最辺境⑲
「……とにかく、まずは緑を増やします」
ノインさんの言葉を聞いてつくづく最低な連中だと思ったが、それに悪態をつくよりまず先に指示に従わないと。俺は周囲の植物に触れて成長させ、周囲の緑の密度を上げる。これで遠目で見つかる事はほぼないだろう。
それで一つ安堵のため息を吐いてから、俺は自然とつぶやきを漏らす。
「アリステラさん、本当に大丈夫かな」
それでなくてもあんな常識外れの瘴気獣を相手にしているのに、更にそれを妨害するような連中までやってくるなんて……。
「教団の連中にそれほど腕が立つ者がいると聞いた事はありません……それにここが平野なら遠距離から弓を放つなどの妨害をしてくる可能性がありますが、この鬱蒼と茂った森では連中は満足に動きまわる事はできないでしょう。大した事はできないと思いますわ」
「近くに寄られて妨害されるとかはないのかな」
「それだったらむしろ剣の腹で顔面をぶっ叩いて終わりですわね。アリステラ様的には、むしろそれの方が楽だと思いますわね」
確かに踊る様に十本を超える剣を操るアリステラさんに、近寄って何かできる人間なんてそうそういないか。それにそもそも俺達召喚者以外が瘴気獣の側に寄れば大なり小なり瘴気の影響を受けるハズ。破滅主義者である連中だが、無意味に命を落とすつもりもないだろう。
「何にしろ、この森の中で連中を何とかするのは難しいわよヒビキ」
「……それもそっか」
俺達が身を隠すのを考えるくらいには密度の濃い森だ。今いる多少高くなっている位置ならまだしも、一度同じ高さにまで降りてしまったら連中と遭遇するのも楽じゃないだろう。
「むしろ高いところを抑えようと、こちらに来ない事を祈った方が良いと思いますわ」
「そうだね」
言葉の通り、今加勢をしようとしても満足な働きはできないだろう。胸が重くなる感覚はあるが、ここは本職の人間に任せるべきだ。そして下手に動いて俺達があいつらに囲まれたりしたらそれこそ本末転倒である。
先程思いついた事は胸に秘める。だが、もしこの森でアイツが止められなかったら協力を申し出ようと心に決めた。もしかしたら役に立てるかもしれないから。
◇◆
「止まらないな」
「止りませんわね……」
緑に包まれた小さなシェルターのような中から反射に気をつけつつ望遠鏡で状況を確認していた俺が漏らした言葉に、すぐ横にぺたりと張り付いていたリズが同意した。
瘴気獣の進行速度はそこまで早いものではないものの、我々がここに到着した時から殆ど変わりがないように見える。正直に言ってしまえば、アリステラさんが進行を抑えられていないのは間違いがなかった。
やっぱり大丈夫なのかなという考えが表情に出ているのだろうか。すぐにリズからフォローが入る。
「サイズ的に進行を押しとどめるのは諦めて、削る事に専念したのでしょう。実際サイズも小さくなっておりますし」
「そう、かな?」
森の木々の高さは一定じゃないので、正直俺には大きさの変化は解らない。本当かな、と他の二人に視線を向けると頷きが返ってきた。どうやらちゃんと削れてはいるらしい。とはいえまだ馬鹿でかいままだけど……ただ言える事は、
「こっちにアレが来る可能性はないかな……」
瘴気獣の進行方向は変わらない。あそこから余程急激に方向転換しない限りこの山を登ってくる事はないだろう。
「ノインさん、教団の連中達は?」
「あいつらもこちらに来る気配はないな。やはり我々を探しに来たというよりは、瘴気獣との戦闘を妨害に来たようだが……それにしては、やや手前の辺りをうろついているように見えるんだが……」
広がる森の中は木々が鬱蒼と茂っているため視認性は悪いが、木々の切れ目というのは存在する。その切れ目からちらちら姿を現す教団の連中を確認する事で連中の動きを監視していたノインさんが首を傾げる。
「……罠でも仕掛けたかしらねぇ? 連中、なんか引いていってるように見えるけど……」
同じように教団側の監視を行っていたユマも疑念を口にする。
「この短時間で設置できる罠なんて大したものではないでしょうし、数だって知れたものでしょう。正直当たれば儲けの嫌がらせ程度にしかならないと思いますが……」
「そう思うが……いや、待て!」
望遠鏡をのぞいたままのノインさんが、突然強い調子でそう口にした。そしてその彼女の顔に、みるみると一つの感情が浮かんでくる。──怒りの感情が。
「あのクズども、そこまでするのか!」




