最辺境⑯
元の世界では幸運量保存の法則なんて話があった。
まぁそれ自体は眉唾な話だけど、こっちに来てユマ達と旅に出てからは全体的にみると俺はなかなかに運のいい傾向にあったなと思う。
ハザト大森林でハリオンの助けを得られたのは幸運もいい所だったし、ザルツベック大空洞でスールをきちっとみつけられたのも幸運だろう。何より一年とかからずスールの改良がすんだのは最たるものだ。
その揺り返しがきたのだろうか。
これまで連絡係を務めてくれていたアークレイン公爵家の諜報員の人に、護衛の部隊が辺境に辿り着いたら俺達の場所を伝えてくれるように依頼して数日。特に教団の連中に見つかる事もなく平穏に過ごしていた日々は、いよいよ護衛がこちらにつくであろうという日になって破られた。
始まりは、食事中にアリステラさんが唐突に立ち上がりある一方を睨みつけるように見つめだしたことだった。
「アリステラさん……?」
自分で作ったシチューを口に運ぶのを止めて声をかけるが、アリステラさんはその呼びかけにも反応せず歩き出すとそのまま扉から外に出ていく。困惑しつつも俺達も後を追って外を出るとやはりある方向をじっと見ていた彼女がようやくこちらに視線を向けて口を開いた。
「瘴気獣が発生したようだ」
「……わかるんですか?」
「ああ、慣れるとある程度は感知できるようになる」
ユマがこっちを見た。いや、俺には欠片も感じられませんよ? 慣れればって話だし、技術的なものだろう。実際問題としてザルツベック大空洞周辺のような深い森に包まれたような場所ではそういった手段がないとなかなか瘴気獣を捉えるのは難しいだろうし。
「ただ、ここまではっきりと感じる事は少ないな……強力な個体が出現したらしい」
「強力……アリステラさんでも手こずるような相手ですか?」
「直接対峙してみないとわからないが……可能性はある」
マジかよ。
出現の可能性は高いのは解っていたからイレギュラーって話ではないんだけど、後一日……いや、半日でも後であれば援軍がこちらにはついていたハズ。援軍の中にはアリステラさんや俺と同類の召喚者もいるという話だったから戦力としては非常に大きかったのに……引きが悪いと言わざるを得ない。
「幸いなのがアリステラ様がいる近くで出現した事で、不幸なのがわたくしたちがいる場所の近くで出現した事ですわね……」
リズが肩を落として、嘆息とともにそう口を開く。その言葉にアリステラさんが頷いた。
「そうだな。今から私は瘴気獣の迎撃に向かうが、君達もここを離れて身を隠してくれ」
「こちらに瘴気獣が来る可能性があるということですか?」
なのであれば、瘴気の影響を受けない俺はともかくユマ達は離れた方がいいかもしれない。
「それもあるが、瘴気獣が出た場合は教団の連中も集まってくる可能性がある」
「へ?」
アリステラの言葉を即理解できなかった俺に対して、丁度目があったノインさんとユマが教えてくれた。
「教団の連中は瘴気獣の討伐を妨害してくるんだ。今こちらにやってきている連中が、そのためにこちらに集まってくる可能性がある」
「私達の捜索を優先する可能性もあるけど、ないとはいえないわねぇ。その際にこの建物に気づかれると、捜索される可能性もあるわぁ」
……瘴気獣が出現し、その迎撃に早々にアリステラさんが現れればその近郊に彼女がいたという事になる。情報が連中に伝わった時期を考えるとアリステラさんが俺達と一緒にいる事は知らないハズだけど、彼女が俺達の護衛をしていた可能性を連想する奴がいるかもしれない。そんなときに使われている形跡のある建物を見つければ、調査をする可能性もあるかもしれない。
可能性。あくまで可能性があるだけという話だ。でも起こりうるリスクの可能性はできるだけ削っておくにこしたことはない。
「出来るだけこちらから離すように誘導するつもりだが、確実ではない。瘴気獣から退避する意味でも私の向かう先より反対側に移動して隠れてもらっておいた方がいい。森からは出ない方がいいが」
アリステラさんの言葉に俺達は一斉に動き出す。アリステラさんは武装を身に着け我々に瘴気獣の方向を伝えたのち出撃してゆき、残った俺達は持ち込んでいる数少ない荷物を片付け、生活の痕跡を出来るだけ消してゆく。
やれやれ、楽にはこの生活を終わらせてはくれないか。




