなくなりますが、今くらいなら消火は可能ですわ。そして、あの炎を消し止める事はお姉様を護る事にも繋がりますし」
決意を持った、リズの言葉。それに対して俺が答えを返す前に、ノインさんが続けて口を開く。
「確かに森に火をつけた以上、奴らが更に森の奥……この辺りまで来ることはないハズだ。森の火を消し止めれば、しばらく二人は安全だろう。だが、あの放火現場近くはまだ連中が残っている可能性もある。それに森の中の地理も動きも私の方が詳しい。私がリズの護衛につく」
「ですが……」
「危険はないの? リズ」
ノインさんの言葉に反論しようとしたリズだが、その言葉を遮るようにして俺は言葉を被せる。
「……ないとはいいませんが、私は魔術である程度距離をとって消火活動ができますわ。そこまでリスクは高くありません。無理だと判断すれば退避しますし」
そのリズの言葉に、嘘はないように思えた。ならば、もう今はとにかく時間が大事だ。動き出しが遅れればそれだけリスクが大きなる。
そして、これは彼女の矜持だろう。邪魔はできないと、俺はリズに告げた。
「わかった。リズはノインさんと一緒に消火へ向かってくれ」
ノインさんの言う通り、まだ連中が残っている可能性がある。消火活動中に襲われたら危険だし、一人で行かせるわけにはいかなかった。ちなみに俺達もついていくという考えはなかった。消火に関する能力は何も持たない俺が付いて行っても邪魔になるだけだろう。
「ですが……」
再び反論しようとするリズだが、俺が首を振ると言葉を止めて、頷いた。口論も時間の無駄と判断したのだろう。彼女は緑のシェルターを広げていない方に足を進め、そこで一度振り返った。
「お姉様、大丈夫にするつもりではありますが、もし火が燃え広がるようだったら早めに逃げてください」
「うん、わかってる。リズとノインさんも気を付けて」
掛けた言葉に彼女は先ほどよりずっと固くしていた表情をふにゃりと崩して笑みを見せると、ノインさんと共にコクリと頷きあって山を下って行った。
その二人をじっと見送り、木々の陰に隠れて見えなくなったところで……ある事を告げようとしてユマの方に振り返った俺を、笑顔で迎えたユマが言った。
「それじゃ、アタシ達もいきましょうかぁ」




